1)ウスコトレンは遅い
バスク鉄道ことウスコトレン:Euskotrenは、ハイレベルな狭軌鉄道ですが、スピードが遅いのが玉に傷です。
それも、かなり大きい傷です。
( ウスコトレンのロゴと950型車体側面 )
安全、安心、清潔、正確。安いし、本数も多めのラウンドダイヤで、時刻表要らずで乗れるのはいいのですが、遅いのです。最高時速は90km、平均時速は30kmから40kmくらいです。電車は、ほとんどが各駅停車で、快速や急行は、ビルバオ付近で平日通勤時に数往復走っているだけです。
ウスコトレンでの20分から30分くらいの短距離通勤や移動は苦になりませんが、1時間くらい離れた場所に行くときは、バスの方が早いことも、しばしばです。
特に、ドノスティア、ビルバオ間の約100kmは、ウスコトレンの各駅停車で移動すると2時間半以上かかります。1時間おきの運転で、運賃は6ユーロです。
この区間は、高速バス利用が圧倒的に便利です。所要時間は1時間半以下、朝6時から午後10時過ぎまで10分から30分間隔で発車。運賃は7ユーロから18ユーロくらいです。鉄道は競争に勝てません。
2)酔狂な電車移動
そういう区間なので、今回は、意を決してウスコトレン鈍行列車の旅を試しました。鉄道の旅も好きなのですが、ちょっと酔狂な電車の旅でした。
始発は、ドノスティア・アマラ駅:Amara Donostia です。狭軌で、折り返し式の駅なので、プラットホームの先端に立って線路を眺めると、日本の大手私鉄と変わらない鉄道風景が目に入ります。
( ウスコトレンのアマラ駅から見る線路 )
( アマラ駅正面 )
ドノスティア、つまりサンセバスチャンから電車に乗って、延々と西へ進むとビルバオです。
2017年4月8日より、ウスコトレンはビルバオの地下鉄3号線と相互乗り入れを開始しました。新しい終点は、マティコ駅:Matiko, Bilbao です。旧来のアチューリ駅には入りません。その代わり、他のメトロとの乗換や、都心部へのアクセスが便利なサスピカレアク/カスコビエホ駅:Zazpikaleak/ Casco Viejo に直行できるようになりました。
「また、ひとつビルバオのウスコトレンが便利になりましたね」
「まあね。でも、電車は遅いよ」
「マティコまで2時間50分かかりますものね」
「そういうこと。近隣の通勤通学者は便が良くなったと思うよ」
東武の宇都宮あたりで、「東武の電車も半蔵門線乗入れだから、渋谷まで乗換なしで行けるよ」と、会話しているような感じです。
車内の路線図は、ばっちり、新しい運転系統のものに変わっていました。けれども、9月ごろの段階では、website上の路線図や時刻表は旧来のままでした。年末になって、やっと変更されました。勤勉なバスクでも、意外と、のんびりしたところもあるので、ほっとします。
( ビルバオ・マティコまで相互乗り入れ表示をした車内路線図 )
写真は、午後の明るい時間帯のアマラ駅ホーム風景です。
さわやかな雰囲気の駅です。
( 午後の陽ざしを浴びるアマラ駅と電車 )
ビルバオ行き電車は、アマラ駅を定刻に発車しました。ここから西では、電車は左側通行となります。進行方向右側に乗ると、ところどころで海が見えます。左側に乗って2時間くらいすると、ドゥランゴ:Durango という小都市の奥にそびえている石灰岩の奇峰が見えます。
電車は、たいていすいています。景色に合わせて席を移れば、ギプスコア県からビスカヤ県一帯の田園風景のハイライトを、居ながらにして見られます。
だんだん退屈してきて、ぼおっとしていても大丈夫です。この辺りでは、旅の者の荷物をかすめ取るような軽犯罪は、めったにありません。
3) 海と山と集落と
車窓から、雲間にカンタビリアの海と、石灰岩質の崖が荒々しい海岸風景が、ちらりと見えました。
山陰本線の出雲市から江津あたりの車窓風景と似ている気がしました。林の中をくねくねと走る列車は、ところどころでトンネルに入ったかと思うと、砂浜を取り囲むようにできた集落を見渡すように走ります。
( ウスコトレンの車窓から望む海、サラウツ前後 )
線路は、山すそや、川の蛇行に忠実に沿ってカーブしながら西へ西へと続いています。日本に、とても似ている雰囲気の場所を走ることもあります。
”のんびり過ぎるバスク途中下車の旅”、というタイトルで、テレビ放映してほしいな、と思います。
( ウスコトレンの車窓から見える川と緑の山々 )
電車は、30分から1時間におきくらいに、それなりの規模の町に入ります。電車は、サラウツ、デバ、エイバル、ドゥランゴなどを経て、終点のビルバオに向かって行きます。
( デバ駅プラットホームと電車 )
途中の駅は、年季の入った建物も少なくありません。そして、有人駅は、よく手入れされています。簡易型自動改札機も全線で設置済みです。
ウスコトレンの主要駅は、古風な外観を保ちつつ、21世紀型サービスの提供も怠ってはいません。常に、時代にキャッチアップするべく、投資を続ける経営姿勢に、とても好感が持てます。
( デバ駅の改札口と簡易自動改札機 )
ウスコトレンのビルバオ行きは、行程の半分あたりで、U字カーブを切りながら峠越えする区間に入ります。
緑いっぱいの山々の間に、小さな町が点在しています。しかし、一帯は、過疎になやむ山村ではありません。中小の機械系の工場がたくさんある工業地帯です。ウスコトレンの電車を製造しているCAFという車両メーカーの登記上の本社も、こういう雰囲気の小都市、ギプスコア県のベアサインという町にあります。エイバル:Eibar という都市のサッカーチームは、スペイン全国リーグ入りをするくらいの強さです。
( 県境の山間にある小工業都市風景 )
( 現代的製造業が盛んなエイバルの駅 )
( ドゥランゴ付近から遠望する石灰石の山々 )
電車は、山合いの谷間をくねくねと走り、小さな町ごとに、パラパラと乗ったり降りたりを繰り返しながら、ビルバオ近郊まで来ました。線路の左右に、10階建てくらいのマンションが点在するようになると、ビルバオ通勤圏です。いつの間にか線路も複線になり、スピードも上がって、コンスタントに時速80km以上を出すようになります。
メトロ3号線への乗り入れ駅、ククヤーガ・エチェバリ駅:Kukullaga Etxebarri に到着です。
相互乗り入れ開始に際して、全面的に改築され、真新しい駅と何ら変わりません。日本の大都市郊外の新興住宅地に伸びてきた私鉄新線の駅の雰囲気です。プラットホームと電車の床面の高さが、ぴったりと揃い、駅の色合いも日本のカラーリングセンスと似ているのも、親近感のひとつの理由だと感じました。
( ククヤーガ・エチェバリ駅で発車待ちのメトロ直通電車 )
メトロ3号線は、ウスコトレン仕様で建設され、ウスコトレンが運転しているので、ウスコトレンの地下新線と言っても過言ではありません。
きょろきょろと、地下新線区間を物珍し気に見ている間に、ビルバオ都心部への最寄り駅、サスピカレアク / カスコビエホ 駅に到着しました。
「よくぞ電車で来たもんだ! ちょっと疲れたあ」
「次は、やっぱ、高速バスにしよっ!」
4) 消え始める風景
別のタイミングで、ウスコトレンのビルバオの本拠地アチューリ駅:Atxuri を訪問しました。
駅舎は、100年くらい経つ、重厚な感じの石造建築です。少し暗い印象です。
( アチューリ駅正面と、トランヴィア )
メトロとの直通運転開始で、アチューリ駅に入ってくる電車は、かつての半分以下です。土曜休日には、1時間に1本しか電車がありません。もう少しすると、郊外電車の発着をやめ、市電相当のトランヴィアをククヤーガ・エチェバリまで延長して、路線網をすっきり再編成したいようです。
そうなった頃に、また、ビルバオに行けたらいいなあ。
脳裏に、そんなことを浮かべながら構内に入ると、ウスコトレン新旧電車三代が、そろい踏みでプラットホームに停まっていました。左端が、現役で一番古い200型、真ん中が最新鋭900型、右端が300型です。右の奥に、ちらりと見える黄緑と白の車体は、トランヴィアで、昼間は使わない編成をアチューリ駅の隅に留置しているようです。
( ウスコトレン三代。左から200系、900系、300系 )
ウスコトレンも、アチューリ駅も、バスク旅行気分を、じんわりと盛り上げてくれる脇役です。リピーターの方々、お住まいの方々にとって、いつまでも身近な公共交通機関でありますように。
2018年3月記 了