やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

ビルバオの歓び

ビルバオの歓び その7 of 7 夕暮れに抱かれて


ビルバオの歓び

その7 夕暮れに抱かれて


1) はかない夕暮れ

スペインの良さのひとつは、夕暮れが、はかないほどに美しいことです。

「バスクの夕陽、今日も、ようよう影を伸ばして」 

枕草子さながらの気分で、沈みゆくお日様を眺めるとき、少しだけ、しんみりとしてしまいます。

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( イメージ:夕暮れのカフェ。ドノスティアのコンチャ海岸 )


冬を除けば、普通の人が、仕事を終えて家に帰ってきて、ひと段落したあとでも十分に明るいです。遊歩道を散歩したり、バルのテラスでおしゃべりしながら、暮れゆく街並みや、黒ずんでいく山影を目にできます。空気が日本より乾燥していることが多いので、夕陽のオレンジ色が、いっそうあざやかに感じられるからかも知れません。

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( 9月の午後6時。ゆっくりと陽が傾き始め、バスクの山々は影の色を増す )

のんびり、あるいは、だらだらとした夕暮れ風景は、ヨーロッパの多くの国々の特色です。慣れもあるのでしょうが、私は、そういうペースが好きです。1日1回くらい、お日様の当たる光景にじっくり目を向けて、気分をリフレッシュさせるのが自然体かなと感じます。


2) にやりとするスペイン・タイム

”スペインタイム、スペイン流の時間”、という言い方をヨーロッパでは耳にします。

フランス南西部のダクスとか、ボルドーあたりの観光案内所にスペイン人が立ち寄ると、スタッフが、にやりとしながら
「スペイン人の皆さあーん! フランスでは、ランチは1時からですからね。3時にレストランに行こうとすると、みんな閉まってますからね」 と、言うそうです。

これが、スペインタイムです。
スペイン旅行や、スペイン生活体験者が、異口同音にアピールする、独特な時間感覚です。

スペインは、ヨーロッパ内でも、かなり西の方に位置しています。そのうえ、時間帯の設定がフランス、ドイツあたりの基準といっしょです。日の出が、朝7時から9時すぎ、南中は午後2時前後、日没が午後8時から10時です。朝ご飯は7時、昼ご飯は午後2時、夕ご飯は午後9時ごろが一般的です。

日本人が、数字だけ見ると、「超夜更かしのスペイン人に、ついていけない」と、げんなりしそうです。けれども、太陽が、一番空高く上がるのが、正午ごろではなく、午後2時前後です。日本人感覚より、エイヤッ、で2、3時間後ろ倒しにして考えると、バスク風も含めたスペイン人の生活感覚と一致します。

①午前6時から8時。夜明けとともに起きて仕事や学校に行く。早起きですね。冬は、真っ暗なので辛いです。
②午前10時。早起きなので、小腹減った。バルに行って、おつまみ食おうっと。
③午後2時。お日様が頭の上にきたので、そろそろ昼だ。週末は、遅昼だから、3時スタート!
④午後5時前後。仕事、学校終了。まだ、太陽は高いから、一風呂(シャワー)浴びて、バルに行ってピンチョスつまみながら一杯やろ。
⑤午後9時。暗くなってきたから、家へ帰ってメシ食って、ちょっとおしゃべりして寝るか。
⑥深夜3時。今日は金曜、土曜なので夜更かしだ。おしゃべり、はしご酒。深夜映画みてたら3時だった。

お日様の動きと、けっこう連動している健康的な生活です。その証拠に、スペイン人の平均寿命は、日本人よりちょっと短い81歳くらい。ワイン飲んでお気楽に生きているように見える割には、しっかりと長生きです。


3)スペインに居れば、バルに入れ

ビルバオでも夕方が、ゆったりと過ぎて行きます。

歩くと、気分がリフレッシュしますが、喉もかわくので、バルに入ります。たまには、有名店を目指しました。
ビルバオで現存するカフェの中で、一番古いカフェ・イルーニャ:Cafe Irun*aに行きます。1903年創業、インテリアがアラビア調の凝った作りです。ピンチョスも並んでいますが、カフェなので、ソファや椅子でくつろぐのが基本です。

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( カフェ・イルーニャのあるアルビア庭園の脇のとおり )
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( カフェ・イルーニャ外観 )

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( アラビア調インテリアのカフェ・イルーニャで一休み )

このあたりは、通りにそって数軒のバルやカフェが並んでいます。そのため、夕暮れ時は人通りが増えます。モダンなインテリアのバルは、案の定、若いお姉さん、お兄さんがいっぱい。観光客は、若い人たちのムッとするような力強さに押されて、そういうバルには入りにくそうです。おっとり系のカフェ・イルーニャは、中年、シニア、観光客向けです。

スペインも全国レベルで、バル文化の国です。けれども、”パリのカフェ”のように、あんまり印象的ではありません。近年、ピンチョスバルがあまりにも有名になったので、バルに何種類もあるように感じる場合もありますが、基本的には全部同じ、と私は思います。ちょっと気軽に寄って、小腹を満たし、ほっとした息抜きができれば十分です。お上品なマダムが集う ”おほほ” 感覚の高級ティールームみたいのもあるはずですが、私は良くわかりません。

バルは、繰り返し気軽に来られる場所を目指しているので、必然的に地元密着型のサービスになりがち。旅行者は入りにくいのかも知れません。私も、ときどき「ここに入りずらいな」と、迷います。仕事でパートナーとなったイギリス人も、最初はバルにおっかなびっくり入っていましたから、顔かたちとバルの慣れは、あまり関係ないと感じています。
けれども、2、3度入っているうちに慣れるので、大丈夫。旅行記で、「疲れたので、ちょっとバルに入りました。呼吸を整えて、また、街歩きスタート」と、さりげなく書いていたら、もうスペイン流を会得しつつある証拠です。思う存分楽しい旅を満喫しましょう。
裏を返せば、旅のテーマから離れて、「バルで飲んだXXがグー、とか、ピンチョス並んでいて、迷って選んで二つ食べた」と、熱心に紹介しているうちは、スペイン修行が足りないということです。

そういえば、ビルバオって、マクドナルドとかスタバが都心部にあったっけ?です。どなたかご存知でしょうか。


4) 残照を見つめて

9月の午後8時半、カフェを出てやってきたモユア広場にも、明かりがともっています。曇りがちで雨模様でしたが、雲が切れて青空がのぞいてきました。西に沈みかける太陽の光に照らされたオレンジ色の小さな雲が、ひとつ、ふたつと目に入ります。


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( 日没前のモユア広場。正面チャベリ宮のビル )

ビルバオは、今のところ、装飾的なライトアップはほとんどありません。それでも、グッゲンハイムやネルビオン川沿いに明かりがともると、静かな美しさが胸に響いてきます。これが、ご当地の真髄なのかも知れません。あしたも、今日とおなじように、ゆったりとして胸にひびく一日でありますように。

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ビルバオの歓び その6 追憶のカスコビエホ

ビルバオの歓び

その6  追憶のカスコビエホ


ヨーロッパに旅行すると、何となく旧市街へ足が向きます。ほとんどの都市で歴史が売り物なので、観光の目玉が旧市街に偏っているからです。

ビルバオは、そういう原理原則からはずれている少数派の都市だと思います。
繰り返しコメントしますように、ビルバオの魅力は、”新たな息吹き”です。アートで都市を再生するという発想が見事に花開いているのを肌で感じることが、ここの魅力だと感じます。

それでも、旧市街へ行ってみたくなるのは、歴史のある都市へ行く以上、どうしても断ち切れない誘惑でしょう。ビルバオ市も、グッゲンハイム美術館を誘致する一方、旧市街が人気ピンチョスバルのメッカになっていることを紹介しています。

