やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

コーケー遺跡群

コーケー遺跡のピラミッドに立つ

コーケー遺跡のピラミッドに立つ        2019年10月訪問

コーケー遺跡のピラミッドは、写真で見るより、はるかに圧巻です。高さ35メートルの7段の建造物は、どっしりと重たい雰囲気を漂わせて私たちの眼前に鎮座していました。

「高いところへ行けば神に近づく」という気持ちは、人類共通の感情なのだと実感しました。
「それにしても、かなり崩れていますね」というのも、偽らざる感想です。

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( コーケー遺跡のシンボル、ピラミッド正面を仰ぐ )

往時は、周辺に木造建築物がたくさん建っていたようですが、今では石造建築物のみが残っているだけです。現役時代のアンコール王朝の寺院の雰囲気を想像することは難しいです。

0525コーケーPトムピラミッド全景側面 (9)
( ピラミッド背面の登頂口と木製階段 )

ピラミッド登頂口は裏にありました。観光用の木製階段がしっかりと取り付けられているので、よほどの人を除いて誰でも神々に近づく気分を味わえるのは良いことです。私たち一行も、一段ずつステップを踏みしめながら頂上を目指しました。正午近くで気温も30℃超でしたので、上に行くころには汗ばんでいました。

「わあ・・・、絶景かな」
頂上に着いて足場の安定した場所に進んで周囲を見渡すと、360度の密林風景が広がっていました。

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( ピラミッド頂上風景。柵の内側は祭壇跡の深い穴 )

猛暑のなかにも微風があり、少し爽快になりました。
ピラミッド頂上の中央には、深い窪みがあり、神殿跡であるそうです。きっと、木製の祠があり、リンガが祀ってあったのでしょう。

「けれども、庶民は登頂できなかったのでしょうね」
「多分ね」
私たち一行は、思い思いの位置で写真を撮り合い、足元や遥か彼方のタイ国境方面の丘陵などを眺めて30分ばかりの時を過ごしました。

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( ピラミッド頂上の崩れた石組み )
0531コーケーピラミッド頂上の眺め (14)
( ピラミッド頂上よりタイ国境方向遠望 )

近くに目をやると、わずかながら集落が見えました。
「あのあたりは、最後の最後まで政府に抵抗したクメール・ルージュ派の村でした。およそ20年前に和解して今では平穏に暮らしています」と、ガイドさんが解説してくれました。そう言えば、カンボジア北部一帯は、クメール・ルージュの最後の拠点だったという記事などを読んだことがあります。先ほど見学した「ニアン・クマウ」の真っ黒なススの跡を思い出し、長かった内戦の苦難の歴史が再び脳裏をよぎりました。
0531コーケーピラミッド頂上の眺め (4)
( コーケー遺跡近隣の、旧クメールルージュ派集落方向を望む )

帰路も、ゆっくりと階段を下りました。後から昇ってくる見学者とすれ違いさまにエールの交換です。
「上は、とっても眺めがいいよ」と、ガイドさんも声をかけていました。

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( ピラミッド上から周辺の草地を見る )

少しゆっくりめにアンコールワットに滞在するだけで、こんな貴重な遺跡ツアーもできて満足です。

「駆け足観光で数を稼ぐのは卒業。ゆっくりめに味わい深い体験を重ねるか、半リゾート地でしばしの休息が初老の楽しみ。けれども、沈没してどこかの街の路地裏の安宿でぼおっとするのはやだな」というのが、今の心境です。


2020年4月記                          了


コーケー遺跡の中心を見る

コーケー遺跡の中心を見る             2019年10月訪問

コーケー遺跡:Koh Ker、の中心が、プラサート・トム遺跡:Prasat Thom です。規模も大きく、奥にはコーケー遺跡のシンボル、7段ピラミットの本殿が残っています。

0515コーケーPThom入口土産店付近 (2)
(  コーケー遺跡全貌の案内板 )

プラサート・トム寺院遺跡の入口には、コーケー遺跡の全貌を説明した案内板がありました。ここは、オーストラリアの学者たちが中心となって調査したとのことです。地図の真ん中にある貯水池が、都市計画レベルの高さを物語っています。この貯水池は、今は干上がって草原となっていました。

0515コーケーPThom入口土産店付近 (4)
( 観光ムードを演出する小屋掛けとソーラーパネル )

表参道にあたる場所の広場の両脇に4~5軒の土産物店兼食堂があります。どの店も似たり寄ったりで、屋根上のソーラーパネルまでいっしょです。典型的な、田舎の観光地スタイルに、ほっとするやら、がっかりするやらでした。

