やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

2020年10月

圧巻のラグーザ・イブラを眺める

圧巻のラグーザ・イブラを眺める     2018年9月訪問

この場面こそ、ラグーザ観光随一の風景です。
201809ラグーザイブラ眺望陽光の下 (4)
( 陽光に輝くラグーザ・イブラの眺望 )

ラグーザ・イブラの最重要観光ポイントは、スーペリオーレ地区の斜面からイブラ全体を眺めることです。デリドリア教会:Chiesa dell'Idria の塔の青いタイル屋根を風景写真のアクセントとして入れると全体が引き立つようです。

絶景ポイントはサンタ・マリア・デッレ・スカーレ教会:Chiesa Santa Maria Delle Scale 前の小広場を代表例に、斜面を行き来する階段沿いに数か所あります。

どのアングルがお好みかは、一人一人の趣向によると思います。この眺望を見越して、斜面に建つ小ホテルやゲストハウスに泊まる旅行者も後を絶ちません。相対的に高い眺望の良い部屋を取って四六時中イブラの眺めを楽しむ方もいれば、ホテルの屋上や朝食の間のテラスから、独自のアングルでイブラ風景を目に焼き付ける方もいるようです。皆さんが十人十色のイブラの展望を満喫して帰路につければ万々歳ではないですか。

ラグーザ・イブラを目にしたときの圧巻は、写真ではなかなか表現できません。本物を見ると、写真よりも何十倍も奥行きと広がりがあることを実感します。朝昼晩と移り変わる日差しの変化や、建物の色合いによっても感じ方は変わります。たまたま、隣り合わせた見物人と、にっこり交わした笑顔や一言、二言によっても印象は変わるでしょう。ツアーで固まって歩きながら眺めず、自分たちだけで適当な距離感をおいて眺めるイブラ全景こそ、大切な場面のような気がしました。

まずは、明るい時間帯のイブラの眺望を楽しみます。

201809ラグーザイブラ眺望陽光の下 (2)
( ラグーザ・イブラ全体の眺望 )

三角屋根が印象に強く残るサンタ・マリア・デッラ・スカーレ教会脇からのイブラ風景も、多くの方々が絶賛するアングルです。

201809ラグーザイブラSスカーレ教会を入れて (2)
( サンタ・マリア・デッラ・スカーレ教会越しに見る夕暮れのイブラ全景 )
201809ラグーザイブラSスカーレ教会を入れて (1)
( サンタ・マリア・デッラ・スカーレ教会前の階段 )

スーペリオーレ側の斜面を少しずつ下りながら変わりゆくイブラの眺望を楽しみましょう。

201809ラグーザイブラSP間の急階段 (1)
( イブラ眺望を見るには急階段の上り下り )

階段や道の位置で、青い屋根のデリドリア(デリトリア)教会の見え方が上下左右に振れます。ドゥオーモは、イブラの丘の斜面に建っているので、見える場合もあれば、丘の頂上の大学の建物に隠れてしまう場合もあります。

201809ラグーザイブラ眺望陽光の下 (6)
( デリトリア教会とドゥオーモの塔が前後に並んで )
201809ラグーザイブラ眺望陽光の下 (5)
( 縦アングルにすると立体感も増すデリトリア教会 )

だんだんと坂の下に来ると、イブラのドゥオーモが視野の上部に動きます。
ラグーザイブラをディトリアより下って見るSep2018
( 少し見上げるアングルのイブラのドゥオーモ )

素人写真では、イブラがラクダのコブのような丘の上にあることが分かりにくいですね。

ラグーザイブラくびれ部デリトーリア教会Sep2018
( 小さなポポロ広場から見上げるデリトリア教会の青い塔 )

イブラとスーペリオーレの”くびれ”部からデリトリア教会を見上げました。この画面の右奥に、名所のひとつ「コゼンティーニ邸」があります。なんと、中に入るのを忘れてしまいました。個人客は、これだからたまりません。

デリトリア教会方向と正反対の側には時計塔が鎮座しています。

ラグーザイブラ時計塔昼間Sep2018
( イブラへの昇り口にある時計塔 )

時計が故障して、1日2回しか時刻合わせができないのは、イタリアというか地中海沿岸ではお約束の場面です。

「やっぱり、イブラの眺めは評判通り、すごかった」です。

2020年10月記   了

プチ・トリアノンのアモーでマリー・アントワネットの田舎ごっこ

プチ・トリアノンのアモーでマリー・アントワネットの田舎ごっこ   2019年4月訪問


最近のマリー・アントワネットブームにより、注目度も高くなったプチ・トリアノン:Petit Trianon。

そのシンボルがアモー:Hameau。アモーの中心となる建物が王妃の家(館):La Maison de la Reine と呼ばれる田舎家風の邸宅でしょう。王妃の家(館)は、離宮の本館以上に見落とせないポイントです。

