やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

番外 アンコールワット・トラベラー2019

コーケー遺跡のピラミッドに立つ

コーケー遺跡のピラミッドに立つ        2019年10月訪問

コーケー遺跡のピラミッドは、写真で見るより、はるかに圧巻です。高さ35メートルの7段の建造物は、どっしりと重たい雰囲気を漂わせて私たちの眼前に鎮座していました。

「高いところへ行けば神に近づく」という気持ちは、人類共通の感情なのだと実感しました。
「それにしても、かなり崩れていますね」というのも、偽らざる感想です。

0525コーケーPトムピラミッド全景側面 (4)
( コーケー遺跡のシンボル、ピラミッド正面を仰ぐ )

往時は、周辺に木造建築物がたくさん建っていたようですが、今では石造建築物のみが残っているだけです。現役時代のアンコール王朝の寺院の雰囲気を想像することは難しいです。

0525コーケーPトムピラミッド全景側面 (9)
( ピラミッド背面の登頂口と木製階段 )

ピラミッド登頂口は裏にありました。観光用の木製階段がしっかりと取り付けられているので、よほどの人を除いて誰でも神々に近づく気分を味わえるのは良いことです。私たち一行も、一段ずつステップを踏みしめながら頂上を目指しました。正午近くで気温も30℃超でしたので、上に行くころには汗ばんでいました。

「わあ・・・、絶景かな」
頂上に着いて足場の安定した場所に進んで周囲を見渡すと、360度の密林風景が広がっていました。

0531コーケーピラミッド頂上の眺め (7)
( ピラミッド頂上風景。柵の内側は祭壇跡の深い穴 )

猛暑のなかにも微風があり、少し爽快になりました。
ピラミッド頂上の中央には、深い窪みがあり、神殿跡であるそうです。きっと、木製の祠があり、リンガが祀ってあったのでしょう。

「けれども、庶民は登頂できなかったのでしょうね」
「多分ね」
私たち一行は、思い思いの位置で写真を撮り合い、足元や遥か彼方のタイ国境方面の丘陵などを眺めて30分ばかりの時を過ごしました。

0533KohKherView2 (1)
( ピラミッド頂上の崩れた石組み )
0531コーケーピラミッド頂上の眺め (14)
( ピラミッド頂上よりタイ国境方向遠望 )

近くに目をやると、わずかながら集落が見えました。
「あのあたりは、最後の最後まで政府に抵抗したクメール・ルージュ派の村でした。およそ20年前に和解して今では平穏に暮らしています」と、ガイドさんが解説してくれました。そう言えば、カンボジア北部一帯は、クメール・ルージュの最後の拠点だったという記事などを読んだことがあります。先ほど見学した「ニアン・クマウ」の真っ黒なススの跡を思い出し、長かった内戦の苦難の歴史が再び脳裏をよぎりました。
0531コーケーピラミッド頂上の眺め (4)
( コーケー遺跡近隣の、旧クメールルージュ派集落方向を望む )

帰路も、ゆっくりと階段を下りました。後から昇ってくる見学者とすれ違いさまにエールの交換です。
「上は、とっても眺めがいいよ」と、ガイドさんも声をかけていました。

0533KohKherView2 (3)
( ピラミッド上から周辺の草地を見る )

少しゆっくりめにアンコールワットに滞在するだけで、こんな貴重な遺跡ツアーもできて満足です。

「駆け足観光で数を稼ぐのは卒業。ゆっくりめに味わい深い体験を重ねるか、半リゾート地でしばしの休息が初老の楽しみ。けれども、沈没してどこかの街の路地裏の安宿でぼおっとするのはやだな」というのが、今の心境です。


2020年4月記                          了


コーケー遺跡の中心を見る

コーケー遺跡の中心を見る             2019年10月訪問

コーケー遺跡:Koh Ker、の中心が、プラサート・トム遺跡:Prasat Thom です。規模も大きく、奥にはコーケー遺跡のシンボル、7段ピラミットの本殿が残っています。

0515コーケーPThom入口土産店付近 (2)
(  コーケー遺跡全貌の案内板 )

プラサート・トム寺院遺跡の入口には、コーケー遺跡の全貌を説明した案内板がありました。ここは、オーストラリアの学者たちが中心となって調査したとのことです。地図の真ん中にある貯水池が、都市計画レベルの高さを物語っています。この貯水池は、今は干上がって草原となっていました。

0515コーケーPThom入口土産店付近 (4)
( 観光ムードを演出する小屋掛けとソーラーパネル )

表参道にあたる場所の広場の両脇に4~5軒の土産物店兼食堂があります。どの店も似たり寄ったりで、屋根上のソーラーパネルまでいっしょです。典型的な、田舎の観光地スタイルに、ほっとするやら、がっかりするやらでした。

ガイドさんが配ってくれた水を一口二口飲んで、トム見物に出発。ちょっと歩くと、もうすっかり見慣れた、崩れて壁だけになったヒンズー寺院跡が眼前に現われました。
0521KohKherPトム参道遺跡 (1)
( すっかり見慣れたアンコール風の寺院崩落跡 )

0521KohKherPトム参道遺跡 (2)
0524KohKherPトム参道遺跡リンガ
( レンガ造りの大門と内部のリンガ跡 )

大門というレンガ造りの建物内には、これまた、お約束の破壊されたリンガと台座がありました。世界中、異教徒と墓泥棒は、祭壇荒らしと破壊がお家芸のようです。「タブーに挑戦する」というか、「やってはいけないと言われているからこそ、やっちゃえ」、という人間の複雑な心理を感じました。

0521KohKherPトム参道遺跡 (5)
0521KohKherPトム参道遺跡 (13)
( 環濠は葦の茂る沼地と化して )

少しずつ奥に進むと、半分、草地となった濠がありました。端に残った水面から洗面器で水を汲んでいる地元の人たちがいました。ガイドさんの説明では、こういう池は、たいてい地元民の貴重な水汲み場のようです。せせらぎや湧き水がないので、雨の多い気候であるにもかかわらず、水を手に入れるのは大変だそうです。

0525コーケーPトムピラミッド全景側面 (2)
( やっとピラミッドが姿を現した )

濠の先に進むと、木立を抜けた先にある巨大なピラミッドが視野に入ってきました。
「わあ・・・・、すごい大きさ、そして崩れ方・・・・・・」

ひとしきり写真を撮り合ったあと裏に回り、ツアー客はみんなでピラミット登山開始です。


2020年4月記                                    了



コーケー遺跡の黒いレディを見る

コーケー遺跡の黒いレディを見る    2019年10月訪問

コーケー遺跡も、かなり広いです。密林の中に、石造りの寺院跡が点在している感じです。ですから、2時間ほどの滞在では、主要な遺跡を3つばかり見ておしまい。それでも、十分にジャングルの中に埋もれた短命の古都感は伝わってきました。

人家はほとんどないので、私たちも、ガイドさんに連れられて、うっそうとした森の中をさまようような感じでした。

0505コーケーPニアンクマウ遠景
( ニアン・クマウ遠景 )

2番目に見学したのは、ニアン・クマウ:Prasat Nian Kumau  というこじんまりした寺院跡でした。たくさんある遺跡のなかで、メインのピラミッド遺跡以外にどこを見るかはガイドさんの好みもあるようですが、だいたいの人気スポットは決まっているようです。

