やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

2018ミラノ・トラベラー

番外 イタリアの田舎道

番外 イタリアの田舎道     2018年まで


イタリアも郊外に出ると、おだやかな田園風景が広がります。

ヨーロッパ松の続く街道、豊かに実る畑と堂々たる農家が点在する道を、ほんのちょっとだけ見ます。

2001年11月伊ポリコーロ付近の松並木 (2)

199808伊ロレンチーニ農場風景 (3)

2001年11月北イタリアの道 (6)

恵まれたイタリアの大地の温かみを感じます。
イタリア観光が万人に人気な理由も納得です。

細かく言えば、イタリア半島南部やシチリア島では、やや乾燥した車窓風景に変わります。陽ざしもかなり強く感じます。

2001年11月伊ポリコーロ農村風景 (5)


きょうも、赤々とした夕陽がロンバルディアの野に落ちて行きます。
また、明日も、良い旅が続きますように。

外レッコからミラノ道の夕陽 (2)


2019年4月記                          了



ミラノの街道を走る

ミラノの街道を走る   2018年3月、9月

ミラノ市内や近郊の一般道は、かなりきれいに整えられています。経済力もあるので、市内の道路も広く、たくさんの並木が品よく茂っています。大きな樹木の姿に気持ちもいやされます。

平均的なミラネーゼの暮らす街中の通りや、郊外の緑あふれる街道の風景に、しばし、目を向けてみました。

IMG_2669
( ミラノの高級住宅街のひとつ、ブオナロッティ付近の並木道 )


外ミラノパヴィア途上の市内道路201803
( ミラノ北部の新市街を突き抜ける大通り風景 )

通りは広め、街路樹はゆったりと枝を広げ、道沿いの建物は、高さと色合いが、だいたい揃っています。
クモの巣状の電線は、大通りにも路地裏にもありません。ゆったり、すっきり揃うことが美しい街並みづくりの大切なポイントだなと感じました。

実際に、歴史的な街並みとか、いわゆる高級住宅街は、こんな感じですね。電線をなくすだけで、街並みのゆったり感は格段に向上します。空が広くなるのです!

日本だって、同じポイントを押さえれば素敵な場所になるに違いありません。あとは、住民と当局のやる気の問題だと思います。けれども、一度、貼り付けてしまった交通標語とか、くどくどとした注意書き、安っぽい看板などを、なかなか取り外せません。この心理の延長線上で、新しいものや、違ったものを受け入れることに抵抗感が生まれ、さらなる成長のための決断もできないような気がしてなりません。

余計な一言でした。

つづいてミラノ郊外の広い、広い平野部を突っ走ります。写真は、ナヴィリオ運河を南下したパヴィア郊外の街道風景です。早春の明るい日差しを浴びる気持ちよいドライブですが、木々の芽は、まだ出ていません。

電道イタリア道路パヴィア近郊のナヴィリオ
( パヴィア郊外の街道。右はナヴィリオ運河 )

街道を東に折れて、大木の続く並木道の突当りに、パヴィア修道院( チェルトーザ・ディ・パヴィア:Certosa di Pavia )が見えてきました。美しく、豊かなロンバルディアの田園風景に気分爽快です。

パヴィアCチェルトーザ前の並木 (2)
( チェルトーザ・ディ・パヴィア正門前の並木道 )

パヴィア修道院近くの小さな新興住宅街を突き抜けて走ります。大き目の戸建てが、カーブを描いて建ち並び、落ち着きとゆとりある生活を想像させてくれます。ミラノ都心部まで片道1時間弱かかる、ミラノ通勤圏ぎりぎりのあたりです。

電道近郊グインザーノのロトンダ201803


今度はミラノから北に向かい、アルプスに連なる山々が眼前に迫ってくるレッコ:Lecco とい小都市近郊をドライブしました。写真を見るだけで、ひんやり感が残る早春の山裾風景が頭に浮かびます。

外レッコ市内の車窓 (1)
( レッコ市郊外の一般道を走る )

山々の中腹へ上がり、尾根筋にそって開けた集落の間を縫うようにして走ります。手入れのよい戸建てや、小規模マンションが右、左と続いています。のんびりした山村暮らしが好みなら、おすすめですが、変化が少ない暮らしなので、刺激を求める方々には、ときどき、走り抜ける程度で十分でしょう。

外レッコ奥の村の道201803
( レッコ市から山の中腹へ上がったあたりの小集落を抜ける街道 )

ロンバルディアの都市も平野も山間部も、とても魅力的な道が続きました。

2019年4月記                     了

ミラノ高速を突っ走れ

ミラノ高速を突っ走れ    2018年3月、9月

イタリアも、先進国のご多分にもれずクルマ社会です。そして、イタリア人はクルマ好きだと思われています。ホントかな。

国内には、高速道路:アウトストラーダ=Autostrada  が縦横に張りめぐらされています。日本人旅行者の一部の皆さまも、レンタカーを借りてイタリアめぐりを大いに楽しんでいます。まずは、めでたし、めでたしです。