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( アバンド駅前の観光案内所前からアーレナル橋へ下る坂道 )

ビルバオの新市街と旧市街は、ネルビオン川で、はっきりと隔てられています。

アバンド駅前の観光案内所から旧市街を目指します。大通りの緩やかな坂を下ると、すぐにアーレナル橋(アレナル橋) :Puente del Arenal  を渡ります。
アバンド方向から見て、橋の右前方に見えるのは、1893年竣工で、パリのオペラ座風のアリアーガ劇場です。その背後が、ビルバオの旧市街です。ウスケラで、サスピカレアク:Zazpikaleak 、スペイン語でカスコビエホ:Casco Viejo と呼んでいます。意味は、前者が”七つの道”、つまり”七道=しちどう”、後者が、”旧市街”です。

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( 左からアリアーガ劇場、アーレナル橋、BBVAタワー )

アーレナル橋は、観光客にとって目印とするために便利な場所です。今では、きれいに整備され、トランヴィアの線路も敷かれました。
橋のアバンド側には、緑色の壁とアーチ型の屋根がかわいらしい建物が目立ちます。フェーベ:FEVE、と呼ぶスペイン狭軌鉄道会社の始発駅コンコルディア駅舎です。
このあたりは、建物こそ、ほとんど同じですが、ビルバオ再生に伴い、壁の煤払いをしたり、ごちゃごちゃしていた川岸の小屋などを整理したようです。疲れ果てて家に帰ってきて、一風呂浴びてさっぱりしたような雰囲気です。

( アーレナル橋。上2017年、下1986年 )
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198609ビルバオコンコルディア橋付近

( アーレナル橋から南側の眺望。上2017年、下1986年 )
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198609ビルバオコンコルディア駅付近とネルビオン川 (2)

古い写真を見ると分かりますように、アリアーガ劇場の裏手は、かつてバスターミナルで、かなり手狭でした。私が初めてビルバオの第一歩を踏みしめた場所も、このバスターミナルです。売店用の小屋や、さまざまなポスターがべたべたと貼ってありました。ビルの壁も、ばい煙で黒ずんでいました。重工業都市ビルバオのすさまじさを実感した場所です。

それでも、街の雰囲気は落ち着いていました。バスの到着客にまとわりつくような物売り、タクシー運転手もいませんし、通行人は静かに行き来していました。今も変わらない、一見、内向的なバスク人気質を、なつかしく思い出しました。

198609ビルバオアリアーガ裏バスタ
(1986年のアリアーガ裏手のバスターミナル)
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(2017年のアリアーガ裏手。すっきりと整備されました)

アリアーガ劇場の陰に隠れたあたりから、旧市街に足を踏み入れます。目指すは、ヌエバ広場:Plaza Nueva、やサンチアゴ大聖堂です。10分か15分くらい、ふらふら歩いていても突っ切ってしまう区域です。

旧市街の目抜き通り、ポスタル通りです。ブティックや宝飾店が並んでいましたが、今は、バルやお土産屋さんも増えました。歩いている人の半分くらいが、明らかに観光客と分かる人たちです。「本当に観光地になったんだ」、と実感します。

Wikipediaか、ビルバオ住まいの日本人の方のブログか、何かで読んだ記憶がありますが、グッゲンハイム効果はすざまじく、ビルバオ市の1990年ごろの年間観光客数2万5000人が、2005年くらいには100万人を突破したそうです。
「そうすると、私は25000人にカウントされていたのだろうか。そのころ、一応、ホテルに泊まったガイジンだぞ」
「多分、外数だと思います」
「えっ!」
「そのころ、ビルバオで、日本人なんて、ほとんど誰もいないから、統計上は”その他不明”くらいだったんじゃないの?」


(ポスタル通り風景、上1986年、下2017年 )
198609Bポスタカレア北向き公園突当り
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続いて、今やピンチョスバルがひしめくヌエバ広場を見ます。午前中に顔を出したので、まだ、がらーんとしています。週末の午後や夜は、イベントやバルめぐりの人たちで、大賑わいだそうです。

(ヌエバ広場。上1986年、下2017年 )
198609ビルバオ旧市街ヌエバ広場
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ビルバオ経済が沈滞していたころの広場は、がらーんとして、あまり生気がありません。今は、旧市街のヘソとしてきれいに整備され、はつらつとしています。ビル壁も、化粧直しされて輝いているようです。
「やっぱり、伸び盛りって、いいなあ」と、つくづく感じます。

カスコ・ビエホの南の中心が、サンチアゴ大聖堂:Cathedral Santiago です。まあ、よくある”古い教会”です。まわりに建物が迫っているので、うまく写真が撮れません。大聖堂へ続く通りにも、テラス窓が張り出し、濃い緑色の窓枠が特徴のビルバオ風マンションが、けっこう立ち並んでいます。

( サンチアゴ大聖堂正面と裏手方向の張り出し )
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大聖堂を過ぎて、細い道を右手方向に歩くと、ネルビオン川の岸辺に行き当たります。川に沿った新しい建物がラ・リベラ市場(いちば):Mercado de la Ribera  という、マーケット兼バルです。けっこう、ここに寄ったという日本人訪問記があるので、びっくりします。市場は、活気があり、バルも威勢がよいので、旅行者もつられて楽しみましょう。

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( 左がリニューアルしたリベラ市場。右のアーケード内がリベラ停留所 )

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( リベラ橋。歩行者専用の眼鏡橋。リベラ市場のすぐ西にある。右にカーブするとアリアーガ劇場 )
198609ネルビオン川沿いリベラ橋傍
( リベラ橋1986年。左にちらりと見えます )

私は、この辺でアバンド地区へ戻ります。
旧市街で時間を取りたい人は、バルをはしごしたり、裏手の丘にあるベゴーニャ教会まで足を伸ばすようです。
ベゴーニャ教会:Basilica Begon*a は、ビルバオを起点に聖地サンチアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼歩行者の出発点です。残念ですが、このルートは、あまり人気がないようです。

余談ですが、私も、何を隠そう、時間を取って、”仏教徒でたどるサンチアゴ・デ・コンポステーラへの道”をやりたいのですが、出発点は、フランスの人気ポイント、サンジャン・ピエ・ドゥ・ポール:Saint Jean Pied de Port  と決めています。荒天時には死ぬかも知れないけれど、美しくも急峻なピレネー越えの峠道が、なんとも魅力ではないですか。
「あっ、巡礼の道を示す、ホタテ貝のマークを撮るの忘れた」

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ビルバオの歓び  その5 うっとり街角アート


ビルバオの歓び

その5 
5-1) うっとり街角アート

ビルバオ新市街のあちこちに街角アートがあります。
どのオブジェも自信たっぷりに鎮座しています。さわったり、蹴ったりしたくらいで傾くようなヤワなものはありません。

私も、オブジェの全部はおろか、半分も知りません。適当に通りをぶらついて、「あっ、あったあ」と、心の中で声をあげるのが、とても楽しみです。気に入るアートもあれば、なんじゃこれ、というものもあります。少なくとも言えることは、道徳的だったり、可もなく不可もないものはない、ということです。

「街角のオブジェは、自分の感性で楽しむもの」と、私は思っています。後で少し調べて、作品や作者の名前を書くようにしていますが、それは街角オブジェの楽しみの本質ではありません。
「パッと見で、ピーンときましたか?」ただ、それだけだと思います。

まず、RENFEのアバンド駅コンコースにある巨大なステンドグラスとブロンズの顔です。
正面入り口からエスカレーターで2階のコンコースに上がってきて、後ろを振り返ると目に入ります。
ステンドグラスは、50年くらい経っているかも知れませんが、ブロンズの顔は20年くらい前のものです。
駅に似合わないオブジェに、思わず笑みがこぼれてしまいます。
私は、こういうの好きです。

