ビルバオの歓び

その7 夕暮れに抱かれて


1) はかない夕暮れ

スペインの良さのひとつは、夕暮れが、はかないほどに美しいことです。

「バスクの夕陽、今日も、ようよう影を伸ばして」 

枕草子さながらの気分で、沈みゆくお日様を眺めるとき、少しだけ、しんみりとしてしまいます。

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( イメージ:夕暮れのカフェ。ドノスティアのコンチャ海岸 )


冬を除けば、普通の人が、仕事を終えて家に帰ってきて、ひと段落したあとでも十分に明るいです。遊歩道を散歩したり、バルのテラスでおしゃべりしながら、暮れゆく街並みや、黒ずんでいく山影を目にできます。空気が日本より乾燥していることが多いので、夕陽のオレンジ色が、いっそうあざやかに感じられるからかも知れません。

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( 9月の午後6時。ゆっくりと陽が傾き始め、バスクの山々は影の色を増す )

のんびり、あるいは、だらだらとした夕暮れ風景は、ヨーロッパの多くの国々の特色です。慣れもあるのでしょうが、私は、そういうペースが好きです。1日1回くらい、お日様の当たる光景にじっくり目を向けて、気分をリフレッシュさせるのが自然体かなと感じます。


2) にやりとするスペイン・タイム

”スペインタイム、スペイン流の時間”、という言い方をヨーロッパでは耳にします。

フランス南西部のダクスとか、ボルドーあたりの観光案内所にスペイン人が立ち寄ると、スタッフが、にやりとしながら
「スペイン人の皆さあーん! フランスでは、ランチは1時からですからね。3時にレストランに行こうとすると、みんな閉まってますからね」 と、言うそうです。

これが、スペインタイムです。
スペイン旅行や、スペイン生活体験者が、異口同音にアピールする、独特な時間感覚です。

スペインは、ヨーロッパ内でも、かなり西の方に位置しています。そのうえ、時間帯の設定がフランス、ドイツあたりの基準といっしょです。日の出が、朝7時から9時すぎ、南中は午後2時前後、日没が午後8時から10時です。朝ご飯は7時、昼ご飯は午後2時、夕ご飯は午後9時ごろが一般的です。

日本人が、数字だけ見ると、「超夜更かしのスペイン人に、ついていけない」と、げんなりしそうです。けれども、太陽が、一番空高く上がるのが、正午ごろではなく、午後2時前後です。日本人感覚より、エイヤッ、で2、3時間後ろ倒しにして考えると、バスク風も含めたスペイン人の生活感覚と一致します。

①午前6時から8時。夜明けとともに起きて仕事や学校に行く。早起きですね。冬は、真っ暗なので辛いです。
②午前10時。早起きなので、小腹減った。バルに行って、おつまみ食おうっと。
③午後2時。お日様が頭の上にきたので、そろそろ昼だ。週末は、遅昼だから、3時スタート!
④午後5時前後。仕事、学校終了。まだ、太陽は高いから、一風呂(シャワー)浴びて、バルに行ってピンチョスつまみながら一杯やろ。
⑤午後9時。暗くなってきたから、家へ帰ってメシ食って、ちょっとおしゃべりして寝るか。
⑥深夜3時。今日は金曜、土曜なので夜更かしだ。おしゃべり、はしご酒。深夜映画みてたら3時だった。

お日様の動きと、けっこう連動している健康的な生活です。その証拠に、スペイン人の平均寿命は、日本人よりちょっと短い81歳くらい。ワイン飲んでお気楽に生きているように見える割には、しっかりと長生きです。


3)スペインに居れば、バルに入れ

ビルバオでも夕方が、ゆったりと過ぎて行きます。

歩くと、気分がリフレッシュしますが、喉もかわくので、バルに入ります。たまには、有名店を目指しました。
ビルバオで現存するカフェの中で、一番古いカフェ・イルーニャ:Cafe Irun*aに行きます。1903年創業、インテリアがアラビア調の凝った作りです。ピンチョスも並んでいますが、カフェなので、ソファや椅子でくつろぐのが基本です。

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( カフェ・イルーニャのあるアルビア庭園の脇のとおり )
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( カフェ・イルーニャ外観 )

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( アラビア調インテリアのカフェ・イルーニャで一休み )

このあたりは、通りにそって数軒のバルやカフェが並んでいます。そのため、夕暮れ時は人通りが増えます。モダンなインテリアのバルは、案の定、若いお姉さん、お兄さんがいっぱい。観光客は、若い人たちのムッとするような力強さに押されて、そういうバルには入りにくそうです。おっとり系のカフェ・イルーニャは、中年、シニア、観光客向けです。

スペインも全国レベルで、バル文化の国です。けれども、”パリのカフェ”のように、あんまり印象的ではありません。近年、ピンチョスバルがあまりにも有名になったので、バルに何種類もあるように感じる場合もありますが、基本的には全部同じ、と私は思います。ちょっと気軽に寄って、小腹を満たし、ほっとした息抜きができれば十分です。お上品なマダムが集う ”おほほ” 感覚の高級ティールームみたいのもあるはずですが、私は良くわかりません。

バルは、繰り返し気軽に来られる場所を目指しているので、必然的に地元密着型のサービスになりがち。旅行者は入りにくいのかも知れません。私も、ときどき「ここに入りずらいな」と、迷います。仕事でパートナーとなったイギリス人も、最初はバルにおっかなびっくり入っていましたから、顔かたちとバルの慣れは、あまり関係ないと感じています。
けれども、2、3度入っているうちに慣れるので、大丈夫。旅行記で、「疲れたので、ちょっとバルに入りました。呼吸を整えて、また、街歩きスタート」と、さりげなく書いていたら、もうスペイン流を会得しつつある証拠です。思う存分楽しい旅を満喫しましょう。
裏を返せば、旅のテーマから離れて、「バルで飲んだXXがグー、とか、ピンチョス並んでいて、迷って選んで二つ食べた」と、熱心に紹介しているうちは、スペイン修行が足りないということです。

そういえば、ビルバオって、マクドナルドとかスタバが都心部にあったっけ?です。どなたかご存知でしょうか。


4) 残照を見つめて

9月の午後8時半、カフェを出てやってきたモユア広場にも、明かりがともっています。曇りがちで雨模様でしたが、雲が切れて青空がのぞいてきました。西に沈みかける太陽の光に照らされたオレンジ色の小さな雲が、ひとつ、ふたつと目に入ります。


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( 日没前のモユア広場。正面チャベリ宮のビル )

ビルバオは、今のところ、装飾的なライトアップはほとんどありません。それでも、グッゲンハイムやネルビオン川沿いに明かりがともると、静かな美しさが胸に響いてきます。これが、ご当地の真髄なのかも知れません。あしたも、今日とおなじように、ゆったりとして胸にひびく一日でありますように。

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