私も、たまには友達のクルマに乗っかって出かけます。ミラノ周辺の高速は、車線もいっぱい、クルマもいっぱい。
「さすが、大都会の高速道路はすごいね」
「バカンス時期は、めちゃ混みで大変なんだから」

外ミラノのイタリアの高速道走行風景
( ミラノ郊外の高速道路を南下 )

ミラノが大きな都市であることや、クルマ社会のすごさを実感してしまいます。

「何てたくさんのクルマやトラック、バスが走っているんだろう!」
「何だかんだ言いながらも、道路コンディションだって悪くないぞ」
「ミラノから北へ30-40分も走ると、もう山並みが間近かに見えてきて、けっこうきれいだよ」

2001年11月北イタリアの道 (4)
( 山並みを見ながらロンバルディアの高速を走る )

こんな調子で走っていたところ、”がああーーーん、がらがらがらーーー!” 2018年8月15日の未明、ジェノバ近郊の高速道路の高架橋が、いきなり崩落したのでした。犠牲者の方々に、あらためて、ご冥福をお祈り申し上げます。

IMG_3110
( 高速道路の崩落を伝える新聞の例 )

念のためですが、アウトストラーダは有料です。日本ほど料金は高くありません。土地代も安いし、トンネルや橋も少ないので、日本より建設単価が安いのかも知れませんし、国の政策で通行料金を安くしているのかも知れません。

2001年11月北イタリアの道 (1)
( ベルガモ近郊の料金所。けっこうクルマが溜まります )

パヴィアへの高速料金所2018
( ミラノ南方の料金所。右3車線が、いわゆる自動化ゲート、テレパス )

日本でいう”ETC”はイタリアでは”テレパス”:Telepass です。写真のとおり、普及率は日本ほどではないようで、まだまだ有人のブースの数が多いです。その辺へのピクニックで、1時間くらい走っても料金が500円程度なので、カード式で通行料を払うメリットを、あんまり感じなかったようです。最近は、当局の人員抑制方針で、2018年現在、テレパスへの切替えを積極的にPRしていました。

ミラノ周辺ドライブを楽しみました。ありがとう。

2019年4月記       了

イタリアの高速道路と黒いスイス

イタリアの高速道路と黒いスイス   2018年3月、9月

クルマ社会のイタリア。ミラノ周辺にも高速道路が網の目のように通っています。

ニッポン人のイメージでは、「かっ飛ばすイタリアン」、「絶妙なドライブ・テク」ですが、大半のイタリア人は、普通に運転し、交通ルールを守っています。当たり前ですね。

外ミラノのイタリアの高速道ミラノ外周
( ミラノ近郊の高速道路風景 )

「高速の制限速度って110(km/h)くらいなの?」
ミラノ近郊で、速度標識が見えたので、ちょっと、尋ねてみました。
「いいや、何も書いてなければ130(km/h)だよ」
「うーーん、でも、もっとスピード出ているよね」
「まあね、でも、スイス人ほどじゃないぜ・・・・・」
私の友人は、にやっとして話し始めました。

イタリア北部は、国境が近いこともあり、スイスのクルマがたくさん走っていますが、スピード違反で捕まえるのがとても難しいのだそうです。イタリアの交通警察は、スピードガンなどで違反者を見つけると、スイス車だろがフランス車だろうが相手国の警察に通知して取り締まりますが、スイス側の取締り当局は、照会依頼をほぼ黙殺するという話です。

「何で?」
「知らない。でも、スイス車のスピード違反が捕まらないことは、みんな知ってる」
「けっこう、イメージ・ダウンだよね」
「そのとおり。表向きのイメージはいいんだけれど、見えないところでは、ずるやってるよ。あそこの国は・・・・」

2001年11月北イタリアの道 (3)
( 山並みを見ながら走る高速道路 )

私としては、それなりに納得する話でした。むかし「黒いスイス」という本を読んだことがありますが、そういうことを知っていると、スピード違反照会無視も、さもありなんです。

またひとつ、ブラックなネタが増えました。

私は、特段、スイスという国や個人に恨みも差別感情もありません。高速道路を走りながらの雑談でしたが、どこの国にも負の側面があり、良いところもあるんだ、ということを改めて感じました。

今日まで、スイス車のスピード違反を摘発できる実効性のある手立ては、なかなか思いつきません。
もどかしい!