本館は、マリー・アントワネットなしでも存在した建物ですが、王妃の家こそ、マリー・アントワネットなしでは存在しなかった建物だからです。

VersaillesPetit Trianon432アモー王妃の家と池のどか
( 王妃の家:La Maison de la Reine の全景 )

他の見物客が、ぶらぶらと進む方角に付いて行くと、木々の間越しに、大きな池と、ひなびた風情の数軒の建物が見えてきます。それが、アモーです。意味は、「村の風景」、とか「村里」です。ガイドブックなどでは「王妃の村里」と訳してあります。

アモーの英訳は、ハムレット:Hamlet。目からウロコです。

シェークスピアの有名な悲劇「ハムレット」は、主人公の名前だと思っていましたが、どうやらニックネームのようです。ですから、題名の「ハムレット」を無理に和訳すると「田舎王子の悲劇」って感じかも知れません。少し興ざめです。シェークスピアご本人からすれば、「あか抜けない純情一筋の王子の切ない、そして、少しダサイ悲劇」、というニュアンスを伝えたかったのかも知れません。

そういうことは、あまり深く考えないで、アモーに向かってずんずんと歩いて行きましょう。離宮内は広いので、いちいち哲学的になっていたら、すぐに閉館時間になってしまいます。

アモーの中心である「王妃の家」に近づきました。
VersaillesPetit Trianon433アモー王妃の家近景
( 「王妃の家」の近景 )
VersaillesPetit Trianon434アモー王妃の家と隣家
( 「王妃の家」の端にある、螺旋(らせん)階段 )

「何これ、ひなびた田舎家のどこが見どころ?」
「わああ、マリー・アントワネットの、お気に入りの館に、とうとう着いたあ!」

皆さん、ひとりひとりの思いが心をよぎることでしょう。

私は、「これが、うわさに聞いた『王妃の家』かあ。お気楽な王妃の遺物を見られて感慨深けだなあ」
と思いました。

内部は、外観からは想像もつかないような優雅で凝った造りのようです。

http://en.chateauversailles.fr/long-read/queens-house
ベルサイユ宮殿公式サイトでは、王妃の家の内部を画像つきで解説しています。

この建物は、いわゆる「自由見学不可の一般公開エリア」です。2018年5月から、「王妃の家」の内部見学を含む宮殿主催のガイドツアーもできました。催行日時は、公式サイトのフランス語の各種キップ、予約のページで確認できます。今のところ、英語や日本語の一般向けガイドツアーはありません。

2019年9月現在、ガイドツアーの追加料金は1人10ユーロです。ベルサイユのパスポート券や、トリアノンの単独入場券が別途必要です。

今回は、内部見学はパス。次回は、是非、ガイドツアーに参加したいのですが、もう1度ベルサイユに来られるでしょうか。シニアトラベラーなので、心配も常人以上です。

「王妃の家」や、その周囲の田舎家をざっと見てみました。

まず「王妃の家」の、らせん階段の裏側です。遠目に見えるのは水車小屋風の建物です。
VersaillesPetit Trianon435アモーらせん階段裏


「王妃の家」の池と反対側の裏手は、いわゆる台所見合いの家。「配膳の家」のような呼称です。
VersaillesPetit Trianon428 (42)
( 食事を作る建物と、「王妃の館」の渡り廊下の裏 )

「王妃の家」と並んで、池沿いに目だっているのが、「マールボロの塔:Tour de Marlborough 」という釣殿です。
VersaillesPetit Trianon428 (48)
( 「王妃の家」付近から見た「マールボロの塔」 )
VersaillesPetit Trianon428 (50)
( 「マールボロの塔」付近から見た「王妃の家」 )
VersaillesPetit Trianon436池をはさんでアモー
( 池の向こうに「王妃の家」、「見張り小屋」、「水車小屋」 )
VersaillesPetit Trianon428 (57)
( 「マールボロの塔」も入れて、「王妃の家」一帯を見渡す )