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( アバンド駅コンコース上のビスカヤ風景を描いたステンドグラスと、ブロンズの顔 )
198709ビルバオアバンド駅内の近郊電車2本
( アバンド駅のステンドグラスは少なくとも30年物。1987年ごろ )

ブロンズ製の顔を、まじまじと見てみましょう。人間の苦悩を表現しているようですが、じっと見ていると、こちらが笑い飛ばされているような気分になりました。

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 ( 顔の彫刻を拡大して見たところ )

ビルバオ市役所前には、輪っかのオブジェがあります。”21世紀への指切りげんまん”、という印象でした。
大きくて、けっこう遠くから見えるので、ついつい近寄っていきます。後で調べると、バスク出身のチリダという方の作品でした。私は、いいとも、悪いとも感じませんでした。

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( ビルバオ市役所前の ひねり輪っか。エドアルド・チリダ作 )

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( 輪っかアートを、しげしげと見る )

ネルビオン川沿い、サルベコスビアのたもとには、板チョコを猛スピードで人間が突き抜けたときに、人間の形にくり抜かれたような彫刻と、通った人物と思しき像があります。ちょっと遠くから1枚撮影したきりでした。手前のアイスクリーム屋さんの方に、気が向いていたので、えへへ・・・・・・・・、です。

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( サルベコ・スビア下にちらりと見える、板チョコ通り抜けの彫刻、遠景 )

ビルバオの都心、アバンド地区の大通りや、交差点の広場にも彫像、彫刻がちょくちょく置いてあります。
まず、モユア広場から北へ伸びるエルチラ通りにある、アルミ箔をぐしゃぐしゃにしたような彫刻。そばの地面に作家名、作品名が書いてあるので、読んだはずなのですが、そのまま通り過ぎたようです。

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( 鉄で作った、くしゃくしゃアルミ箔のオブジェ )

モユア広場から、歩行者専用になっているエルチラ通りを1ブロック南下したあたりの交差点にあるのが、鋳物の風鈴です。スペインの誇る巨匠ベラスケスの代表作のひとつ「女官たち:Las Meninas」を題材にした彫刻です。頭のふんわりした髪型や、裾がふくれたスカートで、女官であることが分かります。私は、けっこう気に入りました。見るからに重そうな鋳物の量感が、派手ですが守旧的な宮廷人たちのイメージにぴったりです。下の方を蹴飛ばしても、びくともしません。大奥の怖さを体現しているようでした。

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 ( 鋳物の風鈴、こと、ベラスケスの女官たちのイメージの像 )

オブジェでは、ありませんが、アバンド地区でも、ところどころに20世紀初頭の一軒家の豪邸が残っています。観光客に一番目につくのは、グッゲンハイム美術館から川沿いに東方向に歩いて行くと目にする屋敷でしょう。多くの方が、「あれは、何だ」と書いていますが、かのアスレチック・ビルバオの本部です。公式行事や記者会見を行なうときに使います。
下の写真は、インダウチュ広場の近くに残っている同じ雰囲気の邸宅。今はクリニックが入居しているようです。博物館ではありません。

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(オブジェではないけれど。古民家みっけ )

ビルバオのオブジェは、超モダンを軸に据えています。また、一様に躍動感があるところがすごいです。都市の活力がある証拠だと思いました。


5-2) メトロがアート

ビルバオ最大、最強の街角アートは、もしかしたらメトロビルバオの駅かも知れません。
グッゲンハイム美術館の建物に続いて、称賛の的になっているのが、メトロの出入口のガラスドーム。私も、ガラス芋虫と呼びたい建造物です。いったん、このデザインを覚えると、一目でメトロだと分かる優れもの。イギリス人建築家ノーマン・フォスター:Norman Foster 作です。
ビルバオ市当局も、新たに地下鉄を作るにあたって、造形物には、グッゲンハイム美術館並みのユニークさを追求した姿勢が伝わってきます。

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( メトロビルバオのインダウチュ駅西口のガラスのドーム状出入口 )

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( モユア広場には2つ、3つとガラス芋虫がある)

モユア駅の改札へ向かう通路の壁に、メトロビルバオ・デザインの生みの親フォスター氏のサインをレリーフにしたものが貼ってあります。写真撮るのを忘れました。


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( ガラス芋虫を下から見上げた状態 )

ビルバオのメトロは1995年に部分開業しました。20数年経っても、手入れがよく、ガラスは光輝き、エスカレーターにも傷や落書きがありません。潔癖でクソ真面目なバスク気質を感じます。だからこそ、「アートで都市を再生する」という、破天荒な方針でビルバオを変えた、当局の柔らか頭と実行力に、ただ、ひたすら敬意をささげるばかりです。
人のご縁がなく、ビジネスや観光で短期滞在した人に対しても、もう一度じっくり見たい、住んでもいいかな、と思わせる都市の魅力を創り出したのですから、ものすごいことです。

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( 暗闇に輝くメトロ出入口。サントゥルツィ駅 )

地下駅の構内は、一つか二つの例外を除いて、ほぼ、同じデザインです。駅名標を隠せば、どの駅か分からなくなると思います。もちろん、バリア・フリーもばっちり。全駅のホームの端にエレベーターが設置してあります。駅のトンネルは、天井が高く圧迫感がありません。

この造りは、大阪市営地下鉄の御堂筋線、梅田駅などと同じです。昭和初期の大阪と、20世紀末のビルバオには、幸運にも、将来にわたり市民が誇れるものを作ろうという志を持った指導者がいたようです。

ただ、21世紀スタイルのメトロを目指したのにもかかわらず、ホームドアがないのは、何か理由があるのでしょうか。分かりません。

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( 駅の構造も、地下区間は、ほとんどそっくり )

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( 統一デザインのホームの様子と電車 )

2017年4月に、ビルバオメトロの3号線が開通しました。この系統は、1、2号線とは違って、ウスコトレン:Euskotren という別会社の経営です。案内標識や運賃体系は統一していますが、駅のデザインは既存のものと異なります。色使いも青が主体です。利用方法は、既存の路線と変わりませんので、戸惑うことはありません。

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( 駅名標や、案内掲示も統一デザイン。インダウチュ駅 )

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( 新規開業の3号線でも、駅の案内は色違いの統一デザイン。サスピカレアク / カスコ・ビエホ駅 )

メトロの駅の出入口は、すべてガラス芋虫スタイルではありません。ざっと見て、半分くらいかな、という感じです。下は、アバンド駅北側のメトロ出入口ですが、ガラス芋虫スタイルでも良さような場所なのに、平凡な階段むき出し型です。何か訳ありなのでしょうか、と思わず考えてしまいました。


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( ガラス芋虫ではないメトロ出入口。アバンド駅東南出口 )

メトロの地上区間の駅も、もちろんフォスター氏の設計ですが、地下駅とデザインは少し異なります。それでも、とてもすっきりしていて、陽光が入る明るい空間です。ビルバオは雨が多いのですが、ホーム屋根は少ししかありません。これで、改善要望は出ないのかな、と思ってしまいました。

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( メトロ地上区間の駅の様子。地下駅のデザインに似せてある。エチェバリ駅 )

ビルバオ地下鉄は、きれい、美しい、安い、待たない、安全安心、です。街角アートのひとつですが、実用的な交通手段ですので、どんどん利用しました。

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ビルバオの歓び  その4 ビルバオ・ルネサンス

ビルバオの歓び

その4 ビルバオ・ルネサンス


1) ビルバオ中心部歩き

どうして、わざわざ街歩きなどをするのでしょう。

いまでは、グーグルマップなどを使えば、居ながらにして名所旧跡から住宅街まで眺めることができます。単に、外観や名前を知りたいだけならば、それで十分です。由来を知りたければ、専門書やネット記事を孫引きすればいいのです。だからこそ、お金と時間をかけて、実地体験をするときは、街の香り、道行く人たちとの瞬時の交流が、いままで以上に貴重な体験となると感じています。
その体験を、自身の心にしみ込ませ、同時に、多くの方にも伝えることができれば、と思います。