2019年4月記           了





ぐるぐるロトンダ交差点

ぐるぐるロトンダ交差点   2018年3月、9月

ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなどには、周回式の交差点が大小いっぱいあります。

イタリア語とスペイン語では、ロトンダ:Rotonda。
フランス語では、ロン・ポワン:Rond Point。
英語では、ラウンド・アバウト:Round About。

日本語では、まだ、定まった呼び方がありません。私は、周回式交差点と書いています。ちょっと、法律用語みたいな固い感じがしますから「丸い交差点」なんて、いかがでしょうか。”ロトンダ”の語感に近い発想になってしまいました。

日本では、当局は、ロトンダを「さあ、これから」という感じで普及させようとしていますが、この先、どうなるのでしょう。

屁理屈こねる前に、まずは体験です。

IMG_2822
( ミラノ市内の典型的なロトンダ。交通標識もばっちり )

電道イタリア道路セストSGロトンダ
( ミラノ郊外の団地入口のロトンダ。片側2車線道路 )

ミラノにも、ロトンダはいっぱいあります。地区の中心となっている広場から、ちょっとした交差点まで、大小のロトンダがあります。

いつもクルマは、ぐるっと回って自分の目指す方向へ走りぬけます。片側1車線か2車線の道路ですと、信号待ちや割り込み、幅寄せもなく、するすると交差点を走りぬけていく気分です。

ロトンダコンチリアツォーネ広場
( ミラノ、コンチリアツォーネ駅前の広場も大ロトンダ )

けれども、あまりに巨大な交差点になると、ロトンダを作っても、信号機を設置してクルマの流入をコントロールしないと、流れが、すっちゃかめっちゃかになるようです。別に、ミラネーゼのドライビング・テクニックが勝手気ままなのではなく、道路構造上、混沌としてしまいます。

ロトンダピエモンテ広場
( ミラノ、ピエモンテ広場は、信号機付きの巨大なロトンダ )

少し長めに観察した体験によりますと、①そこそこの広い道、②あまり多くないクルマの量、③統一感のある周囲の建物、④小ぎれいな植え込み、の4つのポイントが揃うと、美しく整い、かつクルマの流れもスムーズなロトンダ風景が展開するように思います。

ロトンダMチェーザレ広場
( シティライフ・ミラノが見える広々とした美しいロトンダ )

ちっちゃなロトンダは、なんかせせこましく感じます。信号機の数を減らすために、何でもかんでもロトンダを作ればいいと言うものではなさそうです。

ロトンダSジョバンニV家の前
( マンション街の小さなロトンダ。少し窮屈な感じ )

我が家の近くにも丸い交差点がありますが、そこだけ空間が広くなるので、街並みに開放感が出ます。ロトンダ、あるいはラウンド・アバウトを上手く取り込んで、新しいスタイルの街づくりを日本でも考えつくといいなあ、と思いました。


2019年4月  記                     了





ミラノ市電4900形なつかしの連接車

ミラノ市電4900形なつかしの連接車     2018年3月、9月訪問

ミラノ市電にも連接車がたくさん走っています。たくさんどころか、連接車比率が3分の2くらいです。

日本では、市電でもバスでも連接車は珍しい存在なので、日本人にはレアな見世物です。

ミラノ市電の旧型式の連接車は、やや古い感じのする4600形、4700形と、1970年代に登場した4800形、4900形です。4600形グループは連接車、4900形グループは3連接車です。どちらも実用一点張りの車両です。

電Tミラノドゥオーモ南にて (2)
( ダンテ通りを走る4600形広告塗装車 )

はっきり言って、お洒落シティ、ミラノのイメージからすると、多少、野暮ったいデザインです。都心部で見かけても、「おおっ」と、のけぞるほど斬新な外観でもないし、窓なども平凡なデザインです。

電Tミラノ4700形ブレッラ付近201803 (1)
( のっそりした感じの4700形 )

やや古びた連接車が、節をつけて2両か3両編成で、くねくねと街中を走っている姿は、けっこうユーモラスです。いもむしが、曲がった木の枝を這っているような感じもします。

けれども、だんだんミラノに慣れてくると、この、のそのそ感に妙な温かみを感じます。まじめにコツコツ暮らすミラネーゼ気分が出ているな、と思うのです。

電Tミラノのトリノ通3系統4700形
( トリノ通りを南下する4900形連接車 )

電車内もビジネスライクで、70年代、80年代の、大量生産や規格統一こそ名経営の証、という時代だった頃の雰囲気を残しています。

198808ミラノ市電連節車内部
( 4900形の車内 )

それでも、もう50年にもなろうとする車両を大切に使い続けている経営姿勢に脱帽です。

旧式連接車は、ドゥオーモからカステロ・スフォルツェスコ(ミラノ城)方向へ伸びるダンテ通りなどを歩いていると、ひんぱんに走ってきます。

電Tミラノダンテ通りに向かう4600形201803
( ドゥオーモ横のトリノ通りからダンテ通りに入ってきた4900形 )

ひと昔前までは、ミラノ市電の色は、濃いオレンジ一色でしたが、最近は、ツートンカラーとか、緑色主体の新型車、さまざまなラッピング塗装の電車も増えています。

一部の車両は、車体を新しく作り直したようです。優しい感じの大型窓や、グラディエーションのかかった塗分けで、従前の車体に比べると、すっごく格好良くなりました。思わず、カメラを向けてしまいます。

電TミラノDuomo付近4800形 車体更新車
( すっきり美しくなった4900形車体更新車 )

蛇足ですが、まれに連接バスも見かけます。観光スポットをはずれた場所に足を伸ばすと走っています。そう言えば、リナーテ空港とドゥオーモを結ぶ市バスも連接バスです。

日本にいると乗るチャンスも少ないので、連接車の市電やバスに乗って、ミラノ市内をくねくね走るのは面白い体験です。

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( ワグネル市場近くを通る連接バス67系統 )
MILANOリナーテ空港風景201803 (6)
( リナーテ空港とドゥオーモを結ぶ市バス空港線73系統 )

お洒落して、ながーく走り続けてくださあい。応援しますミラノ市電!


