やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

2021年02月

パリの門めぐり6  パリという鬼門

パリの門めぐり6  パリという鬼門    2021年2月記


パリで一番、ハードルが高いのは「パリ」という門です。

この鬼門は、一部の方々の前にしか立ちはだからないのですが、観光客や留学生、駐在員を問わず、心に中に建っています。パリ鬼門を前にしたならば、速やかに誰かに背中を押してもらい、早く門を潜り抜けることです。いつまでも、うっとり眺めていると、永遠に鬼門はくぐれません。

シャンゼリゼより凱旋門正面小サイズ198009
( パリ鬼門は、いろいろな姿に変わって心の中に入ってくる )

パリは、「見せる」都市づくりに力を入れてきたので、大勢の観光客やガイジンがパリに魅せられます。ニッポン人は、文明開化を通してフランスやパリのイメージを作ったので、「華の都パリ」にぞっこんです。私だって、最初は、そんなイメージでフランス語を第2外国語として選択したのですから、フランス政府のイメージ大作戦は成功してるのです。

201905パリブイヨンChartier内装
( アールデコ調の天井が読者の心にからみつくかも)

ただ、文学や絵画のイメージだけでフランスを見なかったことや、フランス語の先生が、けっこう皮肉っぽい視点で現代フランスの光と闇を語ってくれたことで、パリの鬼門は通り抜けることができたようです。そういう意味で、とてもフランス人っぽい先生であったようです。ありがとうございました。

テルトル広場お約束明修正199007
( テルトル広場は今日も観光客でいっぱい、のはずがコロナで・・・・・ )

曰く、
「パリのアパートの平均面積なんて東京以下だからね」
「(当時の)ソ連や東欧と国境を接していない分、共産主義のイメージがよいんだよ。それに、ソ連が攻めてきたら、真っ先に攻め込まれるのはフランスじゃないしね」
「フランス外食産業最大の売り上げを誇る『マクドナルド』」

皆さんは、どんなジョークや皮肉を耳にしたでしょうか。
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パリの門めぐり5   サンドゥニ門

パリの門めぐり5   サンドゥニ門   2021年2月記

現存するパリの門めぐりの最後は、サンドゥニ門(サン・ドニ)門です。
メトロの、ストラスブール・サンドゥニ駅下車徒歩1分の立地です。

サンドゥニ門は、サン・マルタン門より西へ100mほど行った場所に建っています。ルイ14世の命で1672年に完成したそうです。記念碑なので、門としての実用性はありません。

偶然なのかどうか分かりませんが、普通に「市の門」と想像するとき思い浮かぶような形の門が、2つ隣接しています。けれども、全然、観光名所ではないし、それどころかサンドゥニ門の奥の方は暗くなると危ない、などという噂も立つ地区です。

Parisサンドニ門正面0504
( 彫刻が印象的なサンドニ門:Saint Deni )

ルイ14世の遺体は、ここを通って墓所のサンドゥニ(サンドニ)大聖堂へ運ばれたそうです。けれども、門自体は全然、悲壮感などありません。当時も今も、とにかく、ハコモノを作ればよかったのです。

198809サンドニ門横風景
( 1989年夏ごろのサンドゥニ門 )

サンドゥニ門も大通り沿いに建っているので、30-40年ほど前は、自動車の排気ガスで黒ずんでいました。ブラブラ歩き、とか、環境に優しい街づくりなんて発想が出てくるまでは、門のあるサン・マルタン通りやボンヌ・ヌベル通りはクルマがいっぱいでした。このあたりは、どちらかというと下町風なので、ワイワイがやがやの雰囲気です。



Parisサンドニ門斜め前0504
( すっかり化粧直ししたサンドゥニ門 )

私は、この近くを所用で訪問したときに、近くのレストランに行ったので門の存在を知っていたのですが、普通は、あえて門めぐりをするか、ホテルが偶然に近くであったなどの理由がないと、サンマルタン門やサンドゥニ門のことは知りません。

「東京へ来るガイジン観光客が、わざわざ亀戸天神などへ行きませんよね」

Parisサンドニ門Bヌーベル大通0504
( サンドゥニ門と、ボンヌ・ヌベル大通り )

「でもね、周りは普段着のパリっていう感じの場所ですよ」
「いろんな人がいっぱい歩いています。これが、治安注意説の原因かも。自分だって、胡散臭い方に入っていることに気づかない方々の言い分のようですね」

それなりに美しく修繕されたパリの街並みと門を楽しみましょう。
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パリの門めぐり4  サンマルタン門

パリの門めぐり4  サンマルタン門     2021年2月記

パリの門、4番目の訪問先はサン・マルタン門です。
Parisサンマルタン門近影0504
( 午後の日差しに映えるサン・マルタン門)

「聞いたことないなあ。どこにあるの?」
「メトロ4号線や10号線の、ストラスブール・サンドニという駅で降りたらすぐの場所です」
「へえー。でも、あんまり観光では行かない場所ですね」
「ええ、至って普通のパリの街並みが続いています。観光客のいないパリの風景って感じです」