ビルバオの中心部には、面白い建物やオブジェが散らばっています。最近20年間の都市再生プロジェクトが成功し、都心部もみちがえるようになりました。磨きがかかって輝くような建物も多くなりました。適当に歩いていても、ビルバオの力強さや未来を信じる明るさにぶつかります。わずかな例外を除けば、治安は日本と同じように良いです。
ゆるやかな坂道に沿って歩いているうちに、ビルバオの街並みが、心の中に溶け込んできました。

私は、中心部を西から東にかけて歩いて横断します。



サン・マメスのバスターミナル付近からインダウチュ地区をとおり、アバンド地区の中心モユア広場を横切り、グランヴィアに出て国鉄アバンド駅あたりまで行きます。ずんずん歩けば1時間くらいの距離ですが、カフェやバルに入ったり、品の良いお店に入ったりして、自分なりに2017年のビルバオ体験をしたいものです。

( San Mame*s ---    Indautxu  ---   Plaza  Moyua  ---  Gran Vi*a  ---  Estacio*n de Abando, RENFE )
 (*: アクセント記号がある字)

2)サン・マメスとUPV

ビルバオに高速バスで来る人が最初に降り立つのが、サン・マメス:San Mames のバスターミナルです。空港バスの起終点でもあります。メトロ、RENFEおよびトランヴィアのサン・マメス駅と地下通路を介してつながっている公共交通機関の一大ターミナルです。

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( サン・マメスのバス・ターミナル。まだ、一部工事中。2017年9月 )

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( メトロとRENFEのサン・マメス駅入口 )

バス・ターミナルから地下道伝いに各線の駅に行けますが、トランヴィアの駅だけは地上に出なければなりません。

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( トランヴィアのサン・マメス駅とバスク州立大学工学部校舎 )

線路をまたいでいるガラスの建物は、バスク州立大学工学部校舎です。
白い看板に、UPV、EHU の文字が書いてあります。
UPVは、スペイン語の ”Universidad del Pai*s Vasco ”の略です。  EHUは、ウスケラの ” Euskal Herriko Unibertsitatea  ”の略です。バスク州立大学は、大規模な総合大学です。ビルバオを中心に、ドノスティアやビトリア・ガステイスにもキャンパスを有しています。

工学部をくぐった先は、高速道路に直結する大きな交差点です。郊外にある大学本部までの直行バスが、昼間20分おきに出ています。およそ20分かかります。

バスク州立大学の様子は、観光案内では絶対に登場しないので、寄り道して紹介したくなります。

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 ( UPV:バスク州立大学本部付近。前方は医学部、右隅は管理棟 )

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( 1987年頃の、ほぼ同じ場所。建物は20世紀スタイル )

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 ( バスク州立大学構内。左は管理棟、右は生協、学食など、奥は文系の学部棟 )

こういう場所にシニアがやって来て、若い男女がにこにこしているのを見ると、我が子の成長した姿に重なって微笑ましい気持ちになります。「このクソじじい」、と思っているヤツも街中にはいそうですが、大学では稀でしょう。

3) eitbとスタジアム

再びサン・マメスに帰ります。大学発の直行バスを降りた場所にそびえるガラス張の青黒い曲面ビルは、eitb:バスクテレビ本社です。石造りの玄関左に、eitbのロゴがあります。

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 ( eitb:バスクテレビ本社 )

玄関上に並んだ顔写真は、人気ドラマの出演者たちです。若いカップルと親子間のごたごたや家族愛がテーマだと聞きました。どこかの国の、「渡る世間は鬼ばかり」みたいな感じの番組です。

バスクテレビでは、ウスケラとスペイン語のチャンネルが、1つか2つずつあります。話に聞いたところによりますと、日本のアニメもときどきやっているとか。ドラえもんも、こちらではウスケラをしゃべっていたようです。
「すごいぞ、ドラえもん!。バスクの子供たちの心をワシづかみにしてくれ!」です。

eitbのそばにあるのが、白くて巨大なドーナツ状の建物のサン・マメス・スタジアム。名門サッカーチーム、アスレチック・ビルバオ:Athletic Bilbao の本拠地です。

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( サン・マメス・スタジアム。地上階の左の赤枠が公式グッズショップ入口)

サッカーファンの旅行記を読みますと、はるばるやって来る日本人も少なからずいるようです。ビルバオを応援しに来るのでしょうか、それともアウェイのチームにくっついて来るのでしょうか。いずれにしても、試合の前後には、街歩きとピンチョスなどを存分に楽しむよう祈っています。

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( スタジアム内の公式グッズショップ )

公式グッズの店は、市内に数店舗があり、中心部では、アラメダ・レカルデ44番地:Alameda Rekalde 44、 にあります。時間の押している方で、実物を手に取ってショッピングを楽しみたい方は、ここが一番便利です。

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( アラメダ・レカルデ44番地の公式グッズショップ )


4) メトロのガラスドームに驚く

サン・マメス・スタジアムを背にして、モユア広場へ向けて東へ歩みます。
トランヴィアの走っている大通りは、サビーノ・アラナ大路:Avenida Sabino Arana。晴れの日は、そよそよと風に揺れる木々と、道の向こうに顔を出している緑の丘陵が、すがすがしい雰囲気を作り出しています。とても近代的な街路です。こういうところも好きです。

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( サビーノ・アラナ大路 )

大路の突当りに横向きに建っているのは、マリア像です。まわりは、大きな周回式交差点、 スペイン語でいうロトンダ:Rotonda になっています。サグラド・コラソン広場:Plaza Sagrado Corazon、で、意訳すると”聖心広場”です。

サビーノ・アラナ大路を東に折れてウルキホ大通りに入ります。ふと、交差する通りに目をやると、かの有名なガラスドーム・デザインの地下鉄入口が見えました。イギリス人建築家ノーマン・フォスター:Norman Foster が全体デザインを手がけたメトロビルバオの駅出入口です。

「わおー、すごーい。これが、うわさのビルバオ地下鉄の出入口かあ」

初めて、これを目にすると、明るく叫びたくなるような感動を覚えます。誰かも言っているとおり、ガラスでできた芋虫です。

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( メトロのインダウチュ駅西口 )

私は、東京の日暮里に似たようなガラス製地下出入口があるのを思い出し、つい比較してしまいました。
ビルバオのガラス芋虫の方が、異質すぎるくらいのデザインと、ピカピカに磨かれたメンテの良さで、断然際立っています。陽光を浴びて、自信たっぷりに輝いています。これが、伸び盛りのビルバオを象徴するものの一つなんだな、と実感せざるを得ません。

「世界のトーキョー、もうちょっと思い切りよく飛躍しようよ」と、内心、叫びたくなりました。

1274日暮里駅いもむし型出入り口
( 東京の日暮里駅前の地下駐輪場出入口。かなり、くすんでいて、似て非なるものみたい )

次第にお洒落なお店や、バルが増えてくると、インダウチュ広場です。ここの地下鉄出入口は、地下駐車場への入口を転用したので、ガラス芋虫タイプではありません。

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 ( メトロのインダウチュ駅東口と、インダウチュ広場 )


5) 古き器に新しいカルチャー

広場を過ぎると、レンガ造りの大きな建物が現れます。

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( アスクーナ・セントロア南面 )

アスクーナ・セントロア:Azkuna Zentroa、別名アロンディガ:Alho*ndiga です。昔の穀物取引所兼ワイン倉庫を改造して、市民カルチャーセンターにしました。外観は、20世紀初頭の竣工当時の姿を保存していますが、内部は総入れ替え、屋上にテラスも追加しました。ヨーロッパには、こういう建物がけっこう多いです。