2019年4月 記                             了



ミラノ市電最新鋭7000形のスマートさ

ミラノ市電最新鋭7000形のスマートさ   2018年3月、9月

ミラノ市電は、環境優先、エコ指向の現代にあって、いまなお意気軒高です。少しずつ新線を建設していますし、専用の線路周りを緑化することもしています。

そして、重量感ある新型の連接車を2000年代初頭から投入しました。

電TミラノグレコP駅前7100系 (3)
( 7100形。グレコ・ピレリ付近の芝生軌道を走る )

新型連接車はデザインが21世紀風なので、すぐに分かります。7000形と7100形の7両編成の連接車と、7500形、7600形の5両編成の連接車の2グループがあります。後者は、色がオレンジ色とクリーム色なので、すぐに見分けがつきます。

7000形と7100形は、先頭車両のデザインが違うこと、連接の節の切れ目が違うことが見分けるポイントです。

いやしくも、「ミラノ市電でテツをした」なんてことを書きたい旅行者は、少し注意深く観察してみたいものです。
けれども、それ以外の皆さんは、市電のたくさん走っている街、ミラノの雰囲気を楽しめば良いと思います。

電TミラノグレコP駅前7100系 (4)
( 7100形の後ろ姿。グレコ・ピレリ駅前 )

市内でしょっちゅう見るのは、全面が丸っこい感じで、連接の節目が等間隔に近い7100形です。

けれども、ミラノで初めてのエコタイプ、バリアフリータイプの低床車両が7000形です。前面が尖った感じのガラスで、連接の節目に長短があることが、後継の7100形との違いです。

我が家の次男は、7000形を初めてみたとき大興奮でした。路面電車ファンでなくとも、19世紀スタイルの石造りのビルがひしめき合っている街中に、斬新で緑色もあざやかな電車が走ってくれば、びっくりするのは当たり前でしょう。

電Tミラノ7000形連接200508
( エコタイプのはしり7000形 )

けれども、会社側は灰色やカーキ色の建物が多いミラノに緑色は合わないと考えたのか、新型連接車第2世代の7500形、7600形連接車は、クリーム色とオレンジ色の塗分けになり、ミラノ風景に溶け込む感じになりました。


電TミラノNaviglioを行く7500形 (2)
( 7600形の5連接車でも存在感は抜群 )

7600形は、2007年に走り始めてから、もう10年強。けれども、7000形や7100形ともども、おニューの装いを保っています。

もともとしっかりした作りのうえに、きちんと手入れしていることがうかがえます。
私のようなシニアも、きちんと手入れしていれば、まだまだ若く見えるかも・・・・・、と切ない期待を抱いてしまいました。

電TミラノNaviglioのベルサーチ電車7500形201803 (1)
( 夕暮れの7100形。ヴェルサーチの広告電車 )

いまは、どこの都市でもラッピングした電車やバスがたくさん走っています。ミラノでも、夜のライトに照らされ、ベルサーチの広告を付けた7600形が走りぬけていきました。低騒音なので、スーッと近づいてきて、サアーッと抜けていく感じです。

私たちはミラノ市電を無意識のうちに見過ごしていますが、「ミラノって、市電が走っていてこそのイタリアの都市なんだな」と、改めて思い返す、この頃です。                          

2019年4月 記                                        了



ミラノ市電古豪1500形ガタゴト

ミラノ市電古豪1500形ガタゴト  2018年3月、9月訪問

ミラノ観光中の市電風景で、記憶に残るのは、新型車両よりもレトロな車両ではないでしょうか。

「えっ、こんな古い電車が、まだ走っているの?」
「おしゃれなイタリアのイメージに会わないわあ」
と、いう感じですかねえ。

この古い車両は、1500形と言って、なんと初登場は1928年だそうです。
約500両製造されたうちの150両ほどが、まだまだ走り続けているのだそうです。

198808ミラノ市電と街並み (2)
( 1990年ごろの1500形。いまと同じ )

1500形は、昔も今も、変わらぬ走りを見せてくれます。

電Tミラノ1500形デアンジェリ201809 (1)
( ミラノ市電の古豪1500形。デ・アンジェリ付近にて )

1500形は、観光ポイントでも見られますし、ミラネーゼの生活エリアでも目につきます。
ガーガー、グァングァン、ギーギー・・・・と、昔風のエンジン音や機械音をうならせて、でも、背筋を伸ばすような雰囲気で走ってきます。

