やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

2020年02月

Sunrise Illusion of Angkor Wat

Sunrise Illusion of Angkor Wat             October 2019

Missing the beautiful sunrise in Angkor Wat forever !

1101Aワット日の出朝焼け濃く (2)
    (  Sunrise illusion of Angkor Wat )

Because it is lovely a world-class illusion as acclaimed by guidebooks and by experienced people.

 I felt the sunrise scene was like a stage show with a plenty of tourists. However, it is just  a miserable experience without sun, so it might be a risky tourist spot. The weather forecast check in the previous day is absolutely our minimum duty prior to visit sunrise at Angkor Wat.

 

If you are looking to watch the sunrise in the rainy season, or if you have a hard time watching the sunrise during an organized tour, you may be unlucky to hit rain or cloudy. I hope you to come back here definitely just to catch clear day for the sunrise alone. I believe Angkor Wat will appear as it is for a couple of decades.

1100Aワット日の出前の遠景シルエット
(  Dawn at Angkor Wat main entrance )

I woke up early at 4 a.m. and headed to the ruin by paying an extra fee for hired tuk-tuk. I arrived at the entrance of Angkor Wat at around 5:15 a.m. The eastern sky was getting lighter and brighter like a famous starting sentence of a Japanese classic essay named Makurano-So-Shi ( Essay of court lady chat in late 10 century ).  Describing “ the best minutes of spring is early dawn of which sky colour changing from dark purple to whiter second by second. "

 

Upon walked together a large number of tourists towards the panoramic banks of the pond, I decided to stay at my preferable viewpoint enough for observing the sunrise scene. On that day, the pond on the left side was under construction, so I went to the right side pond.

 1101Aワット日の出朝焼け濃く (1)
 (   Black Angkor Wat with flashing lights by visitors' smartphone )

The flashing lights of visitors' smartphone walking around the pond were like a firefly flying. The air was a little cool even at the end of October. I imagined the temperature was probably around 25 ° C. It was just warm with short sleeve.

The shadows of the five towers of Angkor Wat emerged clearly against the background of the sky turning to bright purple hues from deep purple. Many tourists, almost silently, watched the sunrise show, focusing on the eastern sky which grew brighter every moment.

1101Aワット日の出直前 (3)
                       (  Inverted Angkor Wat )

 The time passend slowly only with the shutter sound of the camera echoed. " Inverted Angkor Wat " was reflected without any fluctuation on the surface of the pond. There was no wind on the day, and the water lilies and weeds in the pond were off the pond centre, so I was lucky that nothing disturbed the water surface in that timing.

 
1101Aワット日の出見物人 (1)
 (  Tourist from all over the world at Angkor Wat sunrise )

When the surroundings became completely bright, I was surprised again to have looked many spectators from all over the world. On that date, there were many European and American private tourists. Once loud tourists might have destroyed the romantic mood, shall we say "Si........." to them?  Really,a lot of people from all over the world have come to experience this illusion. I came to this place on a good day, and  was very happy to be able to experience the sunrise at Angkor Wat.

1103Aワット朝日にシルエット 近景
  (   A silhouette of Angkor Wat at sunrise )

The sky colour changed from purple to orange as the sun approached the horizon. The sun was behind the building, so Angkor Wat floated in a dark gray silhouette. The atmosphere has changed from mysterious to romantic. When the sun rose between the buildings, the illusion has disappeard and it remained only the mood of early morning.

Angkor Wat is built exactly along the east-westaxis, so on two equinox days, the sun rises directly above the main tower, creating a stunning sunrise landscape. On such a day, at the same time as opening the gate at 5:00 a.m. , you will run into and keep a good position for the best opprotunity of sunrise. I would like to read a travel journal challenging such ultimate sunrise experience.

1105Aワット早朝仮橋付近
(  Looking back to morning Angkor Wat )

Half hour later, the buzz of people increased, everyone got a little tired of standing up. I decided to go back to the hotel once, and slowly headed towards the exit, looking back at Angkor Wat repeatedly. 

Reported on February 2020                                                   End






うらぶれた釣り堀みたいなニャック・ポアン

うらぶれた釣り堀みたいなニャック・ポアン  2019年10月訪問  

0443ニャックポアン内部の池と祠堂 (18)
( ニャック・ポアンを囲む湿原状の巨大な池 )

グランド・サーキット(大回りコース)の左周りコースを取ると、北大門を出て2番目にあるのが、ニャック・ポアン: Neak Pean という遺跡です。ここだけ音感が違う名前の遺跡です。実際の様子も典型的なアンコールワット遺跡群とかなり異なります。

ひとことで言えば、うらぶれた釣り堀のような水辺の遺跡です。

良く言えば、まぶしいくらいに青空を水面に映す大きな池に囲まれた水辺の遺跡です。崩れかけ、黒ずみ、ゆがんだ石造建築物や、うっそうとした熱帯樹木ばかり見ていると、とってもすがすがしく大らかな気分になれます。

幹線道路沿いに、ちらちらと大きな池が見えてくるあたりがニャック・ポアンの入口です。入場ゲートの奥の両側に、びっちりと土産物店、傷痍軍人の寄付ブース、露店の音楽喫茶みたいな店がならんでいます。他の石造寺院と、明らかに雰囲気が異なります。

「Tシャツ、安いよ」、「ワン・ダラー、ワンダラー」
の声と、手招きをかわして参道を進んで行くと、青い空と大きな水面が突然、現われて、とっても嬉しくなりました。
441ニャックポアン池と参道快晴 (3)
441ニャックポアン池と参道快晴 (5)
( ニャック・ポアンの参道入口と土産物店 )

赤茶けた土手の道が尽きると、池をまたぐ木道がまっすぐに続きます。両側の水に、青い空と白い雲が映って気分爽快。けれども、10月末の太陽は、じりじりと焼け付くような強さです。森の木立に入ったら少しは涼しそうと期待しながら歩きました。

351ニャックポアン池と参道と湖
( ニャック・ポアンに続く木道と周囲の水辺 )

枯れた木々の幹が立っていてわびしい感じもします。両側の池の深さは30cmから50cmくらいですが、泥の底なので、一歩、踏み入れたらずぶずぶと底なし沼にはまるでしょう。

441ニャックポアン池と参道快晴 (6)
( すがすがしく広い水辺景色も、実際は猛暑の炎天下 )

遠くに見えた木立に着くと、さらに内側の池がありました。荒れ果てた雰囲気です。木道上のすれ違いも慎重に先へ進みました。
353ニャックポアン池と参道奥
( 三重になった池の真ん中の池 )

池は三重になっていました。もっとも内側の池にたどりつくと、そこには祠があり、池の真ん中に高々とヒンズー様式のお堂がそびえ立っていました。

池の水は、藻が繁茂しているので淀んだ緑色です。そのうえ、ぴくりとも動きません。名称のようなヘビも、からみも全く想像できません。はっきり言って、薄汚い感じです。うらぶれ、廃業した釣り堀という感じがしました。

現在の様子では、沐浴するという聖なる気持ちなど毛頭も湧きません。これがアンコールワット遺跡群を通して感じる諸行無常感です。
0443ニャックポアン内部の池と祠堂 (1)
( 参道正面から見た一番内側の池と祠(ほこら) )
0354ニャックポアン内部の池と祠堂全景
( 池の真ん中にそびえる祠(ほこら) )
0443ニャックポアン内部の池と祠堂 (17)
( 別角度からの祠(ほこら))

それでも、往時を想像すると、とてもすごい建造物や寺院であったことが凡人でも分かります。これも、アンコールワット遺跡のすごさです。「さすが、トップクