やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

ミラノ定番の観光名所

まあまあのミラノ城

まあまあのミラノ城   2018年3月訪問

1)ミラノ定番観光その4

ミラノ観光の基本コースのひとつに、ミラノ城こと、カステロ・スフォルツェスコ:Castello Sforzesco、が入っている場合が多いようです。

ドゥオーモから徒歩圏内、「お城」というネームバリュー、そこそこ見映えがする、、いつでも入れる、入場料が高くない、など、ツアー会社にも優しいお城です。

ドゥオーモ、ガレリア、最後の晩餐と並ぶ、ミラノ第4の定番観光ポイントでしょう。

このお城は、ドゥオーモの屋根に上ると、遠目に見えます。

CS198808ミラノS城をDuomoから見る
( ドゥオーモ屋上よりミラノ城を遠望。1988年8月 )

また、ドゥオーモの上まで行かずとも、ドゥオーモ広場から、老舗食料品店ペックの方へ歩いて行くと、大通りの突当りに見えます。歩行者天国になっている部分は、ダンテ通り:Via Dante と言い、両側にブティックやカフェなどが並んでいる、お洒落な通りです。夜景もきれいです。


CSDante通より城を遠望201803
( ダンテ通りよりミラノ城を遠望 )

CS城を見るダンテ通の夜
( ダンテ通りより夜のミラノ城を遠望 )

何となく、行ってみようという気になりますが、ドンマイ、ドンマイ。

余程の拒絶反応がない限り、ミラノのブランド・ショップ街、モンテ・ナポレオーネ通りなどを目にしておいた方が、目が肥え、視野が広がります。そのあと、時間があったら、お城見物するくらいで十分です。

何を隠そう、私も、お城の中の博物館には昔、1回入ったきりです。その後、展示品は拡充されているようですが、まだまだ、モンテ・ナポレオーネ通りの妖艶な魅力には、歯が立たないと思います。


2)ミラノ城に入らずとも

CS城の前の午後風景201803 (1)
( ミラノ城ことカステロ・スフォルツェスコ全景 )

ミラノ城の前に着きました。城の前のカイロリ広場:Cairoli  の車道をつぶして大きな噴水を作るなど、ゆったり感を出しています。警備も強化されているので、ベンチに腰掛けたり、歩道際のバルに入って、のんびりと足を休めましょう。

腰掛けて眺めると、高い城壁が延々と横たわる大きな城であることが分かります。

カイロリ広場の反対側に視線を向けると、王様の銅像の向こうに、ダンテ通りが伸びています。せわしなく行き交うクルマや市電を見ながらミラノの生き生きとした雰囲気に浸ります。

CS城のCairoli広場の昼下がり (4)
( 早春のミラノ城前のカイロリ広場 )

ミラノ城正門の塔も、最初に見た30余年前からずうっと同じ姿です。戦災による修復については、詳しいことは分かりませんが、まあ、よしとしましょう。1980年代は、観光客の姿もちらほら程度で、お城の中もガランとしていました。今では、相当混雑するときもあるようです。

198808ミラノS城の風景 (4)
(  のんびりカステロ・スフォルツェスコ正面。1988年8月 )

側面にまわり込むと、空堀があったりして、それなりの雰囲気を感じます。お城ファンにはたまらないでしょう。

198808ミラノS城の風景 (3)
( ミラノ城の空堀。1988年8月 )

城壁内部は、かなり広い空間です。本館は市立美術館になっているので入れます。
あんまり面白くありません。ミケランジェロ最後の作品があるということですので、「何を差し置いてもイタリア美術作品観光」、という方は、是非、アプローチしてほしいです。

「ミラノの魅力は別のところにあるんですけど・・・・」
「ミラノだって、イタリアなんだから美術作品に目が行ってしまうんです」
「楽しい観光を!」

198808ミラノS城の風景 (2)
( 昼下がりのミラノ城内。1988年8月 )

3) 夜警のいる夜景

カステロの夜もライトアップされて美しいです。

テロ対策用の、大きな植木鉢が折り重なるように置いてあります。警備兵が、鋭い目つきで5分と置かずにあたりを闊歩しています。観光客は、スリや置き引きの心配をしないで、お城の夜を楽しむことができます。ただし、監視付きです。

CS城ライトアップ全景201803
( ライトアップのカステロ・スフォルツェスコ全景 )

CS城ライトアップと噴水201803
( カステロ・スフォルツェスコと夜の噴水 )

私も観光客です。ちょっと肌寒い空間で、じょこじょこと流れ続ける噴水の音を聞いていました。
光を受けて白く輝く噴水の、絶えることのない流れを眺めながら、いろいろと考えてしまうひとときでした。