「元気老人、生涯現役、矍鑠(かくしゃく)たる翁・・・・・・」という存在感に、思わず見とれてしまいます。

電Tミラノマジェンタ通19系統1500形走る201803
( マゼンタ通りを行く1500形 )

電Tミラノ1500形センピオーネ201809 (2)
( センピオーネ大通りの芝生軌道を走り去る1500形 )

 ここ4-5年ばかりの間に、カラーリングが濃いオレンジ色から柔らかいオレンジ色系に変化しています。

 広告電車、ラッピング電車も増えました。レトロな存在感を活かして、イベント用に使う1500形もあるとのことです。

電Tミラノ1500形センピオーネ201809 (1)
( 広告塗装の1500形がやってきた )

電TミラノLambrate19系統1500形と緑化軌道
( むらさき色に塗られた1500形もあります。ランブラーテ駅前にて )

電Tミラノ5月24日広場1500形発車待ち201803
( おしろいをべったり塗られたような1500形。5月24日広場にて )

電Tミラノ19系統センピオーネ付近走行 (3)
( 古豪1500形は、新進のオフィスビル、イゾザキ・タワーを横目に走ります )

どこを走っていても、市電のある風景は絵になります。ミラノならではの雰囲気にひたりながら、街中さんぽ、ぶらぶらショッピングも、また、たのしからずやです。

2019年3月 記             了


ミラノ市電のガントレット線路を見よう

ミラノ市電のガントレット線路を見よう   2018年3月

1) ユニークなガントレット線路

ミラノ市電の線路には、「ガントレット: gantlet 」と呼ばれる線路配置がありました。そのほかにも終点ループ線や、三線分岐など、日本ではめったに見られない線路配置がいっぱいあります。

ガントレットは、複線の線路を単線のようにまとめたものです。お互いの線路は、あくまで別々です。せまい通りや、せまいトンネルを通過するとき、分岐器をつくらず、身をよじるようにしてすり抜ける感じです。

ナヴィリオ運河の東隣にある " 5月24日広場: Piazza XXIV Maggio ”の南側、”ティチネーゼ門:Porta  Ticinese”を正面に見る交差点にガントレットはありました。

電Tミラノ5月24日広場線路交錯201803
( ティチネーゼ門と輻輳する市電の線路 )

横断歩道上から線路をまじかに見ると、二組の線路が狭い間隔をおいて単線の線路のように敷いてあります。

電Tミラノ5月24日広場ガントレット201803
( ガントレットを近くで見る )

左側は、広場をループ状に周りながら発着する市電がぐるりと回るための線路です。右側は、門を迂回して、奥のドゥオーモ方向に上る電車が通る線路です。

日本では、かなり前にガントレットはなくなってしまいましたので、レアな見ものです。私の記憶では、オランダのアムステルダム市電の線路にもガントレットがありました。

自由自在に線路配置を考えたヨーロッパの市電は、都市ごとの味わいが出ています。軌道の統一規格を作って線路の敷設コストを安くしたり、メンテを簡素化できないので、日本では受容されにくそうなやり方です。


2) 終点ループ線

ヨーロッパの市電の線路にあって、日本の市電に皆無なものが、終点のループ線です。

日本では、「電車は終点では折返すもの」と信じていますが、それは狭い視点です。

多くのヨーロッパの都市では、市電は、終点でループ線をくるりと回って、もと来た方向へ戻ります。ミラノ市電も終点がループ線のパターンですから、運転席は前の1カ所のみ。電車は、絶えず前進し続けます。

ミラノ市電に乗ったら、是非、車両の先頭と一番後ろを観察してください。最後尾は、立ち見の展望席のように何もないスペースになっています。

下の写真は、ミラノのサッカーの聖地、サン・シーロ・スタジアム前の終点のループ線風景です。
スタジアムの開業に合わせて市電を延長し、とても広い駅を設置しました。試合終了時には、何本ものループ線上に10組以上の市電が待機し、数万人の観客を次から次へとさばきます。

電Tサンシーロ前ループ線配線201803
( 終点サン・シーロ停留所。普段はがらーん )

電Tサンシーロループの電車
( サン・シーロのループ線をぐるりと回って都心部へ向かう市電 )

3) 三線分岐

ミラノ市電のポルタ・ジェノバ駅前には、一本の線路から三方向に分岐している「三線分岐」と言われるポイントがあります。ほかの場所にもありますので、三線分岐は、ミラノでは珍しい線路配置でも何でもありません。

ひんぱんにやってくる市電が、その都度、ガタゴトと相当の音をたてながら三線分岐やクロスしている線路を通過していくのを見ると、路面電車の力強さに思わず感動してしまいます。

電TDポルタジェノバ駅寂れて201803 (1)
( 三線分岐。ポルタ・ジェノバ駅前 )

電TミラノPジェノバ駅前1500形
( 三線分岐を横目にクロスした線路を渡るミラノ市電1500形 )

