やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

2021年03月

パリの橋 6 自由の女神がここにも

パリの橋 6 自由の女神がここにも   2021年3月記

パリ市内のセーヌ川の一番下流あたりにも「自由の女神」があります。観光客には意外と知られていません。
「だって、『自由の女神』って言ったら、ニューヨークでしょ」
「ええ。まあ」、と、声も小さくなりがちです。

P31自由の女神レプリカ白鳥の島198808
( セーヌ川の中洲の突端に立つ自由の女神のレプリカ )

「でもね、一流のパリ観光客を目指そうと思ったら、このくらいと知らないといけませんね」
「ああ、そういうことね」

この自由の女神はレプリカです。フランス革命100周年記念にニューヨーク市民有志から贈られました。なんか、ほのぼのする話です。そして、本当に大切にしなければいけないのは、こんな記念碑ではなく、「自由」そのものです。

エッフェル塔からセーヌ川の下流を眺めると、自由の女神のレプリカが立っている中洲の突端もみえます。その近くに架かっている橋は「グルネル橋」です。

P31E塔から自由の女神方向セーヌ
( セーヌ川の中洲をエッフェル塔から見下ろす )

パリ通を標榜する観光案内ブログでもあんまり登場しないスポットです。我こそは、移住者でもなく、駐在員や留学生でもないパリ通観光案内を上梓したいと思う方、是非、コロナ禍明けにはチャレンジしてみてください。パリを見る目が一段と広がります。



パリの橋 5 セーヌを渡ってオステルリッツ駅

パリの橋 5 セーヌを渡ってオステルリッツ駅    2021年3月記

地下鉄と大河は相性が悪いようです。

20世紀スタイルの地下鉄は、大きな川を橋で跨ぐケースが多いです。
パリのメトロ5号線のオステルリッツ駅(アウステルリッツ)も地上2階にあります。東に向かう電車に乗ると、駅を出て3秒後にはセーヌ川の上にいます。

P13パリのアウステルリッツ橋198809
( メトロ5号線セーヌ川橋梁から眺めた上流方向 )

オステルリッツ駅の対岸地区は、1980年代には現代的なビル街になっていました。1990年代になると、ビル街の川沿いの再開発が進み、ベルシー地区に新たなショッピングモールができました。パリ市内にモダンなショッピングモールなんてありませんから、できてほやほやの頃の週末は大賑わいでした。

P15アウ駅高架5号線198009
( 高架線でオステルリッツ駅に入るメトロ5号線 )

メトロ5号線は、なんと、セーヌ川を渡った次の駅はリヨン駅ではありません。線路が急カーブ、急こう配で地下に潜るため、リヨン駅をかすめるように走るのです。アウステルリッツ駅とリヨン駅の間で長距離列車を乗り継ごうとする旅行者は、重い荷物を引きづってセーヌ川を渡るか短距離タクシー移動です。そんな旅行者が多いはずはないのですが、「パリのメトロと国鉄の連携って悪いな」と感じた記憶が残っています。

P14アウ橋メトロ5号線1等車があった198009
( セーヌ川を鉄橋で跨ぐメトロ5号線。1988年ごろ )

昔のメトロには1等車が連結されていました。編成中央の黄色っぽい色の車両です。座席や内部は2等車とほぼ同じですが、運賃が高い分だけ空いていました。車掌さんの1等キップチェックがあるわけではないので、1990年代半ばには廃止されました。

これを、ヨーロッパの階級社会のゆっくりとした崩壊過程のひとつと見るのか、単に時勢の変化によるサービスの変遷なのかは識者により言い分が違うような気がします。

何事に対しても不感症にならず、そういう議論をする姿勢がとっても大事なんだ、と私は思います。




パリの橋 4 メトロが跨ぐSNCF

パリの橋 4 メトロが跨ぐSNCF     2021年3月記

パリのメトロにも、ご多分にもれず高架区間があります。

市内北部を弧を描くように走る2号線も、車窓からサクレクール寺院がちらりと見る高架区間がありますし、フランス国鉄SNCF北駅のすぐそばを線路は通ります。

Pメトロ2号線GdNord付近201509
( パリ北駅北方を跨ぐメトロ2号線 2015年)

国鉄の線路の数は多いので、メトロの高架橋も本格的なトラス構造の橋です。

PメトロGdNordを跨ぐ201509
( SNCFの跨線橋からメトロと特急タリスを見る 2015年 )

鉄道好きな方々なら、いっぺんくらい立ち寄って、北駅(ガール・デュ・ノール)にひっきりなしに発着するユーロスターやタリス、通勤電車などを眺めてもいいと思います。ヨーロッパでは、鉄道が、まだまだ公共交通機関として重要な地位を占めていることが実感できます。日本とは違う鉄道風景を眺めれば視野もぐんと広がります。





パリの橋 3 メトロが渡るビラッケイム橋

パリの橋 3  メトロが渡るビラッケイム橋     2021年3月記


パリのメトロも、ところどころで地上に顔を出して走ります。2号線のガール・デュ・ノールの北側や6号線のビラッケイム(ビラケム)あたりの高架区間が有名です。

P31ビールアッケイム橋を渡る電車と女神199007
( 2階建てのビル・アッケイム橋をエッフェル塔から望む。1990年8月 )

特に、エッフェル塔近くのビラッケイム駅:Bir Hakeimあたりは、窓の外が明るくなったと思ったら、電車がセーヌ川を渡っているわ、エッフェル塔がけっこう間近に見えるわ、で観光客ながらに興奮するわ、わくわくするわの路線です。

