やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

美女のレリーフ、バンテアイスレイ

こんにちはバンテアイ・スレイのデヴァターたち

こんにちはバンテアイ・スレイのデヴァターたち   2019年10月訪問

バンテアイ・スレイの女神像のデヴァターは、アンコール・ワット遺跡群のなかでピカ一だと思います。

美しい赤銅色で、彫りが深いため印象が強烈です。顔の表情も温和で、皆んな幸せそうに微笑んでいるようです。ちょっとがっかりなのは、見学ポイントから像までの距離があるので、肉眼では像の細部まで見にくいことでした。

0241バンテアイスレイのデヴァダー (27)
( 遠目にしか見えないデヴァター )

私は、別のブログで紹介しましたように、その中でもトップの美しさを誇る「東洋のモナリザ」と称えられているデヴァター像を見逃してしまいました。けれども、その次に美しい女神や、ボーイッシュな雰囲気の現代感覚のデヴァター像を見ることができました。それらの女神たちを、まとめて鑑賞することにします。
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( はにかみがちな伝統的な衣装のデヴァター )

0241バンテアイスレイのデヴァダー (8)
( きりりとした顔つきのデヴァター )

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( 笑顔が少なめのデヴァターもいました )

デヴァターは、実在の女官がモデルと言われているので、ふたつと同じ顔つきの像はありません。現役当時は、各人各様に着飾り、女の園の戦いを繰り広げながらも、優雅な暮らしをしていたのでしょう。

皆さんは、どういうタイプのデヴァターがお好みですか。

0241バンテアイスレイのデヴァダー (11)
( 顔が少し崩れて表情が見にくいデヴァター )

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( この像も、欠け方が激しいですが口元の笑みが感じられます )

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( やや彫りが浅い女神もいます )

バンテアイ・スレイには、オーソドックスな衣装ではないデヴァターが数体あります。カラダの線が出ている衣裳をつけた上半身ヌードのボーイッシュな雰囲気です。現代人にも、そのままで通じるような美しさがありました。私は、こちらのタイプにけっこう気を奪われてしまいました。

表情から推察すると、性格もさっぱりタイプで、あっけらかんとした賢さを感じました。

0241バンテアイスレイのデヴァダー (24)
( 現代風のデヴァター。すっきり美人 )

0241バンテアイスレイのデヴァダー (9)
( こちらもボーイッシュですが、表情がイマイチ )

いろいろなデヴァターが、保存状態も良く残っているバンテアイ・スレイ遺跡に、是非、足を運ぶべきです。私も、ここを見物コースのひとつに選んで、とても満足しています。

デヴァターさまたち。いつまでも美しいお姿で、世界中の人々を惹きつけてください!

2020年3月記                                      了

東洋のモナリザに振られたバンテアイ・スレイ

東洋のモナリザに振られたバンテアイ・スレイ      2019年10月訪問

バンテアイ・スレイ寺院遺跡:Banteay  Srei Temple は、「東洋のモナリザ」の異名を取る美しいデヴァター像のレリーフがとっても有名です。彫りが深く、色合いが美しいのです。

0241バンテアイスレイのデヴァダー (2)
( デヴァターが彫ってある3つの塔 )

バンテアイ・スレイのデヴァター像は、近くまで寄って見ることができません。かなり遠目に、眼を凝らして睨むような距離感です。

「観光写真と全然、違うやんけ!」
「本物を自身の眼で見たという自己満足感以外、何もないじゃん」

悪く言えば、このような印象です。どうやら遺跡保護、盗難防止のために、ここ20年ほどは見物客をレリーフ近くの回廊まで入れない方針とのこと。1923年末に、後のフランス人作家のアンドレ・マルローがデヴァター像を盗み出そうとした事件が、大きなトラウマになっているようです。帝国主義の風潮が未だに消えやらぬ時代でしたから、エジプトやメソポタミアから古代彫刻などを平然と持ち出していた頃の奢った気分があったことは想像に難くありません。

「遺跡泥棒を捕まえたカンボジア当局は、ラッキーな面もあったとはいえ偉い!」
こんなことを頭の中で思い出しながら、本堂の周りを歩いても、東洋のモナリザらしきデヴァターは目に入りません。あまりに遠すぎて、私の視力では判別がつかなかったのです。

ちなみに、『東洋のモナリザ』と称されているデヴァターは、以下のサイトなどで見られます。
https://mapio.net/pic/p-10649029/

0241バンテアイスレイのデヴァダー (27)
( 肉眼ではデヴァターは遠くに小さく見えるだけ )

