辛口のサンセバスチャン
今は昔、これほどたくさんの日本人が、サンセバスチャンにやってきてレストランやピンチョスバルを楽しむことなど、予想だにできませんでした。
私は今回の旅にあたり、老若男女、プロ、アマを問わず、いろいろな人たちによって書かれたサンセバスチャン旅行記やブログ、雑誌などを読みました。
( 陽光に輝くコンチャ湾 Donostia/San Sebastian )
美しいコンチャ湾の海岸風景、星付きレストランのバスク料理、そして、時には人混みをかき分けながらめぐったピンチョスバルの、ほっぺが落ちそうなくらい美味しかった小皿料理やチャコリ。旅する人々は、異口同音に、美しい眺めと美味しい食べ物を絶賛します。ドノスティア(サンセバスチャン)市当局にとって、これ以上、望むものはないのではないかと思えるくらいの内容です。
けれども、私は皆さまの素敵な体験談を読むうちに、少し悲しくなってきたのです。
もちろん、一人ひとりの忘れ得ぬサンセバスチャンの思い出に、水を差す気はこれっぽっちもありません。また、高級リゾート地ドノスティアに、観光客を呼び込み、発展を促すための関係者のアイデアや努力に異議を唱える気持ちも皆無です。
ただ、思ったのです。
「ここの旅行記や記事って、誰が書いていても、みんな同じだよね」
「と、いいますと?」
「美しい風景描写と美食レストランや絶品ピンチョスバルの説明に終始していますね」
「だって、そのとおりでしょ」
「屁理屈みたいですが、それが、本当に、サンセバスチャンの真の魅力なのでしょうか?」
「つまり、なに?」
私は、コンチャ海水浴場の景色は、バスクの誇りと文化を感じてもらうためのきっかけみたいなもの、ピンチョスバルの美味しい小皿や地酒は、”そで触れ合うも他生の縁”、という、ご当地のバル文化の温かみを肌で味わってもらうための撒き餌みたいなものの気がしています。
「あんまり難しいことを考えなくていいんじゃない。旅行に来て、きれいな景色見て、うまいもの食って帰るのが一番!」
このような、大勢の方のお気持ちを十分、分かったつもりでの私自身の気持ちです。
ささくれだった心が和らぎ、いつまでも愛する人に抱かれていたいような気分になるのがドノスティアの魅力、ということはないのでしょうか。にわか友達の旅人といっしょにピンチョスを口にするとき、一期一会の縁に深く感謝する気持ちでいっぱいになることはないのでしょうか。
サンセバスチャン物語では、美しいコンチャ湾に感嘆し、有名レストランや評判のピンチョスを、効率良く、あるいは細大もらさず食べ歩くことに夢中になっています。他のパターンの展開は皆無です。
他のすべてを忘れさせるくらい、サンセバスチャンの美食体験は、強烈ということかも知れません。けれども、それでは、ドノスティアやスペインバルの魅力の半分だけを見ているに過ぎないような気がします。
( 夜のとばりが迫るドノスティア旧市街のバル街 )
バルでは、カップル、あるいはグループの方々の顔ばかり見ていないで、よそのお客とチラッと視線を合わしてみてはいかがでしょう。ふと、目が合ってほほ笑んだことがきっかけとなり、二言三言、あるいは、それ以上、自然の成り行きとして言葉を交わせるバルの気の置けない雰囲気に、もっと気持ちが傾かないのでしょうか。もう、二度と会わないかも知れない30分だけのピンチョスバル友達に、「アグル=またね」と言って別れた余韻にひたることはないのでしょうか。お互い、サンセバスチャンへたどり着くまでに長い道のりがあったはずです。遥か彼方からやってきたニッポン人に、イギリス人もバスク人も、きっと興味をそそられるでしょう。
私の妻も、スペインのバルで、隣のテーブルに座っていたおじさんと私たちの目が合ったのが運の尽きでした。珍しい顔つきのガイジンと話がしたくて、うずうずしていた好々爺のおじさんに、ワインの一杯をおごってもらうわけでもなく、スペイン語で延々とニッポン礼賛論やアメリカ旅行談を聞かされたことを、印象深過ぎるスペインの良き思い出として語っています。
ボルダ・ベリ、ゴイス・アルギ、ガンダリアスなどに代表される有名ピンチョスバルめぐり記は、残念ながら、もう旬ではないと思います。その陰としての、隠れ家バル探訪記も同様でしょう。一皿の料理や、一杯の飲物を通して、旅行者のひとりひとりが、バルで何を感じ、何を思ったかを語ることが、とても大切な気がします。
なぜなら、ピンチョスバルの数には限りがありますが、旅行者の感動体験の数に限りはないからです。
たとえば、同じ飲み屋でも、スペインバルと、イギリスのパブでは、明らかに雰囲気が違います。楽しむポイントも違うと思います。注文の品と引き換えにお会計をするイギリスパブと、大混雑でも後会計をまもるピンチョスバルに、旅の者が感じることは同じなのでしょうか。そんなテーマでの異文化体験も読んでみたいのが、私一人だけというのは、とてもつらいです。
( イギリスのパブ:フリー画像より引用 )
多種多様なドノスティアの魅力、サンセバスチャンでの感動が広まることを願いつつ。
2017/9訪問 了 2018年1月