池の水は透明ではありません。流れがないので、濁り気味ですが魚やアヒルはいます。紅白のニシキゴイはいません。

池全体を見渡せる位置まで来ると、「王妃の家」を中心に田舎家が何気なく並んでいるのが分かります。計算された"田舎ごっこ"の究極の絵巻、です。

「いいね」、「なんだこりゃ」、のどちらもありでしょう。もう、歴史の結果は出ているので、観光客としてはアモーの人工の農村風景の美を楽しむのが最適だと感じました。私としては、無常観が漂った光景です。

建築費も、維持管理費も、眼の玉が飛び出るくらいであったことも想像できます。もちろん、マリー・アントワネット擁護派の主張のように、「当時の超巨額な国家債務の金額に比べれば、50-100億円程度など、たかが知れている」のでしょうが、節約可能だった出費であることも事実でしょう。

「でも、いいなあ。こういう暮らし好き」

「マールボロの塔」を過ぎると、田舎風景を管理していたスタッフたちの家が近づいてきます。牧草地あり、家畜あり、ブドウ畑ありのミニ農村です。
VersaillesPetit Trianon438マルボロー塔と黒ヤギ
VersaillesPetit Trianon441ブドウ畑と疑似農家
VersaillesPetit Trianon442疑似農家と家禽たち
( アモーの田舎風景を管理していたスタッフたちの建物 )

池越しに、アモーの主役「王妃の家」の全景を、もう一度、眼に焼き付けて歩みを進めました。
このあたりまで来ると、ほんとに人の気配が少なくなります。ベルサイユ人気沸騰でも、やっぱり、アモーは遠いのです。
VersaillesPetit Trianon王妃の家アップ
( アモーの「王妃の家」を目に焼き付けて )

快晴の青空、秋の黄葉、雪景色、そして嵐の夕暮れ、など、季節ごとに美しく、そして儚く(はかなく)佇むアモーを想って。

2019年9月記                        了




ラグーザでフィーキ・ディンディアみっけ

ラグーザでフィーキ・ディンディアみっけ  2018年9月訪問

シチリアのラグーザにやってきて、はじめてウチワ・サボテンの実を、間近で眺めることができました。

201809ラグーザフィーキディンディア拡大
( フィーキ・ディンディア。ウチワ・サボテンの実 )

イタリア語では 「フィーキ・ディンディア:Fichi d'India」 と言います。意味は、”インドのイチジク”。単数形は、フィーコ・ディンディア:Fico d'India です。

イタリア語って、けっこう、地名や現象を例えに使って全然関係ないモノの名前にすることが多い言語だなあと思っています。

虹(にじ)は、閃光のアーチ:Arcobaleno、
あんこう(鮟鱇)は、漁師のカエル:Rana pescatorice、

のような語句が少なくありません。
201809ラグーザフィーキディンディアとイブラ
( フィーキ・ディンディアの実の向こうにラグーザ・イブラ)

フィーキ・ディンディアは、近くで見ると、けっこうでかいです。棘(とげ)もいっぱいついてます。そして食用です。9月から11月ごろの秋の風物誌の果物のひとつのようです。私は、残念ながら食べませんでした。あんまり、美味しそうには見えませんでしたが、何事も挑戦すればよかったと反省しています。

フィーキ・ディンディアは、ラグーザの市街地を抜け出た道沿いに、いっぱい自生していました。中南米産の外来植物ですが、すっかりシチリアの大地に根付いてしまったようです。日本の「柿」みたいな印象です。売り物の立派な柿もある一方、そこいら中に野生の株がある点で似ている気がしました。

201809ラグーザフィーキディンディア自生
( 野生化した道路脇のフィーキ・ディンディア)

そして、売り物のフィーキ・ディンディアを栽培している畑だって見っけてしまいました。道沿いの一角にウチワ・サボテンの大きな株が規則正しく植えてありました。
201809ラグーザフィーキディンディア栽培
(フィーキ・ディンディアの畑)

どのくらいの規模で、どのくらいの量を出荷すると、それなりのサボテン栽培農家としてやっていけるのでしょうかという疑問がムクムクと頭をもたげてきましたが、いまだに答えを調べていません。

2020年10月記                     了



ラグーザ・イブラで墓参り

ラグーザ・イブラで墓参り    2018年9月


ラグーザ・イブラ観光中に、ちょっとだけ市営霊園に寄ってみました。糸杉の深い木立に囲まれた、すがすがしくもしんみりした空間でした。交通弱者のために、1日に2-3本、市営バスが迂回して市営霊園前経由となって立ち寄ります。私も、帰路は市営バスで街の中心部まで帰りました。

201809ラグーザイブラ霊園入口
( ラグーザ・イブラ市営霊園への入口)