0511コーケーNeangKhmau風景 (3)
( 木立の中に黒ずんでたたずむニアン・クマウ )

ニアン・クマウの意味は「黒いレディ」だそうです。クメール語は、形容詞が後ろからかかるので、ニアンがレディ、婦人の意味。もともとの名前ではなく、クメール・ルージュ政権期の内戦で戦火を浴びたにもかかわらず、焦げただけで倒壊しなかったので、賛辞を込めて現在の名前になったとのことです。

ここには、たった一棟しか建物が残っていませんが、遠目に見ても均整の取れた美しい姿でした。

0508コーケー黒いNeang婦人
( 焦げ跡が印象的なニアン・クマウ近景 )

真っ黒に焦げた石の壁が、かえって新鮮で、名前のとおり黒一色のドレスをまとったような感じがあるというのもうなづけました。寂しげな森のなかの空間に、気高い雰囲気のレディが、すくっと立っているようでした。

0507コーケーニアンクマウのリンガ残骸 (2)
( おおっ、見事なリンガ )

本堂内に安置してあるリンガも、少し欠けているものの、とても見事でした。思わず、すりすり、なでなでしたくなる妖艶な魅力も宿したリンガです。ガイドさんも「見事なリンガでしょう」、とは説明しますが、それ以上は語りません。シモネタではないのですから、正々堂々と各リンガの特長などを解説してもいいのではないかと思います。あるいは、「同意を得てタッチ可」などのサービスはどうかなです。

0511コーケーNeangKhmau風景 (4)
( ニアン・クマウの塀の跡と崩れた火山岩 )

ニアン・クマウ遺跡は小さいので、ものの10分も居れば見学終了。塀が崩れたあとに火山岩がごろごろと並んでいる光景を見ながら、駐車スペースまで皆で歩いてもどりました。

周辺に明かりがないので、夜は真っ暗だと思いました。

「ところでガイドさん、こういう場所では『出るの』?」
「何が?」
「戦火で倒れた兵士の霊とか、むかしむかし無念の最期を遂げた王族とか家来とかの霊ですよ」
「カンボジアにもお化けはいます。出てもおかしくありませんが、ここで出たという話は聞いたことがありません」

ガイドさんは、あっけらかんとした口調で、カンボジアのお化け事情をあれこれ説明してくれました。日本のそれとあまり変わりませんでした。

2020年4月記                                了


霊感ただようコーケー遺跡へ行った

霊感ただようコーケー遺跡へ行った      2019年10月訪問

1. コーケー遺跡めぐり現地ツアー

コーケー遺跡:Koh Ker, は、シエム・リアップから北東へ120kmくらい離れたアンコール朝初期の遺跡です。10世紀の921年から944年までの20年強だけ都であった都市の遺跡と説明されています。

0501コーケーへの道中風景1024 (14)
( コーケー遺跡へ10kmほどの田園風景と幹線道路 )

コーケー遺跡は、かなり遠いです。シエム・リアップからクルマで片道2時間半以上かかりました。私は、ホテルにあったパンフレットにつられ、現地の旅行代理店:シエム・リアップ・シャトル社( www.siemreapshuttle.com )が募集していた「コーケー遺跡とベンメリア遺跡の1日観光」というコースを希望日前日に申し込みました。大人1人40USドルで、英語ガイド、ホテル送迎、道中のミネラルウォーター数本付きですが、入場料2カ所計15USドルと食事代は別、というパックツアーでした。2名以上申込で催行だそうで、クルマは申込人数に応じて小型のランドクルーザーであったり、10人乗りのミニバンになったりするそうです。

当日は、ガイド1名と、私を含めて3名のお客で遺跡めぐりをしました。オフシーズンなので少人数のことが多いとのガイドさんの弁でした。
0501コーケーへの道中風景1024 (8)
( コーケー遺跡へ向かう途中の集落風景 )

コーケー遺跡めぐりは、プレア・ヴィヘア遺跡めぐりとペアになっているコースもあるようです。現地の英語ツアー会社の元締めは2~3社程度ですが、各社ごとに工夫を凝らして訪問先の組み合わせを考えているようです。

パックツアーとは別に、各主要言語ごとに口コミベースで、遠方の遺跡めぐりを受注している会社もあるようです。バックパッカーや学生さんの旅行記に登場するのは、こちらのパターンのツアーが多いようです。アンコールワット地区一帯は、皆、それぞれの事情に合わせて、思い思いの遺跡めぐりツアー選択ができる観光地であるのだということを、改めて実感しました。


2. まず、プラサート・プラムの密林へ

コーケー遺跡入口は、がらーんとしていました。切符売場兼チェックポイントにわずかに2-3名の係員がたむろしているだけです。入場料は10USドルでした。(2019年10月現在 ) 隣接するビジター・センターのトイレは、かなりきれいでした。
0502コーケー入口チケットセンター (4)
( コーケー遺跡見学者入口 )

私たちも、ガイドさんに促されてクルマに乗ったままコーケー遺跡内に入って行きました。それで、ビジター・センター前にクルマがいない理由が判明。みんな、ここでトイレ休憩を済ますだけでした。

0503KohKherプラサットプラム5塔寺 (1)
( 遺跡内の幹線道路 )

コーケー遺跡は、7~8km四方に広がっているのでクルマでの移動が必須です。うっそうとした未舗装の一本道を進んで行くのですが、観光客の数が少ないので、何か出そうな雰囲気でいっぱいです。気配を感じる場所と言ってもいいでしょう。

0503KohKherプラサットプラム5塔寺 (2)
( プラサート・プラム入口 )

クルマで走ること5分ほどで最初の見学地、プラサート・プラム:Prasat Pram という寺院跡に来ました。意味は、「5つの塔の寺」だそうです。木立の中に歩いて行くと、熱帯樹木にからまれた、お決まりの寺院遺跡がひっそりと姿を現わしました。

0503KohKherプラサットプラム5塔寺 (4)
( プラサート・プラム全景を間近で見る )

アンコールワット遺跡群に慣れてくると、このくらいのからみでは驚きません。アンコールワットが作られる200年以上前の寺院は、素朴ですが、温かみのある美しさと色合いがありました。

0503KohKherプラサットプラム5塔寺 (7)
( みんなで本堂内部をのぞく )

コーケー遺跡のような遠い遺跡めぐりをする観光客の行動パターンは似通ってくるので、私たちの他にも2~3組の観光客が周辺を徘徊していました。ですから、あまり怖い感じはしません。けれども、こういう場所に暗くなってから取り残されたら、出るものに確実に遭遇しそうな雰囲気がありました。

0504KohKherプラサットプラム内リンガ残骸
( 本堂内部のリンガの破壊跡 )

どこへ行ってもリンガは破壊されています。リンガの周辺に宝物を埋めてあったので、盗掘の際に、意図的あるいは面白半分に壊したに違いありません。

0503KohKherプラサットプラム5塔寺 (12)
( プラサート・プラムの周壁は意外と残存 )

木の根にからまれたプラサート・プラムの本堂や建物ですが、境内は意外と整理整頓されていました。周壁も苔むしていますが、ツタがからみついているわけでもなく、地面も歩きやすいように均した形跡がありました。できる範囲で手入れをしていることは、とっても良いことです。