2018年9月記      了


スカラ座は眺めるだけかも

スカラ座は眺めるだけかも   2018年3月訪問


1)ミラノの定番その3

ガッレリアを歩いたあとは、たいてい、スカラ座:Teatro Scala の正面風景を見物します。豪華な劇場です。アーケードの中でUターンしたり、自由解散になってスカラ座にたどりつかないツアーはありません。初ミラノの個人客で、スカラ座前を見ないUターン組みも、ごく少数でしょう。

ガッレリアのアーケードを抜けた場所からスカラ座を見た光景は、多くの人々の記憶に、うっすらと残っていると思います。レオナルド・ダ・ヴィンチ像は、背中を向けているので、さらに印象に残りません。



DMスカラ座前とダヴィンチ像背面201803
( スカラ座広場とダ・ヴィンチ像の後ろ姿。2018年3月 )

広場を横切り、スカラ座正面入り口にやってきて、ガッレリアを振り返ってみましょう。朝な夕なに、レオナルド・ダ・ヴィンチ像が通行人をじっと見下ろしています。

200111初冬のミラノ スカラ座広場
( スカラ座前からガッレリアとダ・ヴィンチ像正面を見る。2001年12月 )

初冬の朝は、人通りもまばらで、ミラノの成熟した落ち着きを体感できます。じっくり、ゆっくり街歩きを楽しみたいものです。


2) スカラ座の四季

スカラ座は、派手さを抑えた端正な建物です。内部の大劇場のイメージと比較すると、外観は、そんなに大きく感じられません。

ミラノは、第二次世界大戦の空襲の被害が大きい都市でした。スカラ座も、ガッレリアともども大修復されたはずですが、外観はオリジナルに忠実だそうです。見た目でも200年以上経っているような感じがします。

四季折々のスカラ座正面の思い出に浸ります。しょっちゅう目にした割には、私も1回だけしか入ったことがありません。

早春のスカラ座は、起き抜けのような静けさで鎮座していました。

DMスカラ座正面201803 (3)
( スカラ座正面 2018年3月 )

初冬のスカラ座は、朝日を浴びて明るく輝いていました。今日も、張り切って舞台を切り回すぞ、という気力満々のオーラが伝わってきました。

200111初冬のミラノ スカラ座正面
( 冬の陽ざしを浴びるスカラ座。2001年12月 )

真夏のスカラ座は、明るい陽光の下で、少し黒ずんでいます。長年の排気ガスで汚れてくるのです。
「たまには洗ってくれよ」と、言いたげな雰囲気でした。

198808ミラノスカラ座 (2)
( 夏のスカラ座は日焼け気味。1988年8月 )

1980年代は、スカラ座前の広場も車道が広く、歩行者は肩身が狭かったでした。


3) スカラ座周辺の街並み

スカラ座広場を、ぐるりと見まわしてみましょう。市庁舎は市立美術館に改装され、ミラネーゼや市民の集まる観光名所化しつつあります。由来や修復レベルはさておき、重厚で堂々とした建物です。

DMスカラ座右市立ギャラリー201803
( スカラ座広場に開館した市立美術館 )

石造建築物の長所は、やはり街並みが100年単位で変わらないこと。人々に安定感を与えます。その一方、重々しい雰囲気なので圧迫感があったり、人生の軛(くびき)のように感じることもあるでしょう。

Mマンツォーニ通カブール方向201803
( スカラ座近くより見たマンツォーニ通り )

スカラ座を正面に見て、右折するとマンツォーニ通りです。あと300メートルくらい歩くと、お待ちかねの「モンテ・ナポレオーネ通り」との交差点に着きます。もう、気が急いてきます。

ですから、次は、スカラ座の脇を通りぬけて、ブレラ方面へ直行するような「ミラノぶらぶら歩き」をしようと思いました。


       2018年8月記                   了

チェナコーロ・ヴィンチアーノって何だ?