「どれが、『東洋のモナリザ』か、全然、ヒントもないぞ」

頭を抱えるしかありません。くだんのデヴァターの近くに行けば、壁の隅に小さな解説板が貼ってあり、どれが『東洋のモナリザ』か図示くらいしてあるだろうという期待がものの見事に外れました。
Parisルーブルモナリザ案内0503
( ルーブル美術館のモナリザ案内表示 )

ちなみに、元祖『モナリザ』の方は、実物があるルーブル美術館の展示室の近くに、写真付きで『モナリザはあっち』という矢印案内がぺたぺた貼ってあります。『東洋』の方も、図示くらいはあるだろうという想定は、きわめて甘い発想でした。「途上国の観光案内の適当さを舐めんじゃねえよ」という声がびんびんと脳裏に響きました。

そこで他力本願。三々五々やってくるガイド付きのグループ客のそばに、それとなく寄って歩き、デヴァター像の解説を盗み聞きしようとしました。

しかし、これも失敗。4~5人のガイドさんは、全員、特定のデヴァターを指さすことなく本堂周辺の解説をしておしまい。客の方も、ふんふんと聞いて写真を撮るだけで、本堂から出て行ってしまいました。
『お前ら、デヴァター最高級の美女を見る気あんのか。何しにバンテアイ・スレイに来たんか!』と、内心、怒り心頭ですが、現実は「東洋のモナリザ」という下馬評ほどの注目度はないようです。「東洋のモナリザ」と、騒いでいるのは日本人ばかりのようです。現地のシェム・リアップ市の観光案内や、英語の総合案内ブログには、モナリザのことは書いてありません。本当は美しいデヴァター全体を愛でてほしいということなのかも知れません。

そのため、三たび作戦変更です。デジカメの望遠機能を利用して、本堂のデヴァターをひとつひとつ見ることにしました。
「確か、左向きの像だったよなあ」
「全身、ほとんど型崩れしていないはず」

まず、右向きのデヴァターは、かなりの美形でもパスです
0241バンテアイスレイのデヴァダー (1)
( 右向きのデヴァターも美しいのですが・・・・・)

ガイドブックに掲載してあった小さな写真の記憶をたどりながら、ズームアップされたデヴァターの画像を観察しますが、くっきりと判別できません。本堂正面あたりのデヴァターは、逆光で影が出ている像もあるので絞り込みも難航しました。

左向きでも、顔や頭部が崩れていたり、彫りが深くないデヴァターもパスです。アンコール・ワット中のデヴァターランキングではトップクラスでしょうが、『東洋のモナリザ』ではありません。
0241バンテアイスレイのデヴァダー (4)
( 顔周りが少し崩れている左向きデヴァター )

やっと、これかなと思えるデヴァターがズームアップした視界に入りました。左向きで保存状態も良く、表情にも品が漂っていました。

「なーるほど、確かに他のデヴァターよりは美しいかも」と、そのときは感じました。

ところが、これが大間違い。あとで買った絵はがきなどを見ながら、じっくり観察してみると、似て非なるデヴァターだったのでした。

「あああ・・・・・・・・・・。アンコール・ワット観光、最大のミス」

悔やんでも、悔やみきれません。

「左向きのデヴァターを、もっとじっくりアップすれば良かった」
「もう少し忍耐強く、プロのガイドを待ったり、写真オタクみたいな観光客が来るまで辛抱すれば良かった」
後悔先に立たずの典型でした。見落としをフォローするべく、アンコールワット遺跡を再訪する確率は、今のところかなり低いです。
0241バンテアイスレイのデヴァダー (30)
( 左向きで保存状態も良い美形のデヴァター )

皆さんの旅行記やブログを拝読していると、けっこう『モナリザ』違いがあります。『モナリザ』と評判のデヴァターは、特定の一体ではなくバンテアイ・スレイのデヴァター全部を指しているという勘違いも散見します。

本物の『東洋のモナリザ』像のポイントは、微笑みが一番愛くるしいことに加えて、頭部が1枚の石で彫ってあり、つぎはぎでないこと、正面右の頭髪部に菊のような模様の簪(かんざし)が付いていることです。ですから、良く知っている人に教えてもらうか、かなりズームアップしないと判別できません。