市街地に網の目のように張り巡らされた市電の線路には、たくさんのパターンがあります。道路構造や運転方式に合わせた柔軟な線路配置を、謎解き気分で楽しみました。

2019年3月 記



ミラノ市電の風格

ミラノ市電の風格    2018年3月、9月

1)市電のある街という風格

私は、ミラノに行き、街中をひっきりなしに行き交う市電を見ると、いつも心がときめきます。

電Tミラノカイロリ広場夜景輝き201803 (1)
( ドゥオーモ周辺には数系統の市電が引っ切りなしにやってくる )

「これぞミラノの街中風景!」と、いう気分に、いやおうなくさせられるからです。線路をゴトゴトと走る電車の音、狭い中心部の目抜き通りを我が物顔に横切る、長い長い連接車の存在感こそ、ミラノの躍動感を体現しているもののひとつだと感じます。

『そこのけ、そこのけ、市電のお通りだい!』の世界です。


電T初冬のミラノ市電Duomo前4500系200111
( ガーガー、キーンキーン言いながら交差点を曲がるミラノ市電 )

どこかのコラムで、「市電のある街は風格がある」と、誰かが書いていた記憶があります。私も、その意見に大賛成です。躍動感とともに、成熟した都会の雰囲気が伝わってきます。電車の線路は、めったやたらと動かせないので、市電があるイコール街が安定している、という感じが出るのだと思います。


2) 古きも新しきも

ミラノ市電の代表的な新旧車両を、ちょっとだけ垣間見ましょう。

びっくりするくらい古そうな車両から、先月から走り始めたのではないかと思うくらい新しい車両まで走っています。

まずは、最新鋭7000形。7両連接式の長ーい車両で、省エネ、低騒音、低床設計だそうです。

電TミラノグレコP駅前7100系 (1)
( 最新鋭7000形7連接車。5連接の7500形は、最近登場 )

次は、現役、最古参の1500形電車。ドゥオーモ周辺でもよく見かけます。
なんと、就役以来80年以上も経つんだそうです。矍鑠(かくしゃく)とした老公のような存在です。

第二次世界大戦の空襲をくぐりぬけて来た古参の車両がいっぱい残っていることに驚きました。

電Tミラノ19系統センピオーネ付近走行 (1)
( 昔なつかしいスタイルの現役最古参1500形 )

1500形は、モンテ・ナポレオーネに近いマンツォーニ通りを走る1系統や、サンタ・マリア・デラ・グラーツェ教会前を通る16系統にも走っています。木製の窓枠や床、塗り天井など、ノスタルジックな気分いっぱいの車両です。年配の方ならば、子供の頃のチンチン電車体験の思い出にひたりながら乗るのもいいです。

「それどころじゃないでしょ。ミラノなんだからスリに気をつけないとね。おちおちレトロな市電の乗り心地なんて楽しめないぞお!」
という、グチが聞こえてきそうです。

「そこまで、びくびくしなくても大丈夫。ちょっと2-3駅、郊外に出たところで乗ればいいのです」
「そ、それもそうだな」

こういう観光客の声が届いたのか、1500形は、ミラノ市電の顔のようなイメージになってきたようです。イベント用の車両になったりします。当分、現役で走り続けるようなので、米寿、白寿まで頑張ってほしいです。

電Tミラノ1500形センピオーネ公園脇をガタゴト201803 (2)
( 広告塗装の1500形。平和の門付近 )

日本の鉄道風景、市電風景とは異なるところもありますが、街並みに安定感を与えるという点では、古今東西を問わず、同じ効果があるようです。


2019年3月 記











市電あふれるミラノにて

市電あふれるミラノにて   2018年3月、9月


ミラノは、ファッションの街であり、商業、金融、そして工業の街でありますが、市電の街でもあります。

200111初冬のミラノ (3)
( ミラノ城を遠目に群れをなして走るミラノ市電 )


イタリア、歴史遺産、お洒落、グルメ・・・・といったイメージから連想しにくいポイントです。私も、一番さいしょにミラノを訪れたとき、こんなにいっぱい市電が走っているとは思いませんでした。

我が家の息子は路面電車ファンなので、ミラノに行ったとき、次々とやってくる市電の走りっぷりに大興奮でした。

「ギャー、すげえ。あ、また来たあ。こっち見て・・・・」の世界です。

200508Milano Tram (2)
( 21世紀初頭に登場した7000形低床連接車 )

ミラノ市電路線図のサイトを紹介します。

http://www.urbanrail.net/eu/it/mil/tram/milano-tram.htm

1893年の開業で、現在の総延長は117kmほどだそうです。日本でも、広島市は路面電車がいっぱい走っているイメージがありますが、その総延長は宮島線を入れても約35kmです。いかに、ミラノには市電がいっぱい走っているかということです。そのうえ、ときどき短距離ながら新路線が開通しているのです。

198808ミラノ市電と街並み (1)
( ミラノというよりヨーロッパならではの市電風景 )