中に入り、ビルバオ市の心意気を見てみましょう。
大きなピロティの脇の2階から4階は、市立図書館と温水プール、映画館になっています。温水プールの底がガラスになっている部分があるので、上を見上げると、泳いでいる人がゆらゆら動いているのが見えます。
5階屋上は、現代風インテリアのオープンカフェとレストラン。カフェ人気がすざまじく、たくさんのカップルやグループがおしゃべりしながら午後のひとときを過ごしています。

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( アスクーナ・セントロア1階ピロティ。赤い照明は、実際はミラーボール状 )

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( アスクーナ・セントロア5階屋上カフェからの市街展望 )

このあたりから、観光客も思わず足を止める超ユニークデザインのビルが、あちらこちらに顔を出します。


6) ガラスと鏡のビルに唖然

アスクーナ・セントロアを出たところの広場に面して、長ーいカーブを描いているガラスのビルがあります。
バスク州政府合同庁舎で、公団公社のようなオフィスが、いくつも入っています。

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( アスクーナ・セントロアとバスク州政府合同庁舎 )

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( 西日を浴びて輝くバスク州政府合同庁舎 )

このビルの左を周りこんでモユア広場の方へ100メートルほど進むと、キラキラとした、異様としか言いようのない建築物が目に飛び込んできます。鏡張りの角砂糖を積み重ねたようなデザインです。
「何なんだ、これは・・・・」
「バスク州保健局ビルです」
「・・・・・・・・・」
「見るだけで、十分ですね。ここに転勤しても給料同じだし」


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( バスク州保健局ビル )

21世紀スタイルの文化商業都市を目指すならば、行政側も、これくらいやる覚悟が必要ですよ、という見本のようなビルです。これだから、最近のビルバオは人気が上がる一方なのだと思います。

観光客は、しばし唖然と見ていますが、市民たちは何事もなかった顔をして通り過ぎていきます。
近くには、ガラス張りに近いビルが、いくつか目に入りますが、もう何も感じません。ちょっとくらい奇抜な外観のビルを建てても、不感症になっているので、「あっ、そう」で終わりです。


7) ビルバオのへそ、モユア広場

どんどん進んで、ビルバオ都心部のヘソであるモユア広場:Plaza Moyua に到着です。

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( ビルバオ都心部のへそ、モユア広場。正面はチャバリ宮ビル )
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( 1986年のモユア広場。 ビルそのものは、ほとんど同じ )

楕円形の大きな広場です。内側は公園。広場を取り巻くように、高級ホテル、銀行、官庁などが立ち並んでいます。王宮か大貴族の館のように見えるビルは、チャバリ宮:Palacio Chavarri  です。20世紀初めのビルで、いまは、スペイン軍関係の政府庁舎です。入れません。

「壁がきれいになって、華やかさは増したものの、30年前とおんなじ感じだなあ」と、感慨ひとしおです。

モユア広場には、地下鉄の入口が数カ所あり、どれもガラス芋虫スタイルなので、”これぞ、現代版ビルバオ”、という光景が広がります。観光に来た甲斐がある場所です。
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( モユア広場東側の地下鉄出入口 )

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( ガラスドーム型のメトロ出入口を見上げた光景 )

モユア広場を貫通して東西に走っているのが、グランヴィア:Gran Vi*a というビルバオ都心部の目抜き通りです。格式の高い雰囲気を持ったビルが並んでいます。大きな街路樹が並んでいるので、森の散歩道みたいな場面もあります。
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( グランヴィアの並木。 銀色の壁はエル・コルテ・イングレス・デパート )

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( ビスカヤ県庁旧庁舎。奥の海老茶色が入った建物がBBVAタワー )

さきほど目にしたチャバリ宮と雰囲気が似たビルが見えてきます。ビスカヤ県の旧庁舎です。いまは、儀式用に使われているだけですが、20世紀初頭の街の繁栄ぶりをアピールしているかのような、重厚で凝った造りです。

さらに並木を歩くと、右手にステンレス壁のデパート、エル・コルテ・イングレス:El Corte Ingre*s の建物が見えてきます。
外観は、ずうっと同じだったようです。変わらないビルバオに出会って、何だかほっとしました。
教会前の道は、先ほど通ってきたウルキホ大通り:Arameda Urquijo  の続きです。おしゃれな店が並んでいます。お土産屋さんはありませんが、品のよいブティックや食料品店、バルなどがあります。ビルバオで一番、優雅に買い物できる地区のひとつです。
私も、この一帯でお買い物をします。


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( エル・コルテ・イングレス・デパート。建物外観は30年変わらず )

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( エル・コルテ・イングレス・デパート、1986年。奥の教会の塔があった頃 )

グランヴィアの東の終端は、オベリスクが建っている丸い小さな広場です。ピリビラ広場:Plaza Biribila。スペイン語名は、シルクーラ広場 Plaza Circular  です。旧名は、エスパーニャ広場でした。ご想像のとおり、マドリードにちなむ名前は、公の場では好かれていないようです。

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( ビリビラ広場のいま 2017年9月 )

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( 1987年当時はエスパーニャ広場。あまり変わらず )

このあたりは、銀行や保険会社が軒を連ねています。昔の写真に写っていた、BCの看板が見えるバンコ・セントラルは、スペイン中央部あたりが本拠の会社でしたが、とうの昔に事実上つぶれました。建物はそのままですが、いまは、他の会社の事務所です。

広場の反対側にわたって南の方を向きました。BBVAタワーとアバンド駅が並んで見えます。
BBVAは、現在、スペイン最大最強の銀行です。この本店タワーは、1980年代から変わらない姿で、そびえています。ビルバオ経済、バスク経済の底力を感じます。

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( ランドマークのひとつBBVAタワー。手前はメトロのアバンド駅出入口)

BBVAタワーの向かいにあるスペイン国鉄レンフェ:RENFE のアバンド駅も重厚な建物です。ゆるやかな坂の斜面にある、長距離列車用に作られた大きな駅で1番線から8番線まであります。2017年9月現在、リニューアル工事中で、駅舎全体にネットがかかっていました。

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( ビリビラ広場から国鉄アバンド駅(補修中)とBBVAタワーを見る )

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( RENFEアバンド駅舎。1987年 )

この駅も、いつの間にか改称されて、アバンド・インダレチオ・プリエト駅:Estacio*n Abando Indalecio  Prietoと言います。正直、長い名前は覚えづらいです。

ビリビラ広場のアバンド駅寄りのビルの1階には観光案内所がありますので、このあたりを歩いた方は多いと思います。日本人だと、旅先で、何となく駅にすり寄る傾向もありますね。私もです。

ここで一区切り。近くのバルに足を向けて一休みします。


  その4  了

ビルバオの歓び その3 うきうきのスビスリ

ビルバオの歓び

その3  うきうきのスビスリを渡って

グッゲンハイム美術館を出たあとは、自分の気分に従って歩き回ります。

私は、ビルバオのエッセンスは、旧市街より新市街のクリエイティブな雰囲気だと思っています。ビルバオの活力と未来を感じるからです。

まず、流れをさかのぼるように東に向かって歩きます。多くの市民も、ネルビオン川沿いに行ったりきたりしています。5分ほどで、楽器のハープを横に寝かせて白く塗ったよなうな橋が見えてきます。

スビスリ:Zubizuri という名前の歩行者専用橋で、ビルバオ観光の名所のひとつです。ウスケラの地名で、意味は” 白い橋 ”。 ”スビスリ橋 ”と書くと、” 白橋の橋 ”と言っていることになるので、変ですね。