チェナコーロ・ヴィンチアーノって何だ?   2018年3月訪問

1)Cenacolo Vinciano

この綴りを見て、何のことだか分かる一般のお方は、偉い、すごい、尊敬します。

私も、このごろ、ようやく馴染んできました。

これです。

「なんか、こきたない絵だなあ」

198808ミラノSMDグラツェ教会と最後の晩餐修復前 (2)
( Cenacolo Vinciano,  Aug 1988 )

「レオナルド・ダ・ヴィンチ作、<最後の晩餐>を何と心得おるか!」
「ははああ・・・・・」
と、いうわけです。

日本語では知名度抜群の、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のことです。イタリア語では、「ルルティマ・チェナ:L'Ultima Cena」、と呼んでいる場面ですが、たくさんの方が最後の晩餐の場面を描いているので、何とか区別しないと分かりません。

そのための通称が、「チェナコーロ・ヴィンチアーノ:Cenacolo Vinciano」です。<ダ・ヴィンチ絵の食事室>くらいの語感です。

私は、イタリア語は素人なので詳しいことは分かりませんが、南部の人たちが発音すると「シェナコーロ・ヴィンチアーノ」と聞こえます。イタリア語の南北間のばらつきは、こんな感じなのでしょうか。


2)ミラノにあるんだ

日本人にも大人気の、レオナルド・ダ・ヴィンチさまの代表作と言ったら「ラ・ジョコンダ」と、この絵です。

「格好つけなくても分かりますよ。<モナ・リザ>と<最後の晩餐>でしょ?」

私は、初めてミラノに来たとき、「最後の晩餐」がミラノにあることを知って、とても驚きました。バリバリのビジネス都市で、およそ観光ムードが薄いミラノに、世界を代表する絵画の一幅があったからでした。中学か高校の世界史、あるいは美術の教科書に載っている絵が、この目で見られた幸せを、しみじみとかみしめました。

1988年ごろは、特に並ばずとも、「最後の晩餐」を、のんびり鑑賞できました。フラッシュなしならば写真撮影もできました。この絵がある、サンタ・マリア・デラ・グラーツェ教会:Chiesa Santa Maria della Grazie、にも、あまり人は集まってきません。超有名な絵の割には、訪問者も少なく、「ミラノは観光都市ではないんだな」という状況を体感できる場所でした。

198808ミラノSMDグラツェ教会と最後の晩餐修復前 (1)
( サンタ・マリア・デラ・グラーツェ教会。1988年8月 )

美術好きの観光客が、三々五々、知る人ぞ知る、この教会にやってきて、ダ・ヴィンチの傑作を密かに鑑賞して去っていく、というムードが漂っていました。

薄暗い部屋で、煤けた黒っぽい「最後の晩餐」を見られて良かったなと、今では懐かしく思っています。


3) レア感出して丸儲け

21世紀の声を聞くころからの「最後の晩餐」ブームは、すさまじいものでした。1999年に、煤けた絵の修復が終わったことや、絵の保全のために入場制限をかけるという情報が広まった途端、「最後の晩餐」を初めて見ようという観光客が押し寄せました。

今から振り返ると、適度な「レア感」を出したことが人気急上昇の起爆剤になりました。2006年公開の映画「ダ・ヴィンチ・コード」において、「最後の晩餐」が謎解きの鍵を握る要素のひとつとして登場したことも、人気に輪をかけたと思います。

2001年、2回目か3回目にチェナコーロに来たときは、1回15分で25名の入場制限が始まり、予約入場制と一般入場制が併存していた時期でした。ディズニーランドなどのファスト・パス制度と同じで、予約のある人がすいすい入る一方で、先着順の行列が長々と伸びていました。

そのときは、2時間くらい並んで鑑賞しました。教会前の広場では、見学待ちの観光客がとぐろを巻いていました。それでも、ふらりと来ても忍耐強く待てばチェナコーロを見物できました。

名画を前にして声も出ないというよりは、「ダ・ヴィンチの傑作を、俺もこの目で見たぞ!」という達成感がポイントでした。

2000年前後に「最後の晩餐」を鑑賞した皆様の思い出は、いかがでしょうか。

そして、2018年の昨今、サンタ・マリア・デラ・グラーツェ教会前は、30年前よりは賑わっています。見学は、歯科医院のように完全予約制です。1回15分、25名の総入替制であるのにもかかわらず、教会前広場には、けっこうな数の観光客がたむろしているのです。

SMGサンタマリアデラグラ教会全景201803
( サンタ・マリア・デラ・グラーツェ教会。2018年3月 )

ネット販売のチケットは、2-3カ月前の発売開始から数時間で、ほぼ完売。電話予約でも、1カ月前くらいには空きは少々、という品薄状態がずうっと続いています。

正価では、予約手数料込みで大人ひとり12ユーロのチケットが、旅行代理店経由で買うと40-50ユーロくらいに跳ね上がります。教会公認で旅行会社がダフ屋をやっているような感じです。ここでも「坊主丸儲け」理論が実践されています。