ガイドさんが配ってくれた水を一口二口飲んで、トム見物に出発。ちょっと歩くと、もうすっかり見慣れた、崩れて壁だけになったヒンズー寺院跡が眼前に現われました。
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( すっかり見慣れたアンコール風の寺院崩落跡 )

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0524KohKherPトム参道遺跡リンガ
( レンガ造りの大門と内部のリンガ跡 )

大門というレンガ造りの建物内には、これまた、お約束の破壊されたリンガと台座がありました。世界中、異教徒と墓泥棒は、祭壇荒らしと破壊がお家芸のようです。「タブーに挑戦する」というか、「やってはいけないと言われているからこそ、やっちゃえ」、という人間の複雑な心理を感じました。

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( 環濠は葦の茂る沼地と化して )

少しずつ奥に進むと、半分、草地となった濠がありました。端に残った水面から洗面器で水を汲んでいる地元の人たちがいました。ガイドさんの説明では、こういう池は、たいてい地元民の貴重な水汲み場のようです。せせらぎや湧き水がないので、雨の多い気候であるにもかかわらず、水を手に入れるのは大変だそうです。

0525コーケーPトムピラミッド全景側面 (2)
( やっとピラミッドが姿を現した )

濠の先に進むと、木立を抜けた先にある巨大なピラミッドが視野に入ってきました。
「わあ・・・・、すごい大きさ、そして崩れ方・・・・・・」

ひとしきり写真を撮り合ったあと裏に回り、ツアー客はみんなでピラミット登山開始です。


2020年4月記                                    了



コーケー遺跡の黒いレディを見る

コーケー遺跡の黒いレディを見る    2019年10月訪問

コーケー遺跡も、かなり広いです。密林の中に、石造りの寺院跡が点在している感じです。ですから、2時間ほどの滞在では、主要な遺跡を3つばかり見ておしまい。それでも、十分にジャングルの中に埋もれた短命の古都感は伝わってきました。

人家はほとんどないので、私たちも、ガイドさんに連れられて、うっそうとした森の中をさまようような感じでした。

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( ニアン・クマウ遠景 )

2番目に見学したのは、ニアン・クマウ:Prasat Nian Kumau  というこじんまりした寺院跡でした。たくさんある遺跡のなかで、メインのピラミッド遺跡以外にどこを見るかはガイドさんの好みもあるようですが、だいたいの人気スポットは決まっているようです。

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( 木立の中に黒ずんでたたずむニアン・クマウ )

ニアン・クマウの意味は「黒いレディ」だそうです。クメール語は、形容詞が後ろからかかるので、ニアンがレディ、婦人の意味。もともとの名前ではなく、クメール・ルージュ政権期の内戦で戦火を浴びたにもかかわらず、焦げただけで倒壊しなかったので、賛辞を込めて現在の名前になったとのことです。

ここには、たった一棟しか建物が残っていませんが、遠目に見ても均整の取れた美しい姿でした。

0508コーケー黒いNeang婦人
( 焦げ跡が印象的なニアン・クマウ近景 )

真っ黒に焦げた石の壁が、かえって新鮮で、名前のとおり黒一色のドレスをまとったような感じがあるというのもうなづけました。寂しげな森のなかの空間に、気高い雰囲気のレディが、すくっと立っているようでした。

0507コーケーニアンクマウのリンガ残骸 (2)
( おおっ、見事なリンガ )

本堂内に安置してあるリンガも、少し欠けているものの、とても見事でした。思わず、すりすり、なでなでしたくなる妖艶な魅力も宿したリンガです。ガイドさんも「見事なリンガでしょう」、とは説明しますが、それ以上は語りません。シモネタではないのですから、正々堂々と各リンガの特長などを解説してもいいのではないかと思います。あるいは、「同意を得てタッチ可」などのサービスはどうかなです。

0511コーケーNeangKhmau風景 (4)
( ニアン・クマウの塀の跡と崩れた火山岩 )

ニアン・クマウ遺跡は小さいので、ものの10分も居れば見学終了。塀が崩れたあとに火山岩がごろごろと並んでいる光景を見ながら、駐車スペースまで皆で歩いてもどりました。

周辺に明かりがないので、夜は真っ暗だと思いました。

「ところでガイドさん、こういう場所では『出るの』?」
「何が?」
「戦火で倒れた兵士の霊とか、むかしむかし無念の最期を遂げた王族とか家来とかの霊ですよ」
「カンボジアにもお化けはいます。出てもおかしくありませんが、ここで出たという話は聞いたことがありません」