「Zubi」は”橋”という意味なので、気をつけて他の地名を見てみると、あちらこちらに”Zubi”、とか”Zubia" の文字があります。日本語でも、”・・・はし”、”・・・ばし”とか変化しますので、ウスケラも同じようなのかと思いました。

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( スビスリをやや遠目に見る。手前がグッゲンハイム側 )

スビスリは、橋そのものが曲線を描いています。歩いている面も、ガラスの床です。敷物のようなものが置いてあるので、すべりません。
私は観光客なので、なんだか、うきうきしながら渡ります。その横を、地元の人は無表情で行き来しています。けれども、来客があれば、いっしょにやってきて、「ほら、変わった形の橋でしょ」と、言って、にこにこしながら渡るんだと思います。

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( スビスリ橋上。欄干はさわれない )

スビスリを渡り切って、後ろを振り返ると、トーレス・イソザキ:Torres Isozaki、とか、イソザキ・アテナ と呼んでいるツインビルと広場が見えます。日本人建築家の磯崎新(イソザキ・アラタ)氏設計のビルです。とても、真面目な印象です。もっともっと、ユニークなデザインに挑戦してほしかったです。スビスリと、ひねり方が逆になっている、お菓子の白いチュロスのようなデザインのタワービルとかは、いかがでしょうか。

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 ( スビスリと、その先のトーレス・イソザキ )

このツインビル付近は、丘の斜面になっているので、スビスリからは、階段を上下することなく進んでいけます。
歩行者にやさしいバリア・フリーですが、スビスリの設計者である 建築家サンチアゴ・カラトラバ氏にとってはカチンと来たようです。ビルバオ市当局に対して、”橋の姿を勝手にいじった”、と意匠権侵害のクレーム。すったもんだのあと、解決金を支払うことで事を収めたというニュースを聞いたことがあります。

ユニークなデザインを追うと、トラブルもユニークになり、たいへん勉強になります。デザイナーも、当局も、ガチンコで自己主張をしないと、本当にクリエイティブなものはできません。

ビルバオ新市街のユニークすぎるビルやオブジェが、東京や大阪などの建築物に比べて何となく凛としているのは、このような真剣勝負を勝ち抜いた力強い作品だからなのかなあ、と感じます。

話は飛びますが、ビルバオには、サンチアゴ・カラトラバ設計の建物が、もうひとつあります。
ロイウ:Loiu にあるビルバオ空港です。
まっ白なつくり、流れるような曲線、垂直方向を強調するデザインが、スビスリと共通です。鳥のくちばしのような姿が、いつまでも記憶に残ります。

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 ( 南側よりビルバオ空港本館ビルを俯瞰 )

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 ( ビルバオ空港旅客出入口付近の構造 )

バスク旅行をする、多くの日本人旅行者が、ここのお世話になります。日本との接続便の到着、出発時刻が深夜、早朝になりがちなので、じっくり見る機会が少ないです。ほんの1、2分でよいので、ホールの天井を見上げて、独特の造りを見てほしいです。盲点の観光ポイントかも知れません。

スビスリを抜けて、さらに上流へ進みます。川は、右に大きくカーブしますが、その外側に建っているのがビルバオ市役所:Ayutamente Bilbao です。左右対称の薄いベージュ色の建物は、こじんまりとした感じで、対岸に広がる新市街と向かい合っています。


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 ( ビルバオ市役所正面 )

市役所前をとおり過ぎると、前方にアーレナル橋が見えてきます。右の新市街と左の旧市街入口をつなぐ橋です。橋の左手奥に威風堂々と鎮座するのは、アリアーガ劇場:Teatro Arriaga です。1905年竣工の現役の劇場です。パリのオペラ座を手本に造ったそうですが、じーっと見ていると、雰囲気が似ているのが分かります。

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( アーレナル橋。緑青屋根の建物がアリアーガ劇場 )

このあたりも、とてもさわやかな場所になったと、私は、かつての光景を思い出しながら歩いていました。

 ( ビルバオ市役所を望む。上1986年、下2017年 )
198609ビルバオネルビオン川沿いの風景
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30年前、このあたりは、小さな波止場や駐車場、線路が並ぶ港湾地帯でした。ネルビオン川は、どす黒い水で染まっていました。昔ながらの重工業都市の末期を見ている光景でした。
浄化作戦の結果、今や、川面は青みがかった色になり、両岸は木立の緑が目にやさしい遊歩道になりました。

それだけ、私も年を重ねました。嬉しくもあり、寂しくもある光景です。

折返して、さきほどのトーレス・イソザキまで戻ります。
磯崎新 氏の作品を、もう一度見ながら、アバンド中心部に向かいます。

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( スビスリと、トーレス・イソザキのツインタワー全景 )

ツインタワーの間をくぐり抜けたところで、振り返って、もういちどスビスリを目に焼き付けます。そして、川岸より一段高くなった台地の上に広がるアバンド地区に歩いて行きます。

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( トーレス・イソザキの都心側の丘からスビスリと対岸を見る )

アバンド一帯は、ビルバオ市内随一の高級住宅街です。新しいマンションもあれば、築100年前後の伝統的バスクスタイルのマンションもあります。ざっくり言って、1戸40万ユーロから100万ユーロくらいのようです。

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( 伝統的バスクスタイルのマンション。20世紀初頭の建築 )
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( クラシカルな高級マンションが整然と並ぶエンサンチェ広場 )

ビルバオやバスク一帯は、雨が多いので、バルコニーにガラスをはめ、フレーム部を濃い緑色か、こげ茶色に塗ったマンションが、ご当地特有の景観を醸し出しています。ビルバオに来て、街中を歩いているときに感じる、バスク特有の異国情緒は、おそらく、このデザインが原因です。

建物そのものも重厚な造りで、高さや基本デザインがそろっている地区が多いです。また、手入れが良く、壁のキズや、はがれ、落書きなどがないので、高級感あふれる景観です。、維持費が高いので、普通の会社員くらいでは住みにくいそうです。

もちろん、路地裏にいたるまでビルバオ一帯の市街地では電線は一切ありません。空を無情に切り裂く光景や、クモの状のうっとうしい雰囲気にげんなりすることは、市内にいる限りありません。

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( 上品な雰囲気を醸し出すアルビア公園の朝 )

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( トーレス・イソザキが顔を出すアバンド地区の高級マンション街 )

アバンド地区にあるアルビア公園:Jardines Albia は、とてもお上品な緑地。南の縁には、有名なカフェやバルも並んでいます。気の向くままに通りを歩いていると、ひょっこりトーレス・イソザキが顔を出すこともあります。どの通りも整然としているためでしょう。全く異質な建築が、いっしょに目に入っても、そんなものかと受け入れてしまいます。

ネルビオン川の少し下流まで戻ります。

グッゲンハイム美術館を横目に見て、デウスト大学のそばの遊歩道に出ます。
デウスト大学は、この地域の名門私立大学です。左のガラス多用のビルが新館で図書館、右の赤い屋根と白壁の建物が本部です。授業のある期間は、わりとお洒落な学生が、観光客といっしょに二つのキャンパスを結ぶ橋を行き来しています。

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( グッゲンハイム美術館付近からデウスト大学を見る )

大学を通り過ぎると、2017年9月現在、ビルバオで一番高いビルのイベルドローラ・タワーのあたりに出ます。
近くで見ると、銀色に輝く大きな高層ビルです。イベルドローラ社は、電力やエネルギー供給事業を行なっているグローバルな会社で、事業は拡大の一途をたどっています。儲かっている会社なんだなあ、と納得してしまいました。

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( イベルドローラ・タワー・ビルと周辺の高級マンション )