予約時に入場者全員の名前を登録し、身分証明書を提示しないとキップを売らず、1度入場するまでは同じ人が2回以上の予約を取れないことにすれば、発売即完売のような現象は起こらないはずですが、この国は、一面では、社会全体がブローカー体質なので、いちど手にした「<最後の晩餐>入場券転売ビジネス」が既得権化してしまっているようです。

たかが観光客相手ですが、なかなか透明性の高いチケット販売システムにならないのは、いかがなものかと思います。

「イタリアで一番フェアプレー精神の高いミラネーゼよ、もう少し行動せよ!」
「うーん。坊主には、なかなか勝てないんですよ」

めでたく「最後の晩餐」の入場予約を取れたときは、わくわくしながらガラス戸を開けて進みましょう。

SMG教会とレオナルドの入口201803
( 最後の晩餐はクリーム色の建物が入口 )

SMG最後の晩餐入口ガラス戸201803
( 「最後の晩餐」見学者専用の入口 )

キップ売場と待合ベンチ、次の間の待合室、さらにガラス戸と、2ステップ、3ステップを経て、世界の名画のひとつと対面できます。

私も、体が動くうちに、あと1回くらい見ておこうかなと、これを書きながら思いました。

「何でも、フラッシュなしならば写真撮影OKに戻ったそうで?」
「はい、そのとおりです」


4) 不思議な晩餐

「最後の晩餐」について、私には2つばかり気になっていることがあります。

一つ目は、絵の構図です。キリストを中央にして12人の弟子たちが、横一列にならんで食事をしているなんて、現実の場面を考えたら、あり得ないくらい不自然です。

これは、絵のある場所の間取りを考えたら、効果的な構図であることが理解できるでしょう。

最後の晩餐が描いてある建物の部屋は、当時の食堂です。そして、絵は、人の背丈より高い位置に壁画として描いてあります。ここに集まってきて、ご飯を食べる僧侶たちからみれば、キリストをはじめとする偉いさんが、ヒナ壇に並び、こちらと対面する感じで食事をしている光景になることを想像すれば、すぐに納得できます。

ところが、事は、そう上手く収まりません。

あるとき突然、ヒナ壇がざわざわし、食事中であるのにもかかわらず、教祖様であるキリストの周りに幹部連中が集まってきて不安げな顔つきで、何やらこそこそ話し出した、ということが起きたのです。

食堂の下座で、賄いメシを口にしている我々から見れば「何だ、なんだ」という気分でしょう。鋭い者ならば「何か不祥事が発覚したな」と想像します。また、こういうときでも、みんな、食事は平然と喉を通るのでしょうか。

二つ目は、日本語訳ならではの問題ですが、「明るいうちから「晩」餐かよ!」という違和感です。絵の背景を見れば分かるように、この食事は、外の景色がよく見える時間帯に行なわれています。絵の中の部屋も、かがり火やランプなどで照らされた状態ではありません。

「おいおい、いくら教祖様ご臨席とはいえ、昼の3時、4時からアルコール付きはないよね」と、私は初めのうち、感じていました。

イタリア語の「Cena:チェーナ」には、夕食の他に、夜食というか、夕暮れの軽食、に近い意味があります。「晩餐」というほど、大掛かりな食事でなくてもよいのです。晩餐は常に暗くなってから取るものだと思っている日本人には、「最後の晩餐」という訳語は、少し違和感があります。

「キリスト最後の食事」、とか「裏切りの食卓」、のような訳を検討してみてはいかがでしょう。

しかし、この名画は、100年以上も「最後の晩餐」という題名で通用しています。いまさら私ごときが異を唱えて変わる確率は、とても低いです。


                                              2018年7月記     了














少しずつ変わるガッレリア

少しずつ変わるガッレリア                           2018年3月訪問

1) 定番ミラノその2

ミラノの定番その2は、ガッレリアです。

ヴィットリオ・エマニュエーレ2世のガッレリア:Galleria Vittorio Emanuele Ⅱ、というのが正式な呼称ですが、長いので、普段は「ガッレリア」の一言で済ましています。

ドゥオーモの北隣りにあるので、ドゥオーモ観光に来ると99%足を伸ばします。ガッレリアの先にあるスカラ座の見物と合わせ、三位一体となったミラノ屈指の観光ポイントです。

ドゥオーモ広場から見えるガッレリアの、端正で左右対称な姿は記憶に残る風景です。

ガレリア正面風景201803
( ガッレリアのドゥオーモ広場口 )

ガッレリアは、1877年の完成以来、もう140年以上も、あまり変わらない姿で鎮座しています。正確には第二次世界大戦で大破し、戦後、もとどおりの姿に忠実に修復、再現したものです。

