シラクーザ駅から島へ 2018年9月訪問
シラクーザ(Siracusa)の市街地は、ギリシャ時代以来のオルティージャ島(Ortigia)と、駅周辺から北に広がる新市街の二つのグループに分かれています。
( シラクーザ市内にある市街図は、やや古いまま )
それなのに、シラクーザを代表する名所の「ギリシャ劇場」遺跡は、新市街の真ん中にポツンと鎮座しています。歴史家や、その話を受け売りしている旅行者が解説するように、ギリシャ、ローマ時代の市街地は、とっても広かったようです。シラクーザの街並みは、中世にいったん小さくなり、19世紀ごろの近代化、工業化とともに再び大きくなったようです。
私は、オルティージャ島の先端の方に宿を取ったので、駅とオルティージャ島の間を数往復しました。駅やバスターミナルからオルティージャ島の先っぽまで、荷物なしで歩くと40分ほどかかります。キャスター付きのスーツケースを転がしながら歩いても、50分くらいでしょう。オルティージャ島の実際の大きさは、観光案内図より小さく感じます。観光マップは、見どころを細かく記載するため、かなり拡大しています。
せっかくですので、駅のそばのバスターミナルからオルティージャ島まで歩いたときの風景を並べました。
( バスターミナルを背にオルティージャ島へ出発 )
( すぐに大きな広場。木立の向こうはパンテオン(霊廟))
( コルソ・ウンベルト(ウンベルト通り)を真っすぐ5-6分 )
本土と島は二つの橋で結ばれていて、クルマは、それぞれ一方通行です。歩行者は、どちらの橋も自由に往復できます。島へ入るときは、近代的なサンタ・ルチア橋、島から出るときは19世紀風のウンベルト橋を渡ります。
( クルマで島へ入るときはサンタ・ルチア橋を渡ります )
( ウンベルト橋は、クルマで島から出るときに渡ります )
橋を渡った先に大きな広場があります。進行方向左手に、観光客に人気の公設市場(メルカート)、その向かい合わせに、土台と数本の円柱だけになったギリシャ時代のアポロン神殿遺跡があります。
( 正面が公設市場、右手にアポロ神殿遺跡がある )
オルティージャ島の先っぽまで行くので、広場のやや右にある緩やかな登り坂のG.マッテオッティ通りに入ります。両側にブランド店や全国チェーンのブティックなどが並んでいる華やかな通りです。この辺りには歴史的建物はありません。道行く人々も、市民や近在の人たちが多いです。テロ対策で、厚いコンクリートの防壁がジグザクに設置されていました。
( オルティージャ島のブランドショップ街マッテオッティ通り )
( 突当りがアルキメデ広場 )
突当りが、観光地区の始まりのアルキメデ広場です。19世紀風のオフィス・ビルが四方を囲んでいますし、ビルも白っぽく磨かれていて、観光客を意識していることが分かります。
「余所のお客が見るんだから、見た目はきれいにしなくっちゃ」
「そうそう、観光都市は、見た目が9割」
( アルキメデ広場とディアナの噴水 )
アルキメデ広場を直進し、観光客が出入りする狭い通りに入りましょう。そこが島の目抜き通りのひとつ、ローマ通り:Via Roma です。ブティック、お土産屋、アクセサリー・ショップが3軒と置かずに軒を連ねています。中庭の門が開いていたら、その内側に入ってみましょう。センスの良いアクセサリー・ショップなどが店を開けている光景に出逢えます。
( 観光客であふれるローマ通り )
ローマ通りは、ゆるやかに蛇行していますし、観光ムード満点ですので、うきうきしながら歩みを進めることができます。だんだん、お店がまばらになったなと思ったころ、島の南側に出ます。
( ローマ通りを南下して海岸線へ到達 )
眼前には、真っ青な地中海の大海原が空と一体となって広がり・・・・・・ません。
島の最南端にあるマニアーチェ要塞や、オルティージャ島を囲むように湾曲している本土の半島が海を隔てて見えます。
( 海っぺりの先端に見えるマニアーチェ要塞 )
私も、観光案内文には、海に突き出たオルティージャ島のような解説が書いてあったので、ついつい眼前の大海原風景を想像していましたが、現実は陸に囲まれた島風景でした。もっとも、こういう風に陸がないと、外海の強い波や、嵐のときの大波に島がさらされてしまい、立地条件が悪くなってしまいますね。
「ああ、もっともだあ、もっともだ」
その上、何と、この南北ルートを取ると、最大の観光名所であるドゥオーモと広場に行き当たりません。アルキメデ広場から、向かって右の路地に一本入って南へ向かわないといけないのです。
けれども、オルティージャ島は小さいので、こんなささいなずれは、5分か10分さまようだけで、すぐに勝手をつかんで歩みの向きを補正できます。とにかく楽しく島内を歩き回ってみましょう。