ですから9割以上の旅行者の皆さまが、ミラノ市電の一コマ、二コマを旅行記で紹介しています。無意識のうちに目につくくらいいっぱい走っているということです。ローマやトリノ旅行記で、鉄道ファンでもないのに市電のことを書いている方なんて、ほぼ皆無ですから、ミラノの市電の存在感の大きさが分かろうというものです。

人懐っこい雰囲気のドゥオーモや、次々と振り返ってしまうお洒落な美男美女の姿も貴重なミラノ体験ですが、街中をガーガーとひっきりなしに走る市電も、実はミラノならではの旅行体験です。是非、1区間でも、5分でもよいので市電にも乗ってほしいです。

198808ミラノ市電連節車内部
( ミラノ市電の車内。4900形連接車 )

下り方向の電車だと、ルートや行先が分からないので、どこに連れていかれるか不安いっぱいです。ですから、上り電車での市電体験がおすすめです。上り方向の電車は、たいていドゥオーモ付近を必ず通るので、どれに乗っても何とかなります。

最後の晩餐を見物し終えてドゥオーモ方面に戻るときの16系統、ナヴィリオ運河沿いのバルでアペリティーボや夕ご飯を食べてドゥオーモ方面に向かうときの2系統、3系統、14系統などが、おすすめです。電車は5分から15分間隔くらいで朝から夜まで走っています。停留所には、ちゃんと時刻表が貼ってあり、けっこう定時運行しています。

電Tミラノ5月24日広場4700形201803
( 3系統上り電車。奥がドゥーモ方向 )

異国の地で、不安気な顔で市電に乗っても楽しくありません。深呼吸をしてミラネーゼ気分になって市電のステップを上がりましょう。

是非、プラス・アルファの市電体験にチャレンジして、短めになりがちなミラノ滞在を楽しみましょう。

電TミラノNaviglioのベルサーチ電車7500形201803 (1)
( ベルサーチの広告いっぱいの市電の夜の風景 )

ミラノに、もっと親しみを覚えてくれる日本人の旅行者が増えるようお祈りしています。

2019年3月 記








ミラネーゼと南イタリア気質

ミラネーゼと南イタリア気質   2018年3月、9月


イタリアは南北間の違いが大きく、そのうえ、地方ごと、都市ごとの違いも目立つと言われています。

イタリア人たちがバルのテラスで延々とおしゃべりする姿を見ると、ミナミの気質もキタの気質も、あんまり変わりないと思うのですが、当人たちに言わせると、かなり違うようです。

ミラネーゼPAVIAのバル風景2018
( バルのテラスで楽しそうにおしゃべりするイタリアン )

ずっと前、キタの代表であるミラネーゼに直截的に尋ねたことがあります。
「北と南のイタリア人って、どんな風に違うの?」

友人は、ちょっと考えてから、ひとつの例をあげました。少し考えるところからして、「キタ」の人間ですね。

「ある晩に嵐が来て、翌朝、大通りに大きな木が何本も倒れていたとしましょう」

『おおっ、新手のテーマじゃないか』と、内心、ほくそえむ私。

「『これは大変』、と近所中が声を掛け合って、市役所の作業員が来る前でも、最低限、クルマが通れるように皆んなで木をどかすのがキタ」

「ふんふん」

「道路の管理は市役所の仕事だ、と言って役所に通報するけど、その後は木が片づけられるまで待っているのがミナミ」

ミラネーゼSiracusaのおしゃべり2018
( イタリア中どこでもバルのテラスは明るいムード )

こういう風に、オチもなく、真面目に解説してくれるのがミラネーゼですね。
なーるほど。

2019年3月記                了



ミラネーゼがいないと

ミラネーゼがいないと    2018年3月と9月

イタリア通を密かに自負する皆さんならば、当然、ミラノの人々、つまりミラネーゼ:Milanese の悪評も耳にしていることでしょう。

ミラネーゼは働き者201809
( ミラノの人々は働き者 )

「ミラネーゼときたら、朝から晩まで働きづくめで・・・・・・」

「ミラネーゼは、二言目には『カネ、かね、金』!」

「ミラネーゼは、お高くとまって何様のつもりだい?」

「イタリアで、一番美味しくないのはロンバルディア料理だ」

こういう小話が、イタリア文化の入門書の隅や、ガイドブックの一口メモ欄などに、しばしば書いてあります。

ミラネーゼマネキン201809
( 理想のミラネーゼ像かも )