2020年4月記                               了



こんにちはバンテアイ・スレイのデヴァターたち

こんにちはバンテアイ・スレイのデヴァターたち   2019年10月訪問

バンテアイ・スレイの女神像のデヴァターは、アンコール・ワット遺跡群のなかでピカ一だと思います。

美しい赤銅色で、彫りが深いため印象が強烈です。顔の表情も温和で、皆んな幸せそうに微笑んでいるようです。ちょっとがっかりなのは、見学ポイントから像までの距離があるので、肉眼では像の細部まで見にくいことでした。

0241バンテアイスレイのデヴァダー (27)
( 遠目にしか見えないデヴァター )

私は、別のブログで紹介しましたように、その中でもトップの美しさを誇る「東洋のモナリザ」と称えられているデヴァター像を見逃してしまいました。けれども、その次に美しい女神や、ボーイッシュな雰囲気の現代感覚のデヴァター像を見ることができました。それらの女神たちを、まとめて鑑賞することにします。
0241バンテアイスレイのデヴァダー (1)
( はにかみがちな伝統的な衣装のデヴァター )

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( きりりとした顔つきのデヴァター )

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( 笑顔が少なめのデヴァターもいました )

デヴァターは、実在の女官がモデルと言われているので、ふたつと同じ顔つきの像はありません。現役当時は、各人各様に着飾り、女の園の戦いを繰り広げながらも、優雅な暮らしをしていたのでしょう。

皆さんは、どういうタイプのデヴァターがお好みですか。

0241バンテアイスレイのデヴァダー (11)
( 顔が少し崩れて表情が見にくいデヴァター )

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( この像も、欠け方が激しいですが口元の笑みが感じられます )

0241バンテアイスレイのデヴァダー (21)
( やや彫りが浅い女神もいます )

バンテアイ・スレイには、オーソドックスな衣装ではないデヴァターが数体あります。カラダの線が出ている衣裳をつけた上半身ヌードのボーイッシュな雰囲気です。現代人にも、そのままで通じるような美しさがありました。私は、こちらのタイプにけっこう気を奪われてしまいました。

表情から推察すると、性格もさっぱりタイプで、あっけらかんとした賢さを感じました。

0241バンテアイスレイのデヴァダー (24)
( 現代風のデヴァター。すっきり美人 )

0241バンテアイスレイのデヴァダー (9)
( こちらもボーイッシュですが、表情がイマイチ )

いろいろなデヴァターが、保存状態も良く残っているバンテアイ・スレイ遺跡に、是非、足を運ぶべきです。私も、ここを見物コースのひとつに選んで、とても満足しています。

デヴァターさまたち。いつまでも美しいお姿で、世界中の人々を惹きつけてください!

2020年3月記                                      了

東洋のモナリザに振られたバンテアイ・スレイ

東洋のモナリザに振られたバンテアイ・スレイ      2019年10月訪問

バンテアイ・スレイ寺院遺跡:Banteay  Srei Temple は、「東洋のモナリザ」の異名を取る美しいデヴァター像のレリーフがとっても有名です。彫りが深く、色合いが美しいのです。

0241バンテアイスレイのデヴァダー (2)
( デヴァターが彫ってある3つの塔 )

バンテアイ・スレイのデヴァター像は、近くまで寄って見ることができません。かなり遠目に、眼を凝らして睨むような距離感です。

「観光写真と全然、違うやんけ!」
「本物を自身の眼で見たという自己満足感以外、何もないじゃん」

悪く言えば、このような印象です。どうやら遺跡保護、盗難防止のために、ここ20年ほどは見物客をレリーフ近くの回廊まで入れない方針とのこと。1923年末に、後のフランス人作家のアンドレ・マルローがデヴァター像を盗み出そうとした事件が、大きなトラウマになっているようです。帝国主義の風潮が未だに消えやらぬ時代でしたから、エジプトやメソポタミアから古代彫刻などを平然と持ち出していた頃の奢った気分があったことは想像に難くありません。

「遺跡泥棒を捕まえたカンボジア当局は、ラッキーな面もあったとはいえ偉い!」
こんなことを頭の中で思い出しながら、本堂の周りを歩いても、東洋のモナリザらしきデヴァターは目に入りません。あまりに遠すぎて、私の視力では判別がつかなかったのです。

ちなみに、『東洋のモナリザ』と称されているデヴァターは、以下のサイトなどで見られます。
https://mapio.net/pic/p-10649029/

0241バンテアイスレイのデヴァダー (27)
( 肉眼ではデヴァターは遠くに小さく見えるだけ )

「どれが、『東洋のモナリザ』か、全然、ヒントもないぞ」

頭を抱えるしかありません。くだんのデヴァターの近くに行けば、壁の隅に小さな解説板が貼ってあり、どれが『東洋のモナリザ』か図示くらいしてあるだろうという期待がものの見事に外れました。
Parisルーブルモナリザ案内0503
( ルーブル美術館のモナリザ案内表示 )

ちなみに、元祖『モナリザ』の方は、実物があるルーブル美術館の展示室の近くに、写真付きで『モナリザはあっち』という矢印案内がぺたぺた貼ってあります。『東洋』の方も、図示くらいはあるだろうという想定は、きわめて甘い発想でした。「途上国の観光案内の適当さを舐めんじゃねえよ」という声がびんびんと脳裏に響きました。

そこで他力本願。三々五々やってくるガイド付きのグループ客のそばに、それとなく寄って歩き、デヴァター像の解説を盗み聞きしようとしました。

しかし、これも失敗。4~5人のガイドさんは、全員、特定のデヴァターを指さすことなく本堂周辺の解説をしておしまい。客の方も、ふんふんと聞いて写真を撮るだけで、本堂から出て行ってしまいました。
『お前ら、デヴァター最高級の美女を見る気あんのか。何しにバンテアイ・スレイに来たんか!』と、内心、怒り心頭ですが、現実は「東洋のモナリザ」という下馬評ほどの注目度はないようです。「東洋のモナリザ」と、騒いでいるのは日本人ばかりのようです。現地のシェム・リアップ市の観光案内や、英語の総合案内ブログには、モナリザのことは書いてありません。本当は美しいデヴァター全体を愛でてほしいということなのかも知れません。

そのため、三たび作戦変更です。デジカメの望遠機能を利用して、本堂のデヴァターをひとつひとつ見ることにしました。
「確か、左向きの像だったよなあ」
「全身、ほとんど型崩れしていないはず」

まず、右向きのデヴァターは、かなりの美形でもパスです
0241バンテアイスレイのデヴァダー (1)
( 右向きのデヴァターも美しいのですが・・・・・)

ガイドブックに掲載してあった小さな写真の記憶をたどりながら、ズームアップされたデヴァターの画像を観察しますが、くっきりと判別できません。本堂正面あたりのデヴァターは、逆光で影が出ている像もあるので絞り込みも難航しました。

左向きでも、顔や頭部が崩れていたり、彫りが深くないデヴァターもパスです。アンコール・ワット中のデヴァターランキングではトップクラスでしょうが、『東洋のモナリザ』ではありません。
0241バンテアイスレイのデヴァダー (4)
( 顔周りが少し崩れている左向きデヴァター )