2020年5月記
シラクーザ(Siracusa)の市街地は、ギリシャ時代以来のオルティージャ島(Ortigia)と、駅周辺から北に広がる新市街の二つのグループに分かれています。
( シラクーザ市内にある市街図は、やや古いまま )
それなのに、シラクーザを代表する名所の「ギリシャ劇場」遺跡は、新市街の真ん中にポツンと鎮座しています。歴史家や、その話を受け売りしている旅行者が解説するように、ギリシャ、ローマ時代の市街地は、とっても広かったようです。シラクーザの街並みは、中世にいったん小さくなり、19世紀ごろの近代化、工業化とともに再び大きくなったようです。
私は、オルティージャ島の先端の方に宿を取ったので、駅とオルティージャ島の間を数往復しました。駅やバスターミナルからオルティージャ島の先っぽまで、荷物なしで歩くと40分ほどかかります。キャスター付きのスーツケースを転がしながら歩いても、50分くらいでしょう。オルティージャ島の実際の大きさは、観光案内図より小さく感じます。観光マップは、見どころを細かく記載するため、かなり拡大しています。
せっかくですので、駅のそばのバスターミナルからオルティージャ島まで歩いたときの風景を並べました。
( バスターミナルを背にオルティージャ島へ出発 )
( すぐに大きな広場。木立の向こうはパンテオン(霊廟))
( コルソ・ウンベルト(ウンベルト通り)を真っすぐ5-6分 )
本土と島は二つの橋で結ばれていて、クルマは、それぞれ一方通行です。歩行者は、どちらの橋も自由に往復できます。島へ入るときは、近代的なサンタ・ルチア橋、島から出るときは19世紀風のウンベルト橋を渡ります。
( クルマで島へ入るときはサンタ・ルチア橋を渡ります )
( ウンベルト橋は、クルマで島から出るときに渡ります )
橋を渡った先に大きな広場があります。進行方向左手に、観光客に人気の公設市場(メルカート)、その向かい合わせに、土台と数本の円柱だけになったギリシャ時代のアポロン神殿遺跡があります。
( 正面が公設市場、右手にアポロ神殿遺跡がある )
オルティージャ島の先っぽまで行くので、広場のやや右にある緩やかな登り坂のG.マッテオッティ通りに入ります。両側にブランド店や全国チェーンのブティックなどが並んでいる華やかな通りです。この辺りには歴史的建物はありません。道行く人々も、市民や近在の人たちが多いです。テロ対策で、厚いコンクリートの防壁がジグザクに設置されていました。
( オルティージャ島のブランドショップ街マッテオッティ通り )
( 突当りがアルキメデ広場 )
突当りが、観光地区の始まりのアルキメデ広場です。19世紀風のオフィス・ビルが四方を囲んでいますし、ビルも白っぽく磨かれていて、観光客を意識していることが分かります。
「余所のお客が見るんだから、見た目はきれいにしなくっちゃ」
「そうそう、観光都市は、見た目が9割」
( アルキメデ広場とディアナの噴水 )
アルキメデ広場を直進し、観光客が出入りする狭い通りに入りましょう。そこが島の目抜き通りのひとつ、ローマ通り:Via Roma です。ブティック、お土産屋、アクセサリー・ショップが3軒と置かずに軒を連ねています。中庭の門が開いていたら、その内側に入ってみましょう。センスの良いアクセサリー・ショップなどが店を開けている光景に出逢えます。
( 観光客であふれるローマ通り )
ローマ通りは、ゆるやかに蛇行していますし、観光ムード満点ですので、うきうきしながら歩みを進めることができます。だんだん、お店がまばらになったなと思ったころ、島の南側に出ます。
( ローマ通りを南下して海岸線へ到達 )
眼前には、真っ青な地中海の大海原が空と一体となって広がり・・・・・・ません。
島の最南端にあるマニアーチェ要塞や、オルティージャ島を囲むように湾曲している本土の半島が海を隔てて見えます。
( 海っぺりの先端に見えるマニアーチェ要塞 )
私も、観光案内文には、海に突き出たオルティージャ島のような解説が書いてあったので、ついつい眼前の大海原風景を想像していましたが、現実は陸に囲まれた島風景でした。もっとも、こういう風に陸がないと、外海の強い波や、嵐のときの大波に島がさらされてしまい、立地条件が悪くなってしまいますね。
「ああ、もっともだあ、もっともだ」
その上、何と、この南北ルートを取ると、最大の観光名所であるドゥオーモと広場に行き当たりません。アルキメデ広場から、向かって右の路地に一本入って南へ向かわないといけないのです。
けれども、オルティージャ島は小さいので、こんなささいなずれは、5分か10分さまようだけで、すぐに勝手をつかんで歩みの向きを補正できます。とにかく楽しく島内を歩き回ってみましょう。
2020年5月記