私は、東京の丸の内線の本郷三丁目から後楽園に向かうときみたいだな、と感じています。地下鉄の電車がいきなりトンネルを抜け出たと思ったら、次の瞬間には高架橋になり、道が視線のかなり下に見えて、初めての者はびっくりしてしまうパターンが両者そっくりに思えました。

P31ビールアッケイムの6号線電車198608
( シュルシュルっとメトロが橋を渡って駅に着きます )

我が家の子供たちも、そばに座っていた初老のパリジャンに
「坊や、ほら、窓のそとにエッフェル塔が見えるぞ」みたいなことをジェスチャー混じりに囁かれて興奮していたことを覚えています。

パリジャンだって、いつもいつもツンツンしているわけではないのです、と実感できた場面でした。

エッフェル塔界隈は、けっこう現代建築が増えています。観光客にはありがたくないようですが、モダンなビルで働く官僚気分や、居心地のよい高級マンションの居間でエッフェル塔を眺めるなんていうのは、フランス人にとっても贅沢のようです。

P31ビルアッケイム橋俯瞰201905
( 2019年になっても、現代風のビルがちょっと増えた程度のビラッケイム橋)

30-40年経っても、パリの街並みって、あんまり変わっていません。

「それがいいのよ」、と日本人のパリぞっこんマダム。
「古臭い建物ばかりで新鮮味がないわ」と、恋する乙女心を持ち続けるパリジェンヌ。







パリの橋 2  運河の橋

パリの橋 2  運河の橋    2021年3月記


パリの橋渡りは、意外な場所から始めましょう。

下町のサン・マルタン運河やヴィレット運河に架かる人道橋です。階段で上り下りします。パリの下町が出てくる映画とか風景画で見たことがあるのではないでしょうか。

P11朝のサンマルタン運河橋199007 明
( サンマルタン運河に架かる人道橋 )

運河の両側に建物が続く地区もあります。昔むかしの映画「北ホテル」では、まさにホテルの前に運河と橋がある場面が映っていました。

人道橋は、下を船が通れるように高く作ってあります。
「じゃあ、クルマはどうやって運河を横切るの」
「運河の水位が段差で低くなった場所に橋があります。跳ね橋ではないので、クルマや人は四六時中通れます。けれども、クルマが通れる橋はあんまり多くありません。歩行者は遠回りがいやなので、階段を上り下りするタイプの橋を行ったり来たりしています」
「ふうん。そうだったんだあ」
と、パリを分かったか、分かっていないのか意味不明の相槌を打ちます。

サンマルタン運河閘門201509
( 閘門(こうもん)と「門」型の人道橋 )

サンマルタン運河は、昔は船の行き来も多かったようですが、20世紀後半からは専らレジャーや観光用です。市民の皆さんは、ぶらぶらしながら水辺の風景を楽しんだり、1日2-3往復する観光船に乗って運河クルーズを楽しんでいます。船に乗ると、運河のトンネルをくぐり抜けたり、閘門を20分くらいかけて船が上り下りする場面を体験できるそうです。

「いいね。今度、行ってみよ」
「そう言っても、大半の日本人はパリ3泊4日くらいです。なかなか、10区から19区、20区あたりに足を伸ばせません」
「そうかあ」

ですから、写真やセンスのよいエッセイを読んで、パリの水辺風景を楽しみましょう。最近では、サンマルタン運河と一体化した北のヴィレット運河あたりが再開発で驚くほどきれいになりました。水面すれすれの遊歩道や21世紀スタイルの人道橋を渡って、新しいパリを楽しみましょう。

サンマルタン運河と船と人道橋201509
( 21世紀スタイルのヴィレット運河の人道橋 )

水質浄化も成って、すっかり憩いの場と化したヴィレット運河と公園には、ゆったりとした時間が流れています。






パリの橋 1 橋の下と眺め

パリの橋 1   橋の下と眺め      2021年3月記

古いシャンソンに「パリの橋の下で:Sous les ponts de Paris」という曲があります。

昼間はセーヌ川沿いに開けたパリの華やかな街並みを橋をくぐり抜けながら見ても、夜になると橋の下は格安のホテルになります、という意味の曲です。

たまに聞くと、なかなか味わいのある歌詞です。セーヌ川にいっぱい架かる橋のさまざまな姿を、少し悲しげに歌っているかのようです。

P11橋トゥルネル橋スリー橋198809
( 今はなきノートルダムの尖塔越しにセーヌ川と橋を見る )

今ではセーヌ川に、パリ市内だけで30以上の橋がかかっています。運河にかかっている橋や高架橋もあります。パリのセーヌ川の橋は、どれひとつとして同じデザインの橋がないそうです。東京も、この発想を採り入れ、隅田川の橋のデザインはひとつずつ工夫を凝らすことにしたようです。

パリは「水辺の都市」ではないので、観光客で数日滞在しても、セーヌの橋なんか1回か2回しか渡らないでしょう。ましてや、都心部の橋をじっくり味わいながら歩いて渡ったり、セーヌ川クルーズ船から見上げるなんてことは、そうそう体験していないと思います。

P11朝のサンマルタン運河橋199007 明
( パリ風のサンマルタン運河の「門」型歩道橋 )

そういうパリB級、C級の記憶としてセーヌ川の橋を有名なシャンソンを頭に響かせながら渡ったり、くぐったりしました。



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