やっと、これかなと思えるデヴァターがズームアップした視界に入りました。左向きで保存状態も良く、表情にも品が漂っていました。

「なーるほど、確かに他のデヴァターよりは美しいかも」と、そのときは感じました。

ところが、これが大間違い。あとで買った絵はがきなどを見ながら、じっくり観察してみると、似て非なるデヴァターだったのでした。

「あああ・・・・・・・・・・。アンコール・ワット観光、最大のミス」

悔やんでも、悔やみきれません。

「左向きのデヴァターを、もっとじっくりアップすれば良かった」
「もう少し忍耐強く、プロのガイドを待ったり、写真オタクみたいな観光客が来るまで辛抱すれば良かった」
後悔先に立たずの典型でした。見落としをフォローするべく、アンコールワット遺跡を再訪する確率は、今のところかなり低いです。
0241バンテアイスレイのデヴァダー (30)
( 左向きで保存状態も良い美形のデヴァター )

皆さんの旅行記やブログを拝読していると、けっこう『モナリザ』違いがあります。『モナリザ』と評判のデヴァターは、特定の一体ではなくバンテアイ・スレイのデヴァター全部を指しているという勘違いも散見します。

本物の『東洋のモナリザ』像のポイントは、微笑みが一番愛くるしいことに加えて、頭部が1枚の石で彫ってあり、つぎはぎでないこと、正面右の頭髪部に菊のような模様の簪(かんざし)が付いていることです。ですから、良く知っている人に教えてもらうか、かなりズームアップしないと判別できません。

もちろん、東洋のモナリザを見落としたところで、今日明日の人生はこれっぽっちも変わらないでしょう。

「でもね、最高峰のものを見て、さらに研ぎ澄まされるセンスを身に付けないと、人生がほんのちょっぴり安っぽくなるんです」

2020年3月記                                              了



バンテアイ・スレイのリンガをなでたい

バンテアイ・スレイのリンガをなでたい          2019年10月訪問

バンテアイ・スレイ遺跡は、アンコールワット遺跡群の中ではトップ5くらいにランクインする人気遺跡です。クルマやトゥクトゥクで1時間もかかるのに、見物人の姿が絶えません。そして、個人客の割合が多いです。ツアーを組むような方々の多くは、駆け足観光なので、旅行会社もバンテアイ・スレイまで足を伸ばす企画を考えないのでしょう。
0206バンテアイスレイ観光セと入口 (4)
0211BANTEAY SREI正面入口
( バンテアイ・スレイの玄関口と、実際の遺跡入口 )

私は、とてもきれいに屋根掛けされたインフォメーションセンターを通過し、奥へ歩いて行き、小屋掛けした改札ポイントをとおり、本当の遺跡正面へ歩いて行きました。だいたい5分くらいの距離です。

バンテアイ・スレイは、周りの木々が大きいこともあり、平屋の小さな、けれども品のある色合いやたたずまいをした遺跡です。

順路に沿って奥へ向かい、一つ目の門をくぐると、リンガ彫刻が両脇にずらりと並んだ参道に出ました。

「わお、これぞヒンズー魂だあ」
「リンガいっぱい、世俗のムード、ムンムンだあ」
という感じです。

0213BanteaySrei正面参道 (1)
( バンテアイ・スレイ山門と奥の方に小さく見える本堂 )

ヒンズー教は、男根崇拝の上に、世俗の欲望を素直に表現する宗教だと思います。ですから、リンガも実に堂々としています。寺院が現役時代は、聖なるリンガにさわってはいけなかったのかも知れません。遺跡となっても、これ以上の摩耗や風化を防ぐために、さわってはいけないようです。

けれども。ここまで、リンガ、リンガ・・・・・・、と並ぶと、脳裏にその光景が焼き付いてしまいました。

0213BanteaySrei正面参道 (4)
( 表参道に整然と並んだリンガ )

思わず、なでなでしたり、口に入れたくなりませんか。コーンのアイスとかを頬張るように。

0213BanteaySrei正面参道 (10)
( リンガいっぱいの参道の振返り )

リンガは、デヴァター像の上半身のように黒光りしていないので、往時もあまりさわられることは少なかったのではないかと想像しています。
「それに、いっぱいあって、ほとんど同じ形なので飽きるのですよ」、という感じです。

リンガの林立する参道を越えると、お濠の向こうに美しい赤銅色の本堂が見えてきました。
そちらに気を取られたので、リンガのことは、きっぱりと脳裏から去りました。
「現金なものですねえ」

0213BanteaySrei正面参道 (11)
( バンテアイ・スレイ本堂遠望 )

バンテアイ・スレイ本堂は、品のある美しさを保っています。そして、レリーフの彫りが、他の遺跡に比べて深いために陰影が出やすいので、全体がくっきり、すっきりとした印象です。

0215バンテアイスレイ中央祠堂全景 (2)
( 彫りが深いレリーフがいっぱいのバンテアイ・スレイ本堂正面 )

0218バンテアイスレイ中央祠堂背面全景 (1)
( 真っ青な空に映える海老茶色のバンテアイスレイ本堂の塔 )

それでも、本堂の裏手に周って塔の上を見上げると、深く刻まれたレリーフが少し苔むしているのが目に入りました。500年以上、放置されて豪雨に打たれ、灼熱の太陽に照らされていれば、このくらいは仕方がないことでしょう。

「腐っても鯛」、「美人は百歳までも美人」、という語句が脳裏に浮かびました。


2020年3月記                    了

うねるバンテアイ・スレイとカフェ

うねるバンテアイ・スレイとカフェ   2019年10月訪問

バンテアイ・スレイの建造物は赤銅色の岩石が素材で、作りも精巧です。柔らかく温かみのある女性的な印象の美しい寺院遺跡でした。

けれども、バンテアイ・スレイの本堂を取り囲む壁は、歪んでうねっていました。

0221バンテアイスレイ中央祠堂と環濠1025 (12)
0221バンテアイスレイ中央祠堂と環濠1025 (8)
( うねるバンテアイスレイの周壁と中央のお堂 )

1000年以上かかって少しづつ地盤が変形し、それにつれて石組みも歪んだようです。
固めのマットの上に積み木でお寺をこしらえたら、案の定ゆがんでしまった、という雰囲気です。それでも崩落しないのですから、寺院建築は、かなり丈夫なのですね。

0221バンテアイスレイ中央祠堂と環濠1025 (4)
( 別の角度から見たバンテアイ・スレイ本堂と周壁 )

大きな熱帯樹木を背後にして、こじんまりとたたずむ赤銅色の建築が映えていました。
0221バンテアイスレイ中央祠堂と環濠1025 (1)
( 本堂と両脇の塔を背面から見る )

晴天の強い陽光を浴びた遺跡は、上品な色に光を反射していました。巨大で荘厳なアンコール・ワットと対極を成す美かも知れません。

本堂の見物を終えて池の方へ戻ると、テラス風のレストハウスがありました。ジャングルに戻ろうとして勢いよく伸びている木々の姿を見ながらのカフェタイムも気持ち良いひとときでしょう。
0209バンテアイスレイ入場口奥の蓮池 (2)
0208バンテアイスレイ内部高級レストランと仏団体 (1)
( トイレ利用案内。外部者は2000リエル、約1/2ドル )

カフェ横のトイレ利用案内です。よく見ると部外者は有料。でも、こんな辺鄙な場所で、観光目的以外の旅人でトイレを目指して来る者は、よっぽどの変人だと思います。

0208バンテアイスレイ内部高級レストランと仏団体 (2)
0208バンテアイスレイ内部高級レストランと仏団体 (3)
( わいわいがやがやフランス人のシニア・マダムご一行様 )