海外旅行に行って、有名人の眠る墓地や都心部の墓地を訪れることはありますが、普通の街の普通の墓地はなかなか見学できないので、いい体験でした。ラグーザの人々の眠りを妨げないように、そおっと、そおっと、市営霊園の中を歩きました。

お墓参りにやってきた市民たちは遠目に変なガイジンがいるのを見て「何なんだろう」と思ったに違いありません。

201809ラグーザイブラ霊園正面
(  ラグーザ・イブラ市営霊園正面 )

どこの国でも霊園入口には花屋さんが陣取っているようです。きれいなお花が花立にあふれんばかりに売られていました。遠くから来た人、突然、思い付きで立ち寄ることにした人などが花を抱えてお店から出てきました。

「ちょっと間があいたから墓参りでも寄っていくか」という気持ちを感じることができて嬉しい気分でした。

201809ラグーザイブラ霊園大通り
( 霊園内の大通り。奥の方に祈祷所のような建物がある )

ここの霊園は、正門から奥に向かって真っすぐに伸びる糸杉の並木道の両側に個々の墓地が並ぶスタイル。宗教宗派は問わずの感じですし、キリスト教色が強く出ている感じもありません。けれども、実際のところは分からないというのが率直な感想です。

「ほら、あそこのお墓に来ている人たち、どうやら無宗教のようね」

と、一見、寛容そうな中年カップルが、キリスト教目線でひそひそ話をしているかも知れないのも、地方都市観光ならではの想像です。はずれていたら、ごめんなさい。

201809ラグーザイブラ霊園普通のお墓
( 普通のお墓 )

普通のお墓はいっぱいありました。花がそこかしこに生けられていて、けっこう色彩豊かな墓地風景です。最近のはやりは、故人の顔写真を墓誌に焼き付けることのようです。

201809ラグーザイブラ霊園一族合葬
( 先祖代々のお墓 )

次は、先祖代々のお墓のような大きめの墓地。ひとつの墓誌に何人もの埋葬者の名前が組み込んでありました。火葬した遺灰を収めるタイプの墓地かも知れません。普通の墓地に比べると、少しゆったり感が出ていました。

最後は、独立した霊廟のような建物の大きな墓地。世俗での財力を反映した威容を誇っていました。

「普通墓地の方々に比べれば、少しは足を伸ばして眠れるってもんですよ」という声が心の中に響いてきました。
天国では平等かも知れませんが、世俗のしきたりでは、やっぱり平等ではありませんね。

201809ラグーザイブラ霊園独立霊廟
( 立派な霊廟は富裕層の印か )

みなさま、どうかゆっくり安らかに眠ってください。合掌。

2020年10月記                               了

ラグーザ・イブラの路地裏徘徊

ラグーザ・イブラの路地裏徘徊    2018年9月訪問

ヨーロッパでも古い街並みの路地裏には、いろいろな情景が潜んでいます。私だけの街角、俺の見つけた場所が、いつまでも心の中の旅の記憶として残るでしょう。

201809イブラの路地クルマいっぱい
 ( ラグーザ・イブラの都市生活もクルマから。対面はスーペリオーレ市街)

ラグーザ・イブラも、そんな雰囲気がいっぱいの丘の街でした。ちょっと広い道には住民のクルマが隙間なく停めてありました。坂道をえっちらおっちら徒歩で上り下りするのは、もっぱら観光客です。

「クルマなくして、イブラの生活なし」
「観光客の皆さんは、イブラとスーペリオーレの境目の谷間の”くびれ”部にある公共駐車場にクルマを停めてね」

201809イブラのくびれ駐車場
( 二つの丘の縊れ部にある公共駐車場 )

朝、イブラの街のバロッコ建築の家々の壁はオレンジ色に染まります。9月の、ちょっぴりひんやりした朝の空気の中で私邸の庭木が、まだ黒っぽく並んでいる光景が目に入りました。

「窓から緑が見えるってのはいいもんです」

201809イブラの路地裏家の庭
( 朝日にオレンジ色にか輝く家の壁と、庭の木々)

ラグーザ・イブラをちょっと歩いて横道にそれると、斜面に立ち並ぶ家並みと、谷を隔てて見えるスーペリオーレの市街地や、対岸の崖っぷちが嫌でも目に入ります。せまい道を、ミニサイズのクルマやトラックがくねくねとハンドルを切りながら走ってくることもあります。

201809イブラの路地裏朝とスーペ
( 斜面に立ち並ぶイブラの住宅と対岸のスーペリオーレ遠望)