今は昔、これほどたくさんの日本人が、サンセバスチャンにやってきてレストランやピンチョスバルを楽しむことなど、予想だにできませんでした。
私は今回の旅にあたり、老若男女、プロ、アマを問わず、いろいろな人たちによって書かれたサンセバスチャン旅行記やブログ、雑誌などを読みました。
( 陽光に輝くコンチャ湾 Donostia/San Sebastian )
美しいコンチャ湾の海岸風景、星付きレストランのバスク料理、そして、時には人混みをかき分けながらめぐったピンチョスバルの、ほっぺが落ちそうなくらい美味しかった小皿料理やチャコリ。旅する人々は、異口同音に、美しい眺めと美味しい食べ物を絶賛します。ドノスティア(サンセバスチャン)市当局にとって、これ以上、望むものはないのではないかと思えるくらいの内容です。
けれども、私は皆さまの素敵な体験談を読むうちに、少し悲しくなってきたのです。
もちろん、一人ひとりの忘れ得ぬサンセバスチャンの思い出に、水を差す気はこれっぽっちもありません。また、高級リゾート地ドノスティアに、観光客を呼び込み、発展を促すための関係者のアイデアや努力に異議を唱える気持ちも皆無です。
ただ、思ったのです。
「ここの旅行記や記事って、誰が書いていても、みんな同じだよね」
「と、いいますと?」
「美しい風景描写と美食レストランや絶品ピンチョスバルの説明に終始していますね」
「だって、そのとおりでしょ」
「屁理屈みたいですが、それが、本当に、サンセバスチャンの真の魅力なのでしょうか?」
「つまり、なに?」
私は、コンチャ海水浴場の景色は、バスクの誇りと文化を感じてもらうためのきっかけみたいなもの、ピンチョスバルの美味しい小皿や地酒は、”そで触れ合うも他生の縁”、という、ご当地のバル文化の温かみを肌で味わってもらうための撒き餌みたいなものの気がしています。
「あんまり難しいことを考えなくていいんじゃない。旅行に来て、きれいな景色見て、うまいもの食って帰るのが一番!」
このような、大勢の方のお気持ちを十分、分かったつもりでの私自身の気持ちです。
ささくれだった心が和らぎ、いつまでも愛する人に抱かれていたいような気分になるのがドノスティアの魅力、ということはないのでしょうか。にわか友達の旅人といっしょにピンチョスを口にするとき、一期一会の縁に深く感謝する気持ちでいっぱいになることはないのでしょうか。
サンセバスチャン物語では、美しいコンチャ湾に感嘆し、有名レストランや評判のピンチョスを、効率良く、あるいは細大もらさず食べ歩くことに夢中になっています。他のパターンの展開は皆無です。
他のすべてを忘れさせるくらい、サンセバスチャンの美食体験は、強烈ということかも知れません。けれども、それでは、ドノスティアやスペインバルの魅力の半分だけを見ているに過ぎないような気がします。
( 夜のとばりが迫るドノスティア旧市街のバル街 )
バルでは、カップル、あるいはグループの方々の顔ばかり見ていないで、よそのお客とチラッと視線を合わしてみてはいかがでしょう。ふと、目が合ってほほ笑んだことがきっかけとなり、二言三言、あるいは、それ以上、自然の成り行きとして言葉を交わせるバルの気の置けない雰囲気に、もっと気持ちが傾かないのでしょうか。もう、二度と会わないかも知れない30分だけのピンチョスバル友達に、「アグル=またね」と言って別れた余韻にひたることはないのでしょうか。お互い、サンセバスチャンへたどり着くまでに長い道のりがあったはずです。遥か彼方からやってきたニッポン人に、イギリス人もバスク人も、きっと興味をそそられるでしょう。
私の妻も、スペインのバルで、隣のテーブルに座っていたおじさんと私たちの目が合ったのが運の尽きでした。珍しい顔つきのガイジンと話がしたくて、うずうずしていた好々爺のおじさんに、ワインの一杯をおごってもらうわけでもなく、スペイン語で延々とニッポン礼賛論やアメリカ旅行談を聞かされたことを、印象深過ぎるスペインの良き思い出として語っています。
ボルダ・ベリ、ゴイス・アルギ、ガンダリアスなどに代表される有名ピンチョスバルめぐり記は、残念ながら、もう旬ではないと思います。その陰としての、隠れ家バル探訪記も同様でしょう。一皿の料理や、一杯の飲物を通して、旅行者のひとりひとりが、バルで何を感じ、何を思ったかを語ることが、とても大切な気がします。
なぜなら、ピンチョスバルの数には限りがありますが、旅行者の感動体験の数に限りはないからです。
たとえば、同じ飲み屋でも、スペインバルと、イギリスのパブでは、明らかに雰囲気が違います。楽しむポイントも違うと思います。注文の品と引き換えにお会計をするイギリスパブと、大混雑でも後会計をまもるピンチョスバルに、旅の者が感じることは同じなのでしょうか。そんなテーマでの異文化体験も読んでみたいのが、私一人だけというのは、とてもつらいです。
( イギリスのパブ:フリー画像より引用 )
多種多様なドノスティアの魅力、サンセバスチャンでの感動が広まることを願いつつ。
2017/9訪問 了 2018年1月