よしず張りのテラスの奥ではフランス人のシニアのマダムを中心とした30人くらいの団体が、わいわいがやがやとランチタイムでした。看板のメニューには「欧風ランチ35ドル」と書いてありました。カンボジア物価感覚では、眼の玉が飛び出るくらいの値段です。ご一行さまが、それを食べているのか分かりませんでしたが、とても生き生きとした表情が印象的でした。

世界中を回るようなシニアの女性旅行者は、国籍を問わずに強いです。どこへ行っても、我が道を行くという表情で旅のひとときを満喫しています。
「私も、年の功の良い面を見習って旅を続けたいものです。『世界遺産を何カ所めぐった』なんて自慢するのは、小さい、小さい・・・・・」

2020年3月記                   了

バンテアイ・スレイへの道

バンテアイ・スレイへの道     2019年10月訪問


遺跡めぐりに慣れたころ、バンテアイ・スレイ遺跡:Banteay Srei Temple に行きました。シェムリ・アップからトゥクトゥクで北へ1時間ばかりのところにある10世紀のヒンドゥー寺院遺跡です。

すっかり馴染んだアンコール・トムの南大門や北大門を通り抜けて走ると、いつの間にか森は途切れ、周囲には稲作地帯が広がってきました。どこまでも青い空と、看板や電線が皆無の田園地帯を走る気分は爽快です。空気は、もわっとしていました。

0201バンテアイスレイへの道中風景 (3)
0202バンテアイスレイ道中農村 (2)
( 郊外の田園地帯と街道風景 )

このような風景も経済成長とともに消え、コーラやスマホの看板が建ち並び、電線やコンクリートの建造物が散在する農村風景に変貌を遂げるのでしょう。生活に責任のない、お気楽観光客の妄言ですが、古き良きカンボジアの農村風景が保たれることを願っています。

0203バンテアイスレイアプローチ看板 (1)
( バンテアイ・スレイへの分岐点にある門 )

トゥクトゥクは1時間弱で、街道筋からバンテアイ・スレイへ入る道の分岐点に着きました。黄色い門の上に「バンテアイ・スレイへようこそ」と書いてありましたが、遺跡までは、さらに15分くらい走りました。

何度見ても、クメール文字は覚えられません。
0203バンテアイスレイアプローチ看板 (3)
( クメール文字とアルファベット併記の道路標識 )
0204バンテアイスレイ近づく (2)
( バンテアイ・スレイは少し先を左折 )

まだか、まだかと気をもみながらトゥクトゥクの座席に座っていると、前方に小さな山が見えてきました。舗装道路を左折したところが目指すバンテアイ・スレイ遺跡。赤茶けた土の広い駐車場に入りました。

0205バンテアイスレイ駐車場 (2)
0206バンテアイスレイ観光セと入口 (1)
( バンテアイ・スレイの駐車場と世界遺産標識 )

「やっと着いたぜバンテアイ・スレイ」、という気分でした。

ここは、アンコールワット遺跡共通券で入場できます。切符を買い忘れてやってきた場合はどうなるのでしょう。
「分かりません」
「でも、トゥクトゥクやクルマのドライバーさんが『キップは持ったか?』と聞いてくると思います」
「ええ、私の場合も、出発前に聞かれました」

ですから、よほどトンマな観光客でない限り、キップなしでここへ着くことはないでしょう。

2020年3月記                        了



プレ・ループは熱かった

プレ・ループは熱かった   2019年10月訪問

アンコールワット遺跡めぐりの「大回りコース」の、はじめか終わりに位置するのがプレ・ループ:Pre Roup temple  遺跡です。

写真のとおり、見た目は平凡な赤っぽい石積みの、半分崩れかけたヒンズー寺院遺跡。最近では、夕日が見られるスポットとして、団体さん中心に夕方の訪問客が増えているようです。けれども、実際の夕日風景は期待ほどではなかったという感想が多いです。

「あたしは、ここしか見ていないから、人気のプレア・カーンと比べられませんわ」
「写真を見て比較しても優劣は感じられますよ」
0461プレループ遺跡1023 (6)
 ( プレ・ループ遺跡正面 )

ここの主塔へ昇る階段は、見た目に反して意外と急傾斜でした。次の写真のように、実際に取りつくと直登気味になります。上から降りてきたカップルも、びくびくしながら、一歩一歩、踏みしめるようにゆっくりと足を出していました。
0461プレループ遺跡1023 (9)
( 急傾斜で熱いプレ・ループ遺跡の正面階段 )

そして、真昼間にくると、この階段、手をつけないくらい熱いのです。

「あちっ!」

私も、階段についた手を思わひっこめてしまいました。石の表面が、焼けるように熱かったのです。10月でも、カンボジアの太陽の熱量は正午前後はとても強烈です。空気も暑く、石も炙られていました。対策として、指先だけを階段に置くようにしてバランスを取りながら急階段をよじ昇りました。

やっとのことで最上部のテラスに上がると、暑い中にも、のんびりムード。適当な場所に腰を下ろして、汗が引くのを待ちました。崩れかけ、雑草にまとわりつかれ、ぼろぼろになりかけた寺院跡の様子がよく分かりました。
0461プレループ遺跡1023 (11)
( 上のテラスから下のテラスや周囲の森を見る )

昼間のプレ・ループには、ほとんど観光客がいません。静かに心を落ち着けて遺跡の様子を見ることができました。解説版や照明はもちろん、柵もほとんどありません。放置された遺跡感がたっぷりと出ています。たまに、一体か2体、崩落の少ない彫像があって、ちょっと目を惹きます。下草も刈ってあるので、管理されているんだなということが分かりました。

0461プレループ遺跡1023 (19)
( 原型を残しているライオンの彫像 )

正直、当局は、2流、3流の寺院遺跡まで、ていねいに修復する余裕も気力もないと思います。アンコールワット遺跡全体は、とても広く、遺跡や遺構が掃いて捨てるくらいいっぱい散在しているからです。

こんなふうに荒れた感じがアンコールワットの魅力のひとつだと、私は思いました。

0461プレループ遺跡1023 (23)
( 崩れ去り、赤茶色の石と摩仁グルマのデザインの窓が残った壁 )

遺跡の下の方の回廊一帯は、ほとんど壁だけしか残っていません。じりじりと炎暑の中にたたずむ姿に無常観が出ています。

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( ただただ太陽に照らされてたたずむばかりのプレ・ループ )

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(プレ・ループ遺跡と主塔を側面から仰ぎ見る )

汗が収まるのを待って、遺跡の上下や周囲を一周して、外に出てきました。青い空と白い雲のしたに無言で立ち尽くしている塔の数々が、最後に印象に残りました。

2020年3月記    了

象さん仰ぐイーストメボン遺跡

象さん仰ぐイーストメボン遺跡    2019年10月訪問

イースト・メボン遺跡: East Mebon temple  は、アンコールワット遺跡大回りコースの、ちょうど中間点あたりにある10世紀の中規模遺跡です。

「イースト」メボンという呼び名は、明らかに観光客向けの訳語です。けれども、クメール語による呼び方は、ほとんど聞こえてきません。

2-3の遺跡見物のあと、イースト・メボンに立ち寄ったとき、暑さと感性の低下で、パスしようかなと思い始めました。けれども、ベージュ色に染まった主塔を見たら、「せっかく来たのだから、やっぱ見物して行こ!」という気持ちになりました。
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( 意外と端正で美しいイーストメボン正面 )