どこのお家も造りは立体的。どこが地下やら2階やら、それぞれの家ごとに違います。小ぎれいに整った家もあれば、ちょっと手入れがおろそかな建物もあるのは世界共通です。

201809イブラの住宅と階段
( イブラの家は階段と地下空間の組み合わせ)

崖沿いのアーチ構造の建物や路地風景に出会うこともあります。

201809イブラの路地裏アーチ
( 崖っぷちのアーチと路地沿いの家並み)

あんまり低い方へ行くと、ドゥオーモのある丘の上の方に戻るのが、結構ひと苦労。暑い時間だと、汗がどんどん噴き出してきます。

夏の路地裏歩きに、水のペットボトルと汗拭きタオルは必須です。

これからラグーザ観光を計画する皆さん、観光バスやクルマで、すうっとやってきてドゥオーモと展望台だけ見物して帰るなんて、もったいないことは考えないでくださいな、とお願いします。


2020年10月記                                              了



ラグーザの清楚なサン・ジュゼッペ教会

ラグーザの清楚なサン・ジュゼッペ教会  2018年9月訪問

サン・ジュゼッペ教会は、イブラのドゥオーモから東へ200-300メートル坂を下ったところにあります。外観はドゥオーモの弟分のような風貌です。ドゥオーモ同様、ロザリオ・ガリアルディ(1698-1762)という建築家の手による後期バロッコ様式の建物だからです。

ラグーザイブラのサンジュゼッペ朝の静寂
( 朝日を浴びて輝くサン・ジュゼッペ教会 )

けれども内陣は清楚で、白無垢の花嫁のような美しさです。

ラグーザイブラのサンジュゼッペ教会祭壇 (1)
( サン・ジュゼッペ教会の祭壇 )
ラグーザイブラのサンジュゼッペ教会祭壇 (2)
( サン・ジュゼッペ教会の天井見上げ)

クーポラの天井の内側も、真っ白で優雅です。深窓の令嬢が、ふんわりとしたドレス姿でそおっと人前に出てきたような感じがしました。

カトリック特有の派手できらびやかなインテリアのドゥオーモが好きか、こちらの清楚な美に心が動くかはお好みだと思います。どちらにせよ、最近、ていねいに修復して、ばっちりとお化粧直しをした感じです。これも世界遺産効果のひとつなのでしょう。

サン・ジュゼッペ教会前にはレストランやバル、お土産屋があるので夜遅くまでにぎわっています。写真とは裏腹に、けっこう大きなボリュームで音楽がかかっていたりしています。夜の静寂(しじま)に、ひっそりと建っている雅な教会のイメージではありません。

ラグーザイブラのサンジュゼッペ夜の前
(観光客や地元客でにぎわう夜のサン・ジュゼッペ教会付近)

人通りがあって活気が絶えないのは、ややもすれば衰退傾向になる地方都市ではよいことだと思いました。

2020年10月記                                   了

ラグーザ・イブラの夜のドゥオーモ

ラグーザ・イブラの夜のドゥオーモ   2018年9月訪問

ラグーザ(ラグーサ:Ragusa)は、夜に歩き回ってもおっかない雰囲気がない都市です。夕涼みを兼ねてイブラを中心に夜もぶらぶらしました。

昼も夜もイブラの中心は、ドゥオーモ前からイブレオ庭園にかけて緩やかな下り坂になっている通りです。9月になっても、バルやお土産屋さんも夜の11時、12時まで開いていました。多くの市民や観光客が、店先のテラスに陣取り、わいわいがやがやとおしゃべりを楽しんでしました。

ラグーザイブラドゥオーモ夜風景 (2)
( 夜のラグーザ・イブラのドゥオーモ広場 )

ラグーザイブラドゥオーモ広場の夜人出
( ドゥオーモ広場前のバルの賑わい )

そんな人々の存在なんか気にとめないような姿で、ドゥオーモは暗闇に少しばかりライトアップされながら悄然と建っていました。広場正面から、少しばかり横向きになっている分だけ、我が道を行く感、あるいは世俗には関係ないよ感が出ていました。

ラグーザイブラドゥオーモ夜風景 (1)
( 昼も夜も泰然自若としたドゥオーモ )

ドゥオーモの反対側に回ると、大きなクーポラが薄い青色にライトアップされていました。とっても幻想的な色合いです。
ラグーザイブラ聖堂クーポラ夜景Sep2018
( 薄い青色にライトアップされたクーポラ )

彼氏、彼女とそっと寄り添って、しばしの間、見とれていたい風景ですね。


2020年10月記                                    了

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