私は、30年以上前に初めてガッレリアを見ましたが、外観はおんなじ。その間に煤けた壁を洗ったので、いまの方が、ずうっと小ぎれいです。観光ブームになると収入もあがるので、名所旧跡もお洒落ができて一石二鳥です。

よく見ると、ドゥオーモ広場ヴィットリオ・エマニュエーレ2世の銅像周りは、かつて、芝生であったことが分かります。人が増え、イベントをひんぱんにするようになってから、芝生も石畳に様変わりしたようです。

198808ミラノガレリア前
( ガッレリア。1988年9月ごろ )

逆を言えば、新たに観光客を呼び込みたかったら、建物や街路を驚くほど小ぎれいにすることです。
観光客は、史実や現実を見に来るのではありません。「こうであってほしい」と思っているものを見にくるのです!

2)巨大な商店街

ガッレリアは、巨大なアーケード式のショッピングセンターです。実際にやってきて入口付近に立つと、かなり迫力があります。グーグルマップのストリートビューでは、決して味わえません。そのうえ、アーケード内に並んでいる有名店にも、本当に入れます。

ガッレリアの中にいると、当時の最先端を狙ったショッピングセンターを作ったミラノの意気込みを感じます。現代風に考えると、銀座交差点一帯を立体化して大きなドームで覆い、エスカレーターやブランドショップを縦横無尽に配した、超おしゃれなショッピングセンターを作った感じでしょう。


ガレリア前アップ201803
( ドゥオーモ脇から見るガッレリア )

ガッレリアの反対側出入口も、観光客には、十分に馴染みの風景です。スカラ座前から見ると、レオナルド・ダ・ヴィンチの銅像越しに、ガッレリアが見えます。ガイドさんにせかされていると、スカラ座方向ばかりに気を取られてしまいますが、ちょっと、振り返ってみたいものです。

「ミラノも人生も、振り返って見ると、意外な発見があるかも」
「あんまり、面白くない見映えですね」

ガレリアをスカラ座方向から見る201803
( スカラ座前から見るガッレリア )


3) ガラスとレリーフと有名店

ガッレリア名物のガラスのドームや、壁面、床面などは、140年来あまり変わっていないようです。各自、各様に素敵な空間を楽しみます。

ガレリア天井美201803
( ガッレリア名物のガラスのドーム )

陽が暮れると、明かりがともり、たくさんの人出とあいまって良いムードになります。ゆったりとしてセンスのよい大人のショッピング空間という雰囲気を感じました。

いつでも、どこでも、光のショーにはうっとりします。

ガレリア夕方のにぎわい201803 (1)
( 夕暮れのガッレリア中央通路 )

ガレリア夕方十字路付近201803
( ライトが映えるガッレリア中央付近 )

198808ミラノガレリア床面
( 30年前のガッレリア中央付近 )

ミラノに住んでいる人々は、四季折々のガッレリアを楽しんでいることと思います。美しい床のレリーフも、当局のこまめな修理のおかげで、ピカピカに保たれています。私は、クリスマスの飾りつけのあるガッレリア風景が印象に残っています。クリスマスのきらびやかな飾りつけで、冬の薄暗い気分が少し晴れます。

200111初冬のミラノ ガレリア人少ない (1)
( クリスマスの飾りつけのあるガッレリア。2001年12月 )


4) また来る日まで

ガッレリアのお店は少しずつ変わっています。ミラノ市が家賃を大幅に値上げしたときは、がらりと変わったようです。そう言えば、スカラ座に出るあたりにあった画商のお店も、なくなっていました。ガッレリアのテナントの変遷は、取りも直さず、ミラノが生きているということの証です。

30年前、100年前と変わらない店があり、変わらぬサービスがあることは、たまの訪問者に取っては嬉しい限りですが、都市が生き抜くためには、やっぱり、刻々と競い合い、最先端でありたいと努力する姿勢が不可欠です。

ガレリアのPRADA本店201803
( ガッレリア内のPRADA本店。ミラノでは新しいほうの有名店 )

例えば、2018年2月にガッレリアの十字路の一角に移転してきたレストラン兼バルの「CRACCO」(クラッコ)は、テレビで人気のシェフの直営店。ミラネーゼと世界中の人々の舌を、うならせています。

そのうち、我らがニッポン人のミラノ旅行記にも、しばしば登場するようになることでしょう。

ガレリア新装CRACCO201803
( 人気シェフの店CRACCO。2018年2月に移転してきて開店 )