写真には写り込んでいませんが、こういう人気(ひとけ)の少ない遺跡の入口にも、ちゃんと係官がいて、観光客を見かけると木陰からやってきて入場券をチェックします。

イーストメボンは、階段状の遺跡ですが、積み上げが低いので、直登感がなくゆったり気分で登れます。境内も広いので、のんびりした気分になれました。つぎはぎの目立たない象の彫刻が塀の隅に立っていました。スポット的に修復したのかも知れません。
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( 原型を保った象の彫刻が鎮座する内陣の壁 )
0451イーストメボン風景1023 (23)
( 見事な象さんの像 )

「パオーッ」、「パオーッ」と、鳴きながら神々の領域を守っている感じが、よく出ていました。そばにやってきて、私と同じように、鼻を床につけた象の彫刻をしげしげと眺めていた欧米系のおばさんも、「いいね」みたいに笑みを浮かべていました。私も、同感です。

イーストメボンには、象ばかりでなく、狛犬役のライオンもいました。
0451イーストメボン風景1023 (10)
(  ライオンが狛犬代わりの本堂への階段 )

赤茶色のレンガ造りの塔は、原型を残して崩れてきていますが、何体かの動物の像はかなりきれいな姿で鎮座しています。予算が少ないなかでテーマを決めて修復しているようならば、好感の持てる方針です。
0451イーストメボン風景1023 (21)
( 崩落しながらも美しいベージュ色をした本堂と塔の数々 )
0451イーストメボン風景1023 (12)
( 中央の塔を間近で仰ぎ見る )

現代カンボジアは、国家主導の仏教国なので、ヒンズー寺院遺跡ながらイースト・メボンの本堂内にも仏像が祀ってあります。政治勢力が、「過去もいいけれど、現在も忘れるなよ」と、言っているようです。ここまでやられると、少しばかり不自然な感じがしました。

0451イーストメボン風景1023 (15)
(  中央のお堂内に祀られた仏様 )

仏様の前に立ち、一礼してから上を仰ぐと青天井。数々の塔も、いつの間にか頂上部が崩れて煙突状態になっているようです。詳しいことは知りませんが、ヒンズー寺院の塔のてっぺんのリンガを破壊したときに頂上に穴が開いたのかも知れません。宗教感情が高ぶると人間が不寛容になるのは、昔も今も同じです。

0451イーストメボン風景1023 (14)
(  塔の頂上部はたいてい崩れて青天井 )

はらはらと崩れて行きながらも、意外としっかり立っているイーストメボンをぐるりと回って、再び外に出ました。私の乗ったトゥクトゥクは、舗装された大回りコースの一本道を走ります。
0451イーストメボン付近水田と森
( イーストメボン付近の田んぼがすがすがしい )

イーストメボン付近まで来ると、遺跡と遺跡の間に田んぼや湿地が見え隠れします。うっそうとした密林風の森ばかり目にしていたので、こうして開けた場所に来ると、気分もほっとします。電線も標識もない、黄緑と緑ばっかりの風景に癒されました。暑い空気ながらも、トゥクトゥクに吹き付ける風に、汗もすこしばかり引きました。
「ほっ・・・・」

2020年3月記                           了


Amazing Angkor Wat among Humidity and Hot

Amazing Angkor Wat among Humidity and Hot                 Visited on Octber 2019


1  The pinching story by stroking-prohibited Devata of Hindu Goddess

 

Angkor Wat sightseeing is a kind of battle against humidity and hot weather.

Also you have to beat  temptation by the Devata sexy smile or meaningful face.

0731Aワット全景午後の影快晴 (4)
(   Angkor Wat main tower and centre gate  )

 

I walked into the first corridor of Angkor Wat either as others did. The first corridor is very famous for its relief, which is continuously carved on the long wall.

0025Aワット午後第2回廊レリーフ1025
(   Devata of Hindu goddess by black shining )

The Hindu goddess of Devata in  shirtless appearance welcomes tourists with various expressions. However, there are rule boards instructing no-touching, neither stroking on the relief, even though it was possible in the past. We find around the relief that both Devata and the statue of the king are glowing black. There seems to be a mixture of hand grit and the coulor of the original stone. It is easier to recognize unevenness of the relief appear clearly. So it might be better to touch it gently for a moment.

I skip commentary on the relief because of a lot of commentary are written by guidebooks and other travelers’ notes. I sometimes consulted my guidebook and went around to keep the famous points. Just saying impressively “Well  here, how nice carved so far “.

1138Aワット第1回廊レリーフマハーバーラタ1022 (1)
(  One of famous relief at the first corridor  )

I believe if you would know the Hindu mythology "Mahabharata" and"Ramayana", you would be more impressed. Hindu worldview which directly connects to this world, is very instantaneous and familiar with my way of understanding differt from their religious philosophy. On the other hand, Indian way of the worldview is in any case too long and complicated to know them on tourism.I remembered as well a similar case of my Indian business experience.

"Oh,That’s an Indian culture."

I heard a whisper from Devata at the same timing, saying,

"It's not a simple moral discipline like monotheism, so it can't be helped.

1137Aワット第一回廊レリーフ乳海攪拌
(  Endless relief at the first corridor )

No one can proceed to walk without holding a couple of water and handy towel in any time, although the relief was under the roof. The temperature was over 30 degree there with hot and humid on late October of the starting period of less rain months.



2  The Second Corridor with Empty

 

The second corridor in Angkor Wat is almost empty.

The guidebook instructed that once there were many Buddha statues, but they were destroyed or taken away during the Khmer Rouge administration in 1970’s. I don't know how true it is,but it is the fact that there are quite a few headless Buddha statues inside the corridor.

0024Aワット第2回廊ざっと1022 (5)
(  Exhibitions of headless budda statues at the second corridor )

I believe  that "humans are the worst destroyers of human-created cultural properties instead of natural disaster etc. " I couldn't help but remember the bombing of the Great Buddha of Bamiyan in Afghanistan, the fire of Notre Dame in Paris etc. The Angkor Wat archaeological site has been holding up for 600 years at least with some distorted stone structures and collapsed in conspicuous places.” What’s an exciting event, isn’t it ?  I felt it.


1140Aワット午後第2回廊外側中庭と建物何? (1)
(  View of the first corridor from the second corridor )


3    Crawling up to the Third Corridor

1166Aワット第3回廊から主塔晴天13時1022 (1)
(  Closer view for the main tower of the Angkor Wat )

 

I finally crawled up the third corridor of the main tower considered as the highlight of Angkor Wat visit. Upon completion of the steep stairs, I found the main tower was standing quietly alone, which was godly but lost its life, thereafter just left only silence. It is said that the third corridor was a space only for privileged classes such as royals during the active era. But it turns to a ruin now, so that anyone can approach into there.