そのあとは、判で押したような郷土自慢です。

「それに比べりゃ、俺たちは人間らしく働いているだろ!」

「人生、カネばかりじゃないよな」

「どうだい、俺たちの町は人情味にあふれているだろ」

「うちの料理がイタリア最高さ」

こういうミラノ観を知って、ちょっと笑っておしまい、というのでは、いかにも芸がありません。
別な視点から見てください。

「イタリアのほとんどの都市や地方は、ミラノなくして存在感がないのですね」

「悪役ミラノがあるからこそ、産業振興や技術革新が上手く軌道に乗らない都市や、何の変哲もない町もプライドが保てるのです」

ミラノがイタリアにとって、なくてはならない都市であることが実感できます。
そして、よーくよく、我が身のことも考えましょう。

「働きづくめの会社人間、出世第一と利益必達、ガイジン差別・・・」

東方の島国の人々も、ミラネーゼとあんまり変わらない資質だと思いませんか。ですから、私は、「東京とミラノって、意外と相性がいいのでは」、と密かに思っています。

「ミラネーゼ評が悪口に聞こえたら、ニッポン人の振りも見直せ!」


2019年3月記     了




ミラネーゼの普段着

ミラネーゼの普段着   2018年3月、9月


着倒れの評判が高いミラノ市民の普段着を観察してみました。

ファッション誌の記事では、みんな、街中でお洒落を競い合っているかのような雰囲気です。これは、半分ウソで、半分ホントだと私は感じます。イタリアの諸都市よりはファッショナブルな人々が多いですが、これは、ミラノが豊かな都市だからという理由が大きいと思います。トーキョーの街中を歩いている人たちの服装がパリッとしているのと同んなじ感じがします。

私は、ファッション系に疎いので、ただ、漫然と道行く人々やバルのお客たちを視野に入れるだけでした。

まず、「やっぱり、若いっていうのは、それだけで素敵です」

ミラネーゼポリテクニク学生201803
( ミラノ・ポリテクニク大学の学生たち )

学校帰りは、意外と地味です。学生は、カネがないのだ!

ミラネーゼBrera通201803
( ブレラ美術館付近にたむろする若いミラネーゼ )


ミラネーゼはイゾラ歩き201809
( イゾラ散歩中のカップル )


ミラネーゼスピーガ201809
( 観光客がいっぱいのベネチア通りの気取ったバル )

全体では、小ぎれいでさっぱりした感じですが、すれ違う人の3人に1人くらいは、思わず振り返ってしまうというほどでもありません。モードの中心、モンテ・ナポレオーネ通りやスピーガ通りあたりを歩いている、お洒落しすぎ、天女のような方々ばかりを目にしたら、そうなるかも知れませんね。


2019年3月記     了


ベラージョにてブタに真珠

ベラージョにてブタに真珠    2018年3月訪問

ミラノの北にあるコモ湖:Lago di Como は、ミラネーゼにもヨーロッパ人にも日本人にも人気のあるリゾート観光地です。

たくさんの日本人旅行者も、日帰りや1-2泊でコモの町を訪ね、自然美を愛で、湖畔に点在する豪華な別荘を見て感嘆の声をあげています。有名映画スターウォーズのロケ地の一つになった別荘にも行きたいでしょう。

そういうなかで、ベラージョ:Bellagio (ベッラージョ)は、「コモ湖の真珠」( perla di Como ) という呼び声も高い高級人気リゾートです。「人」という漢字の形をしたコモ湖の、ちょうど股座(またぐら)の先っぽにある小さな町です。

「私も、ベラージョに着くまで、そんな評判など全く知りませんでした。ブタに真珠です」
「そう、ここは真珠:la perla、なんです。きれいでしょ」
「清々しくて上品な町ですね」
「でしょう!!」
ってな感じです。

『どこでも、清楚で美しいものを真珠に例えるんだな』と、自問自答しながら湖畔を散歩しました。

3月末ともなると、夕方の陽ざしにも温かみが残るようになりますが、空気は、まだまだ冷たく、数少ない観光客は、コートの襟を立てて歩いています。

外レッコ奥ベラージョのコモ湖 (2)
( ベラージョの埠頭。右奥がコモ方向 )

外レッコ奥ベラージョ湖畔 (3)
( 早春のベラージョ港付近の広場 )

夏の写真を見ると、ヨーロッパ内外からやってくる観光客でいっぱいです。けれども、木々の芽も出ない3月の平日に、さむざむとした湖畔を歩いているのは、ブタに真珠状態の私とか、犬の散歩の町民くらい。テレビとか口コミの影響でしょうか、中国人の4-5人連れが数組いて、寒い中でもばっちり写真を撮りまくりです。けれども、ぶらぶら歩きはしないで、波止場の方へ行ってしまいました。

外レッコ奥ベラージョ街並み (2)
( 湖畔の遊歩道とバルのテラス )

温かみがあると言えばあるバルのテラスに、我らも腰掛けて、暖かいココアをゆっくりと飲みます。
やや、『武士は食わねど高楊枝』気分です。
『夏でも、バルのテラスの飲物の値段は同じなのだろうか』
まったく、ケチくさいことばかり思いつきます。

外レッコ奥ベラージョ街並み (1)
(  寒い季節は、大方のお店が休業 )


外レッコ奥ベラージョ坂道 (1)
( 急坂の両側にもお土産屋さんがいっぱい )

暖かい飲物で、気分も良くなったので、少しだけ坂道をぶーらぶら。
次回は、木々の葉っぱがそよぐ季節か、黄葉を見に来たいものです。


2019年2月記       了

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