サン・マルタン門は1674年に完成したそうです。すぐ近くにあるサンドニ門と双子のような門です。どちらも、あのルイ14世の命令で建設された記念碑的な門です。実用性はありません。

198008サンマルタン門ルモニエ事務所から望む汚れ有の頃 (1)
( 近くの建物からのぞいたサン・マルタン門)

40年ほど前のサン・マルタン門は、自動車の排気ガスで、やや黒ずんでいました。石組のへこみには雑草も生えていました。邪魔者扱いまではいきませんが、長い間、あんまり手入れしていなかったようです。ところが、2019年に近くを通ったときは、きれいに化粧直しされてベージュ色の美しい姿で建っていました。パリ美化作戦のひとつとして、すす払いをしたようです。

Parisサンmarutann門あれこれ0504 (5)
( パリの日常に溶け込んだサン・マルタン門)

サン・マルタン門は、昔も今の当たり前のようにパリの街並みと一体化しています。けれども、パリで、門のある街角なんて、ここと、お隣のサンドニ門くらいで、実は珍しいのです。

3度目、4度目のリピーター観光客となったら、たまには、ストラスブール・サンドニ駅で降りてみましょう。名所めぐりでは味わえないパリの雑多な日常も体験できます。ついでに、大通りの交差点そばにあるスーパー「モノプリ:Monoprix」にも寄れます。

「うーん、東京でいえば五反田とか錦糸町みたいな感じかな。それなりの繁華街でにぎやかなんですが観光客と縁遠い」

                                                                了

パリの門めぐり3 カルーゼル門

パリの門めぐり3  カルーゼル門   2021年2月記

3番目のカルーゼル凱旋門( Arc de Triomoph de Carrousel )は、5つの門めぐりのちょうど半ばです。

カルーゼル門は、ルーブル美術館の西寄りに鎮座しています。ルーブル美術館の入場に気を取られて見落としがちですが、緑の木々に囲まれてたたずむ姿をぜひ、思い出してください。

美術館入場の列に並んでいると、こんな風に見えます。
「あっ、あれね。カルーゼル門って言うんだ」と、いう印象でしょう。
Parisルーブル前カル門221905
( 見るだけがほとんどのカルーゼル門 )

この門も、本家の凱旋門と同じようにナポレオンの戦勝記念のための建造物。1808年に竣工しました。小振りなのでナポレオンは満足せず、もっと大きな凱旋門を建てることにしたのは、史書や案内書が語るとおりです。こんな小さな門でも装飾が凝っているので、完成までに2年かかったようです。見た目には半年もあれば、御の字で建てられそうなのですが、という感想です。

カルーゼル門は、パリの都市軸の東の端にあるので、門の真下まで来ると、遠くに凱旋門が見えます。

チュイルリーのカルーゼル門とシャンゼリセ補正明゙1986年9月
( カルーゼル門の先に除くオベリスクと凱旋門 )

チュイルリーのカルーゼル門アーチと凱旋門方面1986年9月
( 夕暮れのカルーゼル門、オベリスク、凱旋門 )

こういう風に、パリらしい一直線上にならんだランドマークをぜひ、身近かに体験しましょう。アメリカ合衆国の首都ワシントンのキャピタル・ヒルも、こんな風に一直線上に街を代表する主要建物が配置されていると聞いています。

コンコルドからカルーゼル門編集198009
( チュイルリー公園からカルーゼル門とルーブルを振り返る )

カルーゼル門をくぐった遥か先から振り返ってルーブルを見ると、こんな感じです。カルーゼル門の一直線上の先にルーブルのへこみがあることが体感できます。

「こういうアングルで写真撮ること少ないので、古い写真ですみません」

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パリの門めぐり2の5 夜の凱旋門

パリの門めぐり2の5  夜の凱旋門    2021年2月記

夜の凱旋門のライトアップも楽しみましょう。

今でこそ、あっちでもこっちでも華やかなライトアップが見られますが、つい20-30年前から始まったイベント。
せっかくなので、昔の凱旋門のライトアップを思い出しました。

凱旋門シャンゼリゼ聖夜199512
( クリスマスのライトアップのシャンゼリゼと凱旋門。1995年12月 )

フランスを代表する街並みだけに飾り付けも凝っています。

199512ライトアップの凱旋門補正小サイズ
( ライトアップされた凱旋門を間近に見る。1995年12月 )

闇夜に、ぼおっと浮かび上がるように光を当てています。現在ならば、やれ三色旗仕様だ、やれコロナ応援カラーだとか多種多様なことができるのでしょう。それはそれで良いとして、暗闇に浮かぶだけの門も、迫力がありました。周りに光が少ないので、とても目立っていました。

凱旋門の夜1988年8月補正
( 少しだけ闇に浮かぶ凱旋門。1988年9月 )

クリスマス以外は、単に門の周りから光をぼおっと当てているだけ。だからこそ、存在感が強かったのかも知れません。

「いやいや、あんたが年を取って、単にノルタルジーにひたっているだけだよ」
「それもそうだな。技術の進歩を素直に賞賛しましょう」

また、派手に染まった夜の凱旋門を見られたらいいなと思っています。
                                                           了

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