 0662Aワット第3回廊登り口1022 (4)
(   Steer tourist stair to the third corridor )

Currently,there are restrictions on admission, and the corridor is limited to a maximumof 100 people. At the time of congestion, they maintain a counting mechanism to replace one by one by releasing designated ticket at entrance checkpoint. We may mind to waits for 30 minutes or a couple of hours at worst. It is also prohibited to approach on designated Buddhist dates about four times a month.I find some travel journal reporting not to have approached to the third corridor, who could spend only a few hours staying Angkor Wat. "Oh, sorry! It's like losing a best sightseeing spot at Kiyomizu-dera temple’s famous stage in Kyoto visit. “

 

As I described it, the stairs are also steep slopes. I do not understand its concept of the founder or designer of the temple. I came up with at a glance that old Japanese-style house maintained the similar steer slope of the stairs either,then old people would have thought as such everywhere. For a moment, I was not sure if I could climb. There's no better way to come here and climb without waiting.
0662Aワット第3回廊登り口1022 (5)
(  Underviewing of the stair  from the third corridor )

I was really satisfied with the climbing up after hesitation only for a moment. Having decided  "There were hand railings, yeah, it's still. "  Nevertheless I was not sure to crawl up without touristic less steep stairs, might consider  “  I'm a senior and I don't have the confidence to go down steep stairs.” According to guidebooks, getting downbackwards is a way to increase the dangers since one cannot see the bottom,then one should step off the foot.
1160Aワット第3回廊見晴らし西北
(   View for main approach and forest from the third corridor )

 

Walking through the floor of the third corridor, I was able to realize that it was closer to heaven. Except for the main approach, it is covered with dense forest on all sides. In the past, it shouldn't have been like this. I thought that the time span of 600 years after the dynasty had fallen had returned the surrounding villages to the forest. Going to the centre of the corridor, looking up at the main tower, I felt as well having looked at the top of the sacred mountain.

1168Aワット第3回廊東方より北塔か
(  No vitalizing at the main tower of the Angkor Wat )


On the other hand, no vitality other than the movement of tourists around there. Dark stones, and partially distorted stone buildings were just sitting there. Only silence remained, once few number of tourists walking slowly disappeared on that day. The statues of Hindu deities were not looking at us at all. I looked up white clouds moving over the tower,but could not  hear the wind sound.

 1167Aワット第3回廊から北塔と右主塔
 ( Only  silence, sky, cloud without holy mood )

I could feel the wisdom of humankind, but it was difficult to imagine the bustling days of the Khmer dynasty. I might be lucky to touch only beautiful scenery of the Angkor Wat without being deceived by the attitude of a monk at the time, who might have been greedy and authority.

1171Aワット第3回廊主塔下現代仏像 (2)
(  Modern budda statue for symbolizing today's Angkor Wat status )


Reported on March 2020                                                            End



Sunrise Illusion of Angkor Wat

Sunrise Illusion of Angkor Wat             October 2019

Missing the beautiful sunrise in Angkor Wat forever !

1101Aワット日の出朝焼け濃く (2)
    (  Sunrise illusion of Angkor Wat )

Because it is lovely a world-class illusion as acclaimed by guidebooks and by experienced people.

 I felt the sunrise scene was like a stage show with a plenty of tourists. However, it is just  a miserable experience without sun, so it might be a risky tourist spot. The weather forecast check in the previous day is absolutely our minimum duty prior to visit sunrise at Angkor Wat.

 

If you are looking to watch the sunrise in the rainy season, or if you have a hard time watching the sunrise during an organized tour, you may be unlucky to hit rain or cloudy. I hope you to come back here definitely just to catch clear day for the sunrise alone. I believe Angkor Wat will appear as it is for a couple of decades.

1100Aワット日の出前の遠景シルエット
(  Dawn at Angkor Wat main entrance )

I woke up early at 4 a.m. and headed to the ruin by paying an extra fee for hired tuk-tuk. I arrived at the entrance of Angkor Wat at around 5:15 a.m. The eastern sky was getting lighter and brighter like a famous starting sentence of a Japanese classic essay named Makurano-So-Shi ( Essay of court lady chat in late 10 century ).  Describing “ the best minutes of spring is early dawn of which sky colour changing from dark purple to whiter second by second. "

 

Upon walked together a large number of tourists towards the panoramic banks of the pond, I decided to stay at my preferable viewpoint enough for observing the sunrise scene. On that day, the pond on the left side was under construction, so I went to the right side pond.

 1101Aワット日の出朝焼け濃く (1)
 (   Black Angkor Wat with flashing lights by visitors' smartphone )

The flashing lights of visitors' smartphone walking around the pond were like a firefly flying. The air was a little cool even at the end of October. I imagined the temperature was probably around 25 ° C. It was just warm with short sleeve.

The shadows of the five towers of Angkor Wat emerged clearly against the background of the sky turning to bright purple hues from deep purple. Many tourists, almost silently, watched the sunrise show, focusing on the eastern sky which grew brighter every moment.

1101Aワット日の出直前 (3)
                       (  Inverted Angkor Wat )

 The time passend slowly only with the shutter sound of the camera echoed. " Inverted Angkor Wat " was reflected without any fluctuation on the surface of the pond. There was no wind on the day, and the water lilies and weeds in the pond were off the pond centre, so I was lucky that nothing disturbed the water surface in that timing.

 
1101Aワット日の出見物人 (1)
 (  Tourist from all over the world at Angkor Wat sunrise )

When the surroundings became completely bright, I was surprised again to have looked many spectators from all over the world. On that date, there were many European and American private tourists. Once loud tourists might have destroyed the romantic mood, shall we say "Si........." to them?  Really,a lot of people from all over the world have come to experience this illusion. I came to this place on a good day, and  was very happy to be able to experience the sunrise at Angkor Wat.

1103Aワット朝日にシルエット 近景
  (   A silhouette of Angkor Wat at sunrise )

The sky colour changed from purple to orange as the sun approached the horizon. The sun was behind the building, so Angkor Wat floated in a dark gray silhouette. The atmosphere has changed from mysterious to romantic. When the sun rose between the buildings, the illusion has disappeard and it remained only the mood of early morning.

Angkor Wat is built exactly along the east-westaxis, so on two equinox days, the sun rises directly above the main tower, creating a stunning sunrise landscape. On such a day, at the same time as opening the gate at 5:00 a.m. , you will run into and keep a good position for the best opprotunity of sunrise. I would like to read a travel journal challenging such ultimate sunrise experience.

1105Aワット早朝仮橋付近
(  Looking back to morning Angkor Wat )

Half hour later, the buzz of people increased, everyone got a little tired of standing up. I decided to go back to the hotel once, and slowly headed towards the exit, looking back at Angkor Wat repeatedly. 