タワーの下あたりは、ここ10年ばかりの間に次々とできた新築の高級マンション街です。少し余裕のある若い世代が似合いそうな街並みです。

マンション街の都心部寄りには、昔からあるビルバオ美術館が鎮座しています。内外ともにリニューアルされました。万人が想像するような展示内容です。変わり映えがしないとも言えますが、グッゲンハイム美術館の超現代アート振りにびっくりしてしまった気持ちを落ち着かせるために良い空間かも知れません。

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( ビルバオ美術館と、右の新築高級マンション群 )

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( 1986年ごろのビルバオ美術館。今より地味で古風 )

ビルバオ都心部の住宅街は、どこへ行っても落ち着きがあり、整然としています。伝統的バスクスタイルのマンションと21世紀タイプの新築マンションが共存できています。ガラス張り、奇妙な形のビルやオブジェも、当たり前のように目に入ります。法律さえ守れば何でもあり、という感じで作ったとは思えません。隣近所のビルを意識しながら、でも、自分はセンスあふれるユニークなビルを上手に建てるぞ、という意気込みを感じてしまいます。

これが、21世紀に再躍進中のビルバオが持つ魅力のような気がします。

                                                         その3 了





ビルバオの歓び  その2 パノラマビュー

ビルバオの歓び 

その2 移りゆくパノラマビュー

高台に登って、ビルバオのパノラマをしみじみと見つめます。

都心の北側に横たわっているアルチャンダの丘:Artxanda  の公園に来ました。アクセスは、ふもとからケーブルカー:Funicular  、バス、クルマ、急坂歩き、といろいろ選べます。

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 ( ケーブルカーのアルチャンダ山頂駅 )

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 ( アルチャンダ公園内の芝生 )

アルチャンダ公園内には、バリクカードのデザインに採用された指紋の彫刻があります。大きな緑地で、陽ざしのある週末の昼下がりはピクニック客でにぎわいます。

公園の展望台から眺めたビルバオ都心部です。あいにく、うす曇りで、すこし印象が暗いかも知れません。30余年の移り変わりを、少しづつ思い出しながら、街のランドマークを見つめました。

ビルバオは、すぐ近くまで山が迫っている都市であることが分かります。

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( アバンド地区全景。 右下がグッゲンハイム美術館とサルベコ・スビア)

真ん中の黒いペアのビルが、”イソザキ・タワー”。左に視線を移動し、白いビルのやや左奥、赤っぽい高層建築が、BBVAという銀行の本店タワーです。1980年代から変わらぬ姿を見せているランドマークのひとつで、とても懐かしいです。BBVAタワーの左下に、RENFEのアバンド駅がありますが、見えるか見えない状態です。
高層ビルの間に見える赤い屋根のビルは、おおむね7-8階建てで、高さがほぼそろっています。大半が、オフィスビルや高級マンションです。

視線を振ると、右下にグッゲンハイム美術館が見えます。

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( ビルバオ都心の西寄り )

灰色の丸い高層建築は、イベルドローラ・タワー。2017年9月現在、ビルバオで一番高いビルです。
「こんな超高層ビルもできたんだあ」と、驚いてしまいました。
その右後ろ、赤い屋根と黒い壁面の大きな建物が、” ウスカルドゥナ:Euskalduna ”です。州立の会議場兼大ホールです。白く平たい建物は、サン・マメス・スタディアム。名門サッカーチーム、アスレティック・ビルバオ:Athletic Bilbao  の本拠地です。

中央の流れはネルビオン川:Nervion。ビルバオ川ということもあります。

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( 港湾設備と工場が林立していた1986年のネルビオン川風景 )

1980年代まで、川沿いに連なっていた港湾設備、造船所、鉄工所などは、ほとんど姿を消しました。グッゲンハイム美術館や緑地、中層マンションになって、21世紀のビルバオを代表する街並みとなりました。
往時をしのぶために、クレーンや埠頭の一部が保存されていて、公園化されています。
感慨もひとしおです。

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 ( モニュメントのクレーン。後方はサン・マメス・スタディアム)

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( 埠頭跡地の遊歩道。後方が下流。奥の右岸の更地が再開発予定地)


いま、市当局が取り掛かり始めたプロジェクトは、川の右岸にある工場跡地の再開発です。本流から分かれた運河を生かして中洲をつくり、そこにユニークなデザインのマンションを作るのだそうです。

基本プランは、イラク出身のイギリス人建築家、故ザハ・ハディッド氏のデザイン。2020年東京オリンピックの国立競技場設計コンペの初代当選者です。大屋根が宙返りしているようなユニークなデザインを覚えている方も多いと思います。工事が難しく、見積額が倍々ゲームのように膨れ上がって政治問題となり、結局、流れてしまったことは記憶に新しいです。

ビルバオ市も、故ザハ・ハディッド氏のデザインが高くつくことは承知のうえで、それなりの皮算用をして再開発を進めるようです。
ユニークだけれども、心地良さそうな街並みができる予感がします。それが、話題を呼び、さらに街に活気が出る様子を、私も、是非、見たいです。



ビルバオの歓び  その1 グッゲンハイム見ずして


ビルバオの歓び   2017年9月


その1  グッゲンハイム見ずしてビルバオ観光なし

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 (グッゲンハイム美術館正面と下をくぐるトランヴィア)


いまや、グッゲンハイム・ビルバオ・美術館:Guggenheim Bilbao Museoa " は、ビルバオ観光の目玉。そして、ビルバオの顔であり、ビルバオ再生のシンボルです。

ご当地での発音は、「グッグアイム」 (グッグアイム)。市電のトランヴィアの案内放送でも、同じ発音が聞こえます。

ポーーン ”グッグアイム” (案内放送)
(観光客動ぜず)
「あんたがた、美術館に行くんじゃないの?ここだよ!」
「えっ!」(ダッシュで飛び降り)
(窓越しに手を振って、おばさんに「ありがとさん」。内心で、「ああっ、危ないところだった」)

という風になります。

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(グッゲンハイムを背に走るトランヴィア。ちらりと、人が抜け出た形の彫刻が見える)

”美術館”の部分は、ウスケラの ”Museoa” が正式名称です。
いわゆるスペイン語では、おそらく、Museo Guggenheim Bilbao となるのでしょう。けれども、単にひとこと”グッグアイム”、と言えば分かるので、実生活では、なんら問題ありません。

グッグアイムは、1997年10月に開館しました。当初は、あまり注目度もなく、「けっこう奇抜な形の美術館ができたの」という感じで言われただけです。1999年にそばを通ったときも、ふんふんとうなづいて、数分眺めただけでした。

「あのとき、もっと、みんなにPRしていれば、今ごろは・・・・・・」と、後悔すること、しきり。観光客目線の悲しいところです。

グッゲンハイム美術館の最大の展示物は、美術館の建物そのものでしょう。アメリカ人建築家フランク・ゲーリー:Frank Gehly の作品です。”変な作風のおっさん”、と言われていたのが、これをきっかけに、大人気になったらしいです。

彼の才能を見破ったビルバオ市の先見の明に拍手喝采です。
「いやあ、候補作の中で、猛反対が多かったので、コンチクショーと思って採用したんです」、という、感じかも知れません。

多くの方が、グッゲンハイム美術館の周囲をひとめぐりし、お犬さまのパピーや屋外彫刻を遠目に見ただけで、それなりに満足されているのが、とっても新鮮です。

ビルバオにいるときは、朝な夕なに周りをうろつき、チタン合金でできたバラの花、あるいは船をイメージさせる百面相のような建物を、自己流で堪能していました。

評判によりますと、晴れの日の夕暮れ、西側のデウスト大学付近にかかる橋の上から見える姿が最高のようです。淡いオレンジ色に染まるグッゲンハイムと、背後のサルベコ・スビア(橋):Salbeko Zubia の真っ赤なアーチが脳裏に焼き付くようです。

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(グッゲンハイムとサルベコ・スビア。もう少し離れた場所から眺めるのがお薦めのようです)