もちろん、東洋のモナリザを見落としたところで、今日明日の人生はこれっぽっちも変わらないでしょう。

「でもね、最高峰のものを見て、さらに研ぎ澄まされるセンスを身に付けないと、人生がほんのちょっぴり安っぽくなるんです」

2020年3月記                                              了



バンテアイ・スレイのリンガをなでたい

バンテアイ・スレイのリンガをなでたい          2019年10月訪問

バンテアイ・スレイ遺跡は、アンコールワット遺跡群の中ではトップ5くらいにランクインする人気遺跡です。クルマやトゥクトゥクで1時間もかかるのに、見物人の姿が絶えません。そして、個人客の割合が多いです。ツアーを組むような方々の多くは、駆け足観光なので、旅行会社もバンテアイ・スレイまで足を伸ばす企画を考えないのでしょう。
0206バンテアイスレイ観光セと入口 (4)
0211BANTEAY SREI正面入口
( バンテアイ・スレイの玄関口と、実際の遺跡入口 )

私は、とてもきれいに屋根掛けされたインフォメーションセンターを通過し、奥へ歩いて行き、小屋掛けした改札ポイントをとおり、本当の遺跡正面へ歩いて行きました。だいたい5分くらいの距離です。

バンテアイ・スレイは、周りの木々が大きいこともあり、平屋の小さな、けれども品のある色合いやたたずまいをした遺跡です。

順路に沿って奥へ向かい、一つ目の門をくぐると、リンガ彫刻が両脇にずらりと並んだ参道に出ました。

「わお、これぞヒンズー魂だあ」
「リンガいっぱい、世俗のムード、ムンムンだあ」
という感じです。

0213BanteaySrei正面参道 (1)
( バンテアイ・スレイ山門と奥の方に小さく見える本堂 )

ヒンズー教は、男根崇拝の上に、世俗の欲望を素直に表現する宗教だと思います。ですから、リンガも実に堂々としています。寺院が現役時代は、聖なるリンガにさわってはいけなかったのかも知れません。遺跡となっても、これ以上の摩耗や風化を防ぐために、さわってはいけないようです。

けれども。ここまで、リンガ、リンガ・・・・・・、と並ぶと、脳裏にその光景が焼き付いてしまいました。

0213BanteaySrei正面参道 (4)
( 表参道に整然と並んだリンガ )

思わず、なでなでしたり、口に入れたくなりませんか。コーンのアイスとかを頬張るように。

0213BanteaySrei正面参道 (10)
( リンガいっぱいの参道の振返り )

リンガは、デヴァター像の上半身のように黒光りしていないので、往時もあまりさわられることは少なかったのではないかと想像しています。
「それに、いっぱいあって、ほとんど同じ形なので飽きるのですよ」、という感じです。

リンガの林立する参道を越えると、お濠の向こうに美しい赤銅色の本堂が見えてきました。
そちらに気を取られたので、リンガのことは、きっぱりと脳裏から去りました。
「現金なものですねえ」

0213BanteaySrei正面参道 (11)
( バンテアイ・スレイ本堂遠望 )

バンテアイ・スレイ本堂は、品のある美しさを保っています。そして、レリーフの彫りが、他の遺跡に比べて深いために陰影が出やすいので、全体がくっきり、すっきりとした印象です。

0215バンテアイスレイ中央祠堂全景 (2)
( 彫りが深いレリーフがいっぱいのバンテアイ・スレイ本堂正面 )

0218バンテアイスレイ中央祠堂背面全景 (1)
( 真っ青な空に映える海老茶色のバンテアイスレイ本堂の塔 )

それでも、本堂の裏手に周って塔の上を見上げると、深く刻まれたレリーフが少し苔むしているのが目に入りました。500年以上、放置されて豪雨に打たれ、灼熱の太陽に照らされていれば、このくらいは仕方がないことでしょう。

「腐っても鯛」、「美人は百歳までも美人」、という語句が脳裏に浮かびました。


2020年3月記                    了

うねるバンテアイ・スレイとカフェ

うねるバンテアイ・スレイとカフェ   2019年10月訪問

バンテアイ・スレイの建造物は赤銅色の岩石が素材で、作りも精巧です。柔らかく温かみのある女性的な印象の美しい寺院遺跡でした。

けれども、バンテアイ・スレイの本堂を取り囲む壁は、歪んでうねっていました。

0221バンテアイスレイ中央祠堂と環濠1025 (12)
0221バンテアイスレイ中央祠堂と環濠1025 (8)
( うねるバンテアイスレイの周壁と中央のお堂 )

1000年以上かかって少しづつ地盤が変形し、それにつれて石組みも歪んだようです。
固めのマットの上に積み木でお寺をこしらえたら、案の定ゆがんでしまった、という雰囲気です。それでも崩落しないのですから、寺院建築は、かなり丈夫なのですね。

0221バンテアイスレイ中央祠堂と環濠1025 (4)
( 別の角度から見たバンテアイ・スレイ本堂と周壁 )