Reported on February 2020                                                   End






うらぶれた釣り堀みたいなニャック・ポアン

うらぶれた釣り堀みたいなニャック・ポアン  2019年10月訪問  

0443ニャックポアン内部の池と祠堂 (18)
( ニャック・ポアンを囲む湿原状の巨大な池 )

グランド・サーキット(大回りコース)の左周りコースを取ると、北大門を出て2番目にあるのが、ニャック・ポアン: Neak Pean という遺跡です。ここだけ音感が違う名前の遺跡です。実際の様子も典型的なアンコールワット遺跡群とかなり異なります。

ひとことで言えば、うらぶれた釣り堀のような水辺の遺跡です。

良く言えば、まぶしいくらいに青空を水面に映す大きな池に囲まれた水辺の遺跡です。崩れかけ、黒ずみ、ゆがんだ石造建築物や、うっそうとした熱帯樹木ばかり見ていると、とってもすがすがしく大らかな気分になれます。

幹線道路沿いに、ちらちらと大きな池が見えてくるあたりがニャック・ポアンの入口です。入場ゲートの奥の両側に、びっちりと土産物店、傷痍軍人の寄付ブース、露店の音楽喫茶みたいな店がならんでいます。他の石造寺院と、明らかに雰囲気が異なります。

「Tシャツ、安いよ」、「ワン・ダラー、ワンダラー」
の声と、手招きをかわして参道を進んで行くと、青い空と大きな水面が突然、現われて、とっても嬉しくなりました。
441ニャックポアン池と参道快晴 (3)
441ニャックポアン池と参道快晴 (5)
( ニャック・ポアンの参道入口と土産物店 )

赤茶けた土手の道が尽きると、池をまたぐ木道がまっすぐに続きます。両側の水に、青い空と白い雲が映って気分爽快。けれども、10月末の太陽は、じりじりと焼け付くような強さです。森の木立に入ったら少しは涼しそうと期待しながら歩きました。

351ニャックポアン池と参道と湖
( ニャック・ポアンに続く木道と周囲の水辺 )

枯れた木々の幹が立っていてわびしい感じもします。両側の池の深さは30cmから50cmくらいですが、泥の底なので、一歩、踏み入れたらずぶずぶと底なし沼にはまるでしょう。

441ニャックポアン池と参道快晴 (6)
( すがすがしく広い水辺景色も、実際は猛暑の炎天下 )

遠くに見えた木立に着くと、さらに内側の池がありました。荒れ果てた雰囲気です。木道上のすれ違いも慎重に先へ進みました。
353ニャックポアン池と参道奥
( 三重になった池の真ん中の池 )

池は三重になっていました。もっとも内側の池にたどりつくと、そこには祠があり、池の真ん中に高々とヒンズー様式のお堂がそびえ立っていました。

池の水は、藻が繁茂しているので淀んだ緑色です。そのうえ、ぴくりとも動きません。名称のようなヘビも、からみも全く想像できません。はっきり言って、薄汚い感じです。うらぶれ、廃業した釣り堀という感じがしました。

現在の様子では、沐浴するという聖なる気持ちなど毛頭も湧きません。これがアンコールワット遺跡群を通して感じる諸行無常感です。
0443ニャックポアン内部の池と祠堂 (1)
( 参道正面から見た一番内側の池と祠(ほこら) )
0354ニャックポアン内部の池と祠堂全景
( 池の真ん中にそびえる祠(ほこら) )
0443ニャックポアン内部の池と祠堂 (17)
( 別角度からの祠(ほこら))

それでも、往時を想像すると、とてもすごい建造物や寺院であったことが凡人でも分かります。これも、アンコールワット遺跡のすごさです。「さすが、トップクラスの世界遺産の底力」が、無言のうちに伝わってきました。

0443ニャックポアン内部の池と祠堂 (13)
( 池の水は緑色でおぞましい感じ )

ニャック・ポアンの現役時代は、医療施設を兼ねた水生の薬草園であったとガイドブックに書いてありました。水が澄み、蓮の花や、整えられた水辺の花壇があれば、確かに心休まる空間であることは想像に難くありません。

黒ずんだ石と、暑い陽射しに疲れ気味のところに、水辺の風景は一幅の清涼感を感じます。けれども、濁った水面を見ると、池に手を入れようなどという気分に全くなれません。余計、ストレスがたまってしまいました。

「写真をとって、さっさと次の遺跡に行こうっと」

2020年2月記                             了



荒れるにまかせたプレア・カーン遺跡

荒れるにまかせたプレア・カーン遺跡    2019年10月訪問

アンコールワット遺跡群大回りコース:Grand circuit  の最初か最後の地点に位置するプリア・カーン遺跡:Prea Khan Temple も、熱帯樹木がからみつき、あちこちが崩落したタ・プローム型の遺跡です。

小回りコースを終えて、大回りコースにやってくると、このようなパターンの風景に馴染んでしまって驚くこともなくなります。せっかく3日券は買ったし、トゥクトゥクも貸切で自由に使えるので、B級C級遺跡もできるだけ見てみようという気になります。

0431プレアカーン1023 (2)
( プレア・カーン遺跡北入口 )
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( プレア・カーン遺跡北門前の橋と破損した神々の石造 )

スパッ、と切り取られたヒンズー教の神様の頭部は、いわゆる地蔵泥棒のしわざのようです。買った奴に祟りがあると面白いのですが、所詮は「モノ」なので、どこかのコレクターの部屋に鎮座しているのでしょう。その代わり、保存状態は良いでしょう。

0431プレアカーン1023 (9)
( ぐらぐら感いっぱいのプレア・カーン遺跡正門 )
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( 木々とコケと崩れた石の数々も定番になった )

プレア・カーン遺跡の中央部に来ると、十文字の回廊の交点に、緑色にコケ蒸したリンガが置いてありました。ときどきグループ観光客が、リンガの周りを取り囲んで賑わいますが、少し過ぎると、また静寂が戻ります。

0431プレアカーン1023 (17)
( 寺院中心部に残ったリンガ遠望 )
0431プレアカーン1023 (24)
( コケむし、欠けて、ひび割れたリンガの哀愁 )

天井が崩落した場所のレリーフは、ほとんどコケに覆われようとしています。少し、薄気味悪い雰囲気です。こうして観光客が来るまで、神々やデヴァターのレリーフは、500年くらい、ひたすら歪み、崩れ、雨に当たり続けてきたんだな、と恬淡として気分で眺めました。

0431プレアカーン1023 (20)
( コケに覆われたデヴァターのレリーフ )

係員が指さして「あっちの奥に、美しい女神像があるから行ってみろ」とすすめてくれたので、くずれた石をよけながら通路を歩いて行くと、確かに美女のレリーフが2体ありました。うつむきかげんの顔つきは、端正で安らぎを覚える表情でした。

「どうか、くずれゆく遺跡のなかで、皆んなに愛されながら、ずうっと居続けてください」
0431プレアカーン1023 (29)
( プレア・カーン遺跡きっての美人デヴァター像に参拝 )
0431プレアカーン1023 (30)
( もう一体、美しい女神像がある )

それにしても、崩落度合いが中途半端ではありません。現役時代には、維持管理、お坊さんの生活支援で莫大な資金が必要だったのでしょうから、その反動で、有無を言わさずに見捨てられたのも無理はないと思いました。

「もう、やってらんねんよ」、だったのでしょう。
0431プレアカーン1023 (35)
( 日に焼け、くずれ、それでもデヴァターはたたずむ )

プレア・カーン遺跡の見どころのひとつとして、この近くに、2階建ての経蔵らしき遺跡があり、ギリシャ神殿風の外観であると解説されていましたが、見物忘れです。遠目に入っていたのかも知れませんが、ぼろぼろに崩れかけていたので、特に気に留めなかったのかも知れません。アンコールワット遺跡群には、2階建ての建造物がほとんどないそうです。これから旅される皆さまは、見落としのないよう見物することをお祈り申し上げます。

繊細で美しいデヴァター像も、ずれ、歪み、日焼けしています。往時の華やかさを忍びながら、ゆっくり一周して外に出ました。
0431プレアカーン1023 (12)
( 次第に浸食され、影がうすくなった神様 )
0431プレアカーン1023 (36)
( 時の流れに埋もれゆくデヴァターたち )

時の流れを、実際の時間の経過以上に感じたプレア・カーン遺跡でした。

2020年2月記                                   了




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