ガイドさんは、あっけらかんとした口調で、カンボジアのお化け事情をあれこれ説明してくれました。日本のそれとあまり変わりませんでした。

2020年4月記                                了


霊感ただようコーケー遺跡へ行った

霊感ただようコーケー遺跡へ行った      2019年10月訪問

1. コーケー遺跡めぐり現地ツアー

コーケー遺跡:Koh Ker, は、シエム・リアップから北東へ120kmくらい離れたアンコール朝初期の遺跡です。10世紀の921年から944年までの20年強だけ都であった都市の遺跡と説明されています。

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( コーケー遺跡へ10kmほどの田園風景と幹線道路 )

コーケー遺跡は、かなり遠いです。シエム・リアップからクルマで片道2時間半以上かかりました。私は、ホテルにあったパンフレットにつられ、現地の旅行代理店:シエム・リアップ・シャトル社( www.siemreapshuttle.com )が募集していた「コーケー遺跡とベンメリア遺跡の1日観光」というコースを希望日前日に申し込みました。大人1人40USドルで、英語ガイド、ホテル送迎、道中のミネラルウォーター数本付きですが、入場料2カ所計15USドルと食事代は別、というパックツアーでした。2名以上申込で催行だそうで、クルマは申込人数に応じて小型のランドクルーザーであったり、10人乗りのミニバンになったりするそうです。

当日は、ガイド1名と、私を含めて3名のお客で遺跡めぐりをしました。オフシーズンなので少人数のことが多いとのガイドさんの弁でした。
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( コーケー遺跡へ向かう途中の集落風景 )

コーケー遺跡めぐりは、プレア・ヴィヘア遺跡めぐりとペアになっているコースもあるようです。現地の英語ツアー会社の元締めは2~3社程度ですが、各社ごとに工夫を凝らして訪問先の組み合わせを考えているようです。

パックツアーとは別に、各主要言語ごとに口コミベースで、遠方の遺跡めぐりを受注している会社もあるようです。バックパッカーや学生さんの旅行記に登場するのは、こちらのパターンのツアーが多いようです。アンコールワット地区一帯は、皆、それぞれの事情に合わせて、思い思いの遺跡めぐりツアー選択ができる観光地であるのだということを、改めて実感しました。


2. まず、プラサート・プラムの密林へ

コーケー遺跡入口は、がらーんとしていました。切符売場兼チェックポイントにわずかに2-3名の係員がたむろしているだけです。入場料は10USドルでした。(2019年10月現在 ) 隣接するビジター・センターのトイレは、かなりきれいでした。
0502コーケー入口チケットセンター (4)
( コーケー遺跡見学者入口 )

私たちも、ガイドさんに促されてクルマに乗ったままコーケー遺跡内に入って行きました。それで、ビジター・センター前にクルマがいない理由が判明。みんな、ここでトイレ休憩を済ますだけでした。

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( 遺跡内の幹線道路 )

コーケー遺跡は、7~8km四方に広がっているのでクルマでの移動が必須です。うっそうとした未舗装の一本道を進んで行くのですが、観光客の数が少ないので、何か出そうな雰囲気でいっぱいです。気配を感じる場所と言ってもいいでしょう。

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( プラサート・プラム入口 )

クルマで走ること5分ほどで最初の見学地、プラサート・プラム:Prasat Pram という寺院跡に来ました。意味は、「5つの塔の寺」だそうです。木立の中に歩いて行くと、熱帯樹木にからまれた、お決まりの寺院遺跡がひっそりと姿を現わしました。

0503KohKherプラサットプラム5塔寺 (4)
( プラサート・プラム全景を間近で見る )

アンコールワット遺跡群に慣れてくると、このくらいのからみでは驚きません。アンコールワットが作られる200年以上前の寺院は、素朴ですが、温かみのある美しさと色合いがありました。

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( みんなで本堂内部をのぞく )

コーケー遺跡のような遠い遺跡めぐりをする観光客の行動パターンは似通ってくるので、私たちの他にも2~3組の観光客が周辺を徘徊していました。ですから、あまり怖い感じはしません。けれども、こういう場所に暗くなってから取り残されたら、出るものに確実に遭遇しそうな雰囲気がありました。

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( 本堂内部のリンガの破壊跡 )

どこへ行ってもリンガは破壊されています。リンガの周辺に宝物を埋めてあったので、盗掘の際に、意図的あるいは面白半分に壊したに違いありません。

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( プラサート・プラムの周壁は意外と残存 )

木の根にからまれたプラサート・プラムの本堂や建物ですが、境内は意外と整理整頓されていました。周壁も苔むしていますが、ツタがからみついているわけでもなく、地面も歩きやすいように均した形跡がありました。できる範囲で手入れをしていることは、とっても良いことです。

2020年4月記                               了



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