大きな熱帯樹木を背後にして、こじんまりとたたずむ赤銅色の建築が映えていました。
0221バンテアイスレイ中央祠堂と環濠1025 (1)
( 本堂と両脇の塔を背面から見る )

晴天の強い陽光を浴びた遺跡は、上品な色に光を反射していました。巨大で荘厳なアンコール・ワットと対極を成す美かも知れません。

本堂の見物を終えて池の方へ戻ると、テラス風のレストハウスがありました。ジャングルに戻ろうとして勢いよく伸びている木々の姿を見ながらのカフェタイムも気持ち良いひとときでしょう。
0209バンテアイスレイ入場口奥の蓮池 (2)
0208バンテアイスレイ内部高級レストランと仏団体 (1)
( トイレ利用案内。外部者は2000リエル、約1/2ドル )

カフェ横のトイレ利用案内です。よく見ると部外者は有料。でも、こんな辺鄙な場所で、観光目的以外の旅人でトイレを目指して来る者は、よっぽどの変人だと思います。

0208バンテアイスレイ内部高級レストランと仏団体 (2)
0208バンテアイスレイ内部高級レストランと仏団体 (3)
( わいわいがやがやフランス人のシニア・マダムご一行様 )

よしず張りのテラスの奥ではフランス人のシニアのマダムを中心とした30人くらいの団体が、わいわいがやがやとランチタイムでした。看板のメニューには「欧風ランチ35ドル」と書いてありました。カンボジア物価感覚では、眼の玉が飛び出るくらいの値段です。ご一行さまが、それを食べているのか分かりませんでしたが、とても生き生きとした表情が印象的でした。

世界中を回るようなシニアの女性旅行者は、国籍を問わずに強いです。どこへ行っても、我が道を行くという表情で旅のひとときを満喫しています。
「私も、年の功の良い面を見習って旅を続けたいものです。『世界遺産を何カ所めぐった』なんて自慢するのは、小さい、小さい・・・・・」

2020年3月記                   了

バンテアイ・スレイへの道

バンテアイ・スレイへの道     2019年10月訪問


遺跡めぐりに慣れたころ、バンテアイ・スレイ遺跡:Banteay Srei Temple に行きました。シェムリ・アップからトゥクトゥクで北へ1時間ばかりのところにある10世紀のヒンドゥー寺院遺跡です。

すっかり馴染んだアンコール・トムの南大門や北大門を通り抜けて走ると、いつの間にか森は途切れ、周囲には稲作地帯が広がってきました。どこまでも青い空と、看板や電線が皆無の田園地帯を走る気分は爽快です。空気は、もわっとしていました。

0201バンテアイスレイへの道中風景 (3)
0202バンテアイスレイ道中農村 (2)
( 郊外の田園地帯と街道風景 )

このような風景も経済成長とともに消え、コーラやスマホの看板が建ち並び、電線やコンクリートの建造物が散在する農村風景に変貌を遂げるのでしょう。生活に責任のない、お気楽観光客の妄言ですが、古き良きカンボジアの農村風景が保たれることを願っています。

0203バンテアイスレイアプローチ看板 (1)
( バンテアイ・スレイへの分岐点にある門 )

トゥクトゥクは1時間弱で、街道筋からバンテアイ・スレイへ入る道の分岐点に着きました。黄色い門の上に「バンテアイ・スレイへようこそ」と書いてありましたが、遺跡までは、さらに15分くらい走りました。

何度見ても、クメール文字は覚えられません。
0203バンテアイスレイアプローチ看板 (3)
( クメール文字とアルファベット併記の道路標識 )
0204バンテアイスレイ近づく (2)
( バンテアイ・スレイは少し先を左折 )

まだか、まだかと気をもみながらトゥクトゥクの座席に座っていると、前方に小さな山が見えてきました。舗装道路を左折したところが目指すバンテアイ・スレイ遺跡。赤茶けた土の広い駐車場に入りました。

0205バンテアイスレイ駐車場 (2)
0206バンテアイスレイ観光セと入口 (1)
( バンテアイ・スレイの駐車場と世界遺産標識 )

「やっと着いたぜバンテアイ・スレイ」、という気分でした。

ここは、アンコールワット遺跡共通券で入場できます。切符を買い忘れてやってきた場合はどうなるのでしょう。
「分かりません」
「でも、トゥクトゥクやクルマのドライバーさんが『キップは持ったか?』と聞いてくると思います」
「ええ、私の場合も、出発前に聞かれました」

ですから、よほどトンマな観光客でない限り、キップなしでここへ着くことはないでしょう。

2020年3月記                        了



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