私は、雨上がりの夕陽に照らされたグッゲンハイムを見るのが精一杯でした。曲面が、品よくうすいオレンジ色に輝いています。朝か夕方でないと、うまく輝きが出ないようです。

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(雨あがりの夕陽に映えるグッゲンハイムと犬のパピー)

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(朝のグッゲンハイム。橋といっしょに写真を撮ると逆光です)

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( デウスト大学前の橋。ここに行って夕陽の写真を撮りましょう )

ビルバオは、雨が多いので、是非、晴れ女、晴れ男になって、評判の姿を目にしてください。

美術館入口は、そばを流れているネルビオン川の反対側にあります。2017年9月時点での入場料は、大人1名10ユーロでした。小さなバッグ以外は、すべてクロークに預けて入館します。

Guggenheim のパンフレットと見取図
(グッゲンハイム・ビルバオのパンフレット表紙と館内図)


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(グッゲンハイム・ビルバオ美術館正面口)

室内展示品は、超モダンアートの絵や彫刻、映像です。アバン・ギャルドなものがいっぱいあります。具体的な作品名は、ほとんど知られていません。いまのところ、パピーや屋外彫刻ばかりが有名になっています。

室内展示品は撮影厳禁です。ホールなどの構造物の撮影はOKです。インテリアの一部みたいな作品もあり、係員が写真を撮らないよう注意していました。

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(グッゲンハイム内部。ガラスと中空の渡り廊下がいっぱい)

内部は、ガラスをたくさん使い、自然光がいっぱい入るようになっています。花びら状の建物なので、展示室を移動するときは、宙に浮いたような渡り廊下を伝わって移動します。

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(朝の陽差しに輝くチタン合金の曲面。後ろにサルベコ・スビアが見え隠れ)

私の感想です。
「抽象画は、胸に直接飛び込んでくる響きのある作品があり、けっこういけます。映像作品は、どこかで見たようなスピリチャルの修行場面みたいのが多く、あんまり独創性がありません」
「うーーん、霊感でハイになって寺で修行中とか、服を着ないでヨガをやっている感じかな」

当日は、フランス人がいっぱいいたのですが、あまりのモダンアートぶりに圧倒されたようです。入場前のおしゃべりはどこへやら。静かに作品を鑑賞していました。

室内の作品を見終えてから、屋外の作品を見ます。
見逃してはならないのが、有名な、”チューリップ”です。外から見ると、遠目になりますので、館内にいるうちに近寄って見ます。さわれません。

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 (チューリップ:アメリカ人ジェフ・クーンズ作。Tulip, Jeff Koons )


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(チューリップの展示と背後のビルバオ市街)

チューリップは、ネルビオン川沿いに張り出したテラスの上にあります。

館内から出ましょう。玄関前に鎮座しているのが、花で作った犬のパピーです。
パピー:Puppy、はご当地の音で”プピー”。チューリップと同じジェフ・クーンズ作です。

パピーは、かなり大きく、怪獣のような量感です。両目の上に金属の角が生えていますが、スプリンクラーです。花の維持が大変なようで、ところどころに枯れかかった株がありました。次の植え替え時期はいつでしょうか。

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 (花で作った犬のパピー)

パピーは当初、客寄せのための期間限定展示だったそうです。人気が沸騰したので、いつの間にか常設展示になりました。

この犬は、美術館にケツ、いや、お尻を向けています。

「パピーは、どこを見ているんですか? 目線の先にペアになる像や建物があるの?」
「えっ? 知らない。どこも見てないと思う」
「ふうーん、じゃあ、ビルバオの未来でも見ているのかなあ」
「そう言われてもねえ・・・・・・」


続いて、ネルビオン川沿いに降りて屋外彫刻を見ます。

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(グッゲンハイム館外から見た夕暮れの Tall Tree and the Eye )

チューリップの花びらの手前にある ”高い木と目玉:Tall Tree and the Eye” です。インド人のアーニッシュ・カプーア:Arnish Kapoor 作です。銀色の玉に映る景色にも目をこらしましょう。

周囲の池にも展示作品があります。ナカヤ・フジコ(中谷芙二子)作の”霧の彫刻:Fog Sclupture)で、時間を決めて、霧吹きショーがあります。
夜の光のショーをする作品もあるようですが、見落としました。

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( Tall Tree and the Eye と池。背景はデウスト大学本部 )

池を過ぎて、サルベコ・スビア寄りに向かうと、蜘蛛の彫刻ママン:Mamanが、足を広げています。アメリカ人ルイーズ・ブルジョア:Louise Bourgeois 作です。

ママンを見て平気な人もいれば、「キモー」となる人もいるようです。思わず殺虫剤をかけたくなるのでしょうか。
「見る人に深い印象を与える」という意味では、作者のテーマ選びは成功です。

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(ママン:Maman)

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(ママンと、左グッゲンハイム美術館、奥デウスト大学本部)

ママンの下を抜けると、サルベコ・スビアの下をくぐり、トランヴィアの線路沿いに出ます。巨大な板チョコを人の通った形にくり抜いたような彫刻と、逃げる人間像が置いてあります。

近くにはアイスクリーム・スタンドもあるので、日中の暑いときは、ついつい足が向いてしまいます。

グッゲンハイム美術館と一体化した景観を構成しているサルベコ・スビアを、うまく写真に撮るのは、ちょっと大変です。徒歩で橋の歩道に出て、少し移動するのが王道です。空港と市内を結ぶバスが、ここを通るので、前の席から1枚撮ることもできます。チャンスを狙っていないと、失敗します。クルマでも、駐停車禁止場所なので撮影は大変です。

昔、横浜のベイブリッジができたとき、夜景見物のため橋の上でクルマが徐行するので大渋滞になりました。同じ感覚の場所ですが、交通マナーはきちんと守りましょう。


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(サルベコ・スビアの赤いアーチと、右のグッグアイム )

とにかく、グッゲンハイム美術館詣ができたので、気分もすっきりです。

ビルバオ観光客としての最低限のノルマをクリアーです。



























ビルバオ再訪

ビルバオ再訪   2017年9月


2017年9月、ビルバオを再訪しました。
初めて来たときから、30年以上、経ってしまいました。
人と人とのご縁がある場所は、いつまで経っても心に残ります。私の心が映る街並みは自分だけの風景です。けれども、それだけは自己満足に過ぎません。多くの旅人が惹かれるように、あなたの街をアピールするのも私の役目です。

198609ビルバオ市中心方向遠望再開発前
 (ビルバオ都心部を望む。中央の白いアーチは、旧サッカースタジアム 1986年9月)


街は、輝いていました。

建物は、すす払いをして、きれいになりました。モダン建築が、あちこちに増えています。
通りは清潔で、定期的に道路清掃車が、道端のゴミやシミを掃除しています。
治安は、とても良く、たいていの場所では、女性でも夜の一人歩きができます。
街全体の雰囲気は、落ち着いています。その中に、実力に裏付けられた躍動感や、未来志向のチャレンジ精神を感じます。

DSC05889
 (2017年のビルバオ都心部。高層ビルの背後の白い建物が、現スタジアム)

(*1枚目の写真と、見る方向が異なっています)

こんにちのビルバオには、現在の日本にない、明日への限りない確信があります。30年前の倦怠感やジリ貧ムードは、ものの見事になくなっていました。

私も、数日かけて新生ビルバオの未来志向に触れて、気分一新を目指します。
けれども、時間は刻一刻と過ぎていきます。

「月日は百代の過客にして、行き交う年も、また旅人なり」

松尾芭蕉作、”奥の細道”の、一節が脳裏に浮かんできました。

「もしかしたら、これが最後かも知れないよ。心して見よ」と、言われているようです。
抱き枕に体を預け、過去と現在を夢に映すようにビルバオの街に入り込むことにします。






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