そういう意味で、ミラノは、イタリアでは例外的なイメージの都市かも知れません。ルネサンスの遺品や遺産を、整然と並べている観光地とは、いつまでも一線を画していてほしいものです。

ガッレリアを見ていると、ミラノの実力を感じます。

「次に行ったときは、何が変わっているのかな」、と楽しみです。


                                      2018年7月記     了


ガッレリアのロンド

ガッレリアのロンド     2018年3月

1) ガッレリアの雄牛

ガレリア、あるいはガッレリア:Galleria こと、ヴィットリオ・エマニュエル2世のガレリアは、天井がものすごく高いガラス製のドームで覆われた商店街です。

ここの名物は、雄牛のキンタマ(雄牛の急所)のモザイクの上に乗っかり、靴のかかとを付けて3回転すること。幸運が舞い込む、とか、ミラノにもう一回来られる、とか、その効能には諸説があります。

雄牛のモザイクは、誰でもすぐに気づきます。人だかりがしているからです。

ガレリアの幸運の雄牛付近201803
( ガッレリア中央の床の雄牛の彫刻 )


2) 踊る阿呆に見る阿呆

あとは、恥ずかしがらずに3回転のロンドをするかどうか、です。
あさだ・まお様ではないので、3回転半ではなく、3回転です。

数人のグループでやってくると、群集心理が働いて、みんな3回転をします。
それを、微笑ましく見守り、写真を撮る仲間がいます。ミラネーゼも、にこにこしながら通り過ぎて行きます。

「踊る阿呆に、見る阿呆ですね」

ガレリアの幸運の雄牛と3回転201803
( ロンドの準備完了!さあ、いくわよ )

問題は、お一人様のときに、恥も外聞もなく、3回転ができるかどうか、です。

「理屈ばかりこねているけど、あんた、ちゃんとやったの?」
「もちろん。下の写真をごらんください」

5直ガレ牛回り始2018
( 私も3回転ロンド )

「あっ、ほんとだ。いい年こいて、ごちそうさま」
「えへへ。これでミラノに戻ってこられます」

ベルサーチのお店の前に立っている観光客の2人連れも、なにやら笑っています。

写真をよく見てください。前のお姉さんのときも、私のときも、同んなじ二人連れがいます。恥ずかしがって、雄牛の上に乗っかる度胸が、なかなかつかないのです。私を見て、「ほんと、日本人って恥知らずね」と、言っているわけではありません。

「ほら、アンジェラ。あんた、やったら。あんな、おじさんでも堂々とやっているよ」
「きゃー。でも、恥ずかしいわ。どうしよう」、という会話が聞こえてきそうです。

雄牛のキンタマ・ロンドは、無料、列なしの先着順、やったもん勝ちです。前の人が終わったタイミングを見計らって舞台中央に出た者勝ちです。


3)穴埋め修繕

ここで、数えきれないほどの人々が3回転をするので、当然、モザイクは少しづつ割れ、穴ができてしまいます。そのため、ミラノ市は、つい最近、モザイクと穴の修理をしました。その、おかげで、私が見た雄牛は、とてもきれいで色鮮やかでした。

これからミラノのガッレリアに行こうという皆さんは、いまがチャンスです。雄牛がきれいなうちに、是非、ガッレリアのロンドを踊ってください。写真など、周りの人に頼めば、すぐに撮ってくれます。

ここは、ミラノ新名所です。
その証拠に30年前に撮ったガッレリア中央の写真には、雄牛のモザイクを意識した節がありません。

198808ミラノガレリア床面
( ガッレリアの十字路の床。1988年8月ごろ )


                                                       2018年6月記    了

ドゥオーモの内と外

ドゥオーモの内と外      2018年3月訪問

1) いつも心にドゥオーモを

Duomoガレリアをトリノ通から遠望201803
( ドゥオーモ正面の遠景 )

ミラノに来たら、いつも心にドゥオーモの影がちらつきます。ショッピングをしていても、美味しいごはんを食べていても、ミラノとドゥオーモが一体となった風景は、深層心理と化しています。

ミラノへ初めて来る方は、よほどの事情がない限り、まず、ドゥオーモ見物です。飛行機や列車の到着時刻をうまく設定し、午後2時以降にドゥオーモに着くようにすると、順光の大聖堂と初対面できます。

私も観光客ですから、昼な夕なにドゥオーモをちら見してしまいます。「こんにちは」を言わずして、よそのお宅に入れないのと同じ気分です。

けれども、2018年のいま、内陣や屋上のテラスへ、再び入ろうという気力はありません。大勢の人が並んでいるし、入場料もうなぎ上りに高くなりました。


2) あまり絶景ではないぞ

かつて、ドゥオーモの屋根に上がれることは、あまり知られていませんでした。10年以上前に、家族ともどもドゥオーモの屋上テラスへ昇りましたが、みんな、教会の屋根に上がれることに驚いていました。夏の観光シーズンでも、屋上の入口に並んでいるのは10人くらいでした。

いまでは、ドゥオーモの屋上テラスへの登楼も、押すな押すなの大盛況です。

「入場料収入が、がっぽがっぽ入ってきて、笑いが止まりません」
「そういうのを、日本語では「坊主まる儲け」、と言うんです」
「味わい深い表現ですね」

Duomo塔入口の行列201803
( 今日もドゥオーモ屋上テラスへの登楼口は長蛇の列 )

ドゥオーモの屋上は、緩やかに傾斜した石の面です。下が、見えないので、お気楽に歩いていますが、もし、石が割れると、私たちは、高い天井から下の石の床へ叩きつけられるように落ちるでしょう。

屋上まで上がって来ると、地上で見えた聖像が、かなりの近さで、にょきにょきと立っている光景が見られます。「よくぞ、これだけ作ったな」と、感慨もひとしお。五百羅漢を眺めている気分です。黄金色のマリア像の写真を、間近で撮ることも忘れないようにしましょう。

200508Milano Duomo (5)
( ドゥオーモの屋根そのものが最大の絶景 )

けれども、屋根越しに見えるミラノのパノラマは、期待するほど雄大ではありません。屋根上の高さが60~70メートルくらいしかないので、あまり視界が効かないのです。隣りのガッレリアや、リナシェンテの屋上、スフォルツェスコ城の塔などを眺めて良し、としましょう。

198808ミラノDuomoよりリナシェンテ方向
( ドゥオーモの屋上側面より見たガッレリア )

198808ミラノS城の風景 (1)
( ドゥオーモ屋上より見たスフォルツェスコ城。1988年9月 )

運が良いと、空気の澄んだ日に、北の方に連なるアルプスの峰々を見ることができます。山々の見える都会風景に接すると、日本人なので、何となくほっとしまいました。 (その写真は、いずれデジタル化予定です)


3) お参りはお静かに

ドゥオーモ参拝も、時勢には逆らえず、ここ10年ばかりの間に有料となりました。ミラノ市民は、宗派を問わずタダだったと思いますが、今はどうでしょうか。

隣の建物に行って入場券を買い、荷物検査を受け、内陣に入って参拝するのも容易ではありません。そのため、このごろはミラノへ行っても、ドゥオーモは見るだけです。タダの頃は、空いていましたので、その頃に撮った内部の様子です。祈りの場所は、そんなに変わっていないはずです。2018年に参拝した方々でも、違和感なく眺められることと思います。

太い柱と高い天井に感嘆し、お香のにおいを嗅ぎながら、静かに祈りましょう。
「ブランド店で、これぞ私が求めていたものだ、という品物に巡り合えますように!」

198808ミラノDuomo内陣
( ドゥオーモ内陣。1988年9月ごろ )

そして、静かに退出しましょう。
「またね、ドゥオーモさん。Ciao,ciao !」

                                                 2018年6月記    了

ひねもすドゥオーモ

ひねもすドゥオーモ   2018年3月


1) いつもドゥオーモ

ドゥオーモ:Duomo は、ミラノのシンボルであり、ミラネーゼの心の拠りどころです。

ドゥオーモ前の広場に座り、ちらりとドゥオーモを見て、心が和めば、もう立派なミラネーゼ予備軍です。1日の締めくくりにもドゥオーモの前を通ってみましょう。
「ああ、ミラノにいるんだ」と、心から感じること請け合いです。

今回は、いつもと違うドゥオーモを見物します。

最初は、紙細工のドゥオーモです。日夜、我が家の書棚に鎮座しています。てっぺんに聳え立つ、黄金色のマリア像を強調して作り込んであるところが、にくい限り。全体の雰囲気が上手に出ています。

DMドゥオーモ模型たて2017
( お土産の紙細工ドゥオーモ )

世界広しといえども、黄金色のマリアさまがくっついているドゥオーモは、ミラノのドゥオーモだけです。ですから、ドゥオーモの写真や動画を撮るときは、なるべくマリア像を入れ込むようにするのがコツです。

「マリア像なくして、ミラノのドゥオーモなし」


2)あかね色のドゥオーモ

私が一番好きなドゥオーモは、茜色(あかねいろ)に輝く夕暮れ姿です。
白い建物が、ほんの10分か20分だけ、オレンジ色に染まります。

Duomo夕焼けのミラno198808
 ( 茜色のドゥオーモ )

けだるい表情で広場にたたずむ人々を前にして、茜色のドゥオーモは、その日の最後の輝きをアピールしています。ざわざわとしたドゥオーモ広場の、人なつっこい雰囲気に、私も浸ります。

ドゥオーモは、なかなか茜色に染まりません。薄化粧の夕方が多い気がします。

Duomo夕暮れややオレンジ201803
( 薄いオレンジ色に染まるドゥオーモ )

ゴシック様式の大聖堂などというものは、本来、権威的で気難しい雰囲気の宗教建築のはずですが、ミラノのドゥオーモは、ミラネーゼや世界中の人々に愛されています。実物を見れば見るほど、優しい感じがする建物です。見る人の気持ちに寄り添ってくれるようです。

ドゥオーモには、彫り物がいっぱい、くっついていますが、全体としては白一色で、シンプルな雰囲気です。そのせいで控え目な印象になり、神を押し付けるようなアクの強さがなくなったようです。周囲が、広々と開けていることも一役買っています。万人が、自然体で眺められることが、ドゥオーモ人気の秘密のような気がします。

朝な夕なに、ドゥオーモのそばを通って、心の中で「こんにちは」、「こんばんは」と言ってみると良いです。
「いやー。どぅおーも、どぅおーも」と、微笑み返してくれること請け合いです。


3) ライトアップもするぞ

観光ブームのおかげで、ドゥオーモのライトアップも強力になりました。正面のファサードが、煌々と白く輝いています。金のマリア像も、ばっちりと光っています。

Duomo夜景VGOOD201803
 ( 輝くドゥオーモのライトアップ )

観光客やカップルも、満足そうにドゥオーモをちらりと見ながらバルやレストランへと歩みをすすめます。
ドゥオーモは、それでも無言で建ち続けています。けっこう、端正な姿なので、思わず襟を正してしまいました。

Duomo夜景とマリア201803
( 煌々と照らされるドゥオーモ )

日暮れ直後のドゥオーモ広場は、人出がいっぱいです。みんな、少し冷たい空気に触れて、そぞろ歩きを楽しんでいます。「やっぱり、ドゥオーモの前を1回通らないとね」、という雰囲気を感じました。


4) 午後からドゥオーモ

ドゥオーモ見物は、本当は、午後からがお薦めです。正面が西向きなので、昼過ぎからが順光。白い大理石のファサードが、まばゆいばかりに目に飛び込んできます。。

Duomoの午後晴れと金色のマリア201803
( 昼下がりのドゥオーモ )

晴れの午後にドゥオーモに行ってみました。最近の20年ばかりの間に、ススを洗い落とした白いドゥオーモの正面が、お日様に当たって美しい色合いを見せ、優しく私たちに微笑みかけてくれます。うっとりです。

立ち位置を変えましょう。有名なヴィットリオ・エマヌエル2世のガレリア(ガッレリア)のアーチの入口と、ドゥオーモの競演です。

Dumo再び正面とガレリア201803
( ミラノの王道、ドゥオーモとガレリア )

「これぞ、ミラノ観光の王道」という、風景に見入ってしまいました。
10分くらい見たら、ショッピングに行きましょう。また、夕暮れに戻ってきて、眺めればいいのです。

けれども、ツアーを筆頭に、ニッポン人の皆さまはドゥオーモに朝イチで行ってしまうようです。すると逆光なので、白いファサードも黒ずんでしまい、いまいち美しくありません。量感に圧倒されるので、大きいと感じることはできても、セクシーな姿に寄り添いたいとは、なかなか思えません。

198808昼間のミラノDuomo
( 黒っぽいドゥオーモは、大きいだけ )

はやる気持ちを抑えて、是非、ランチの後にドゥオーモ見物をしてください。

もちろん、ドゥオーモの背後から、だらだらと昇る朝日をカメラに納めたいという方のじゃまをするつもりはありません。内陣の見学は、午後より朝の方が、空いていることも事実です。

Duomo背面とマリア201803
( ドゥオーモ背後と、頂上のマリア像 )

最後にドゥオーモの後ろ姿も見ておきました。2018年3月現在、修復工事中でした。修理やイベントで、正面に足場や客席が組まれていなかっただけ幸いと思います。ドゥオーモは永遠に人々を惹き付けますが、工事も永遠です。

「ほんとに完成したのか?」

                                                      2018年6月記  了




カテゴリー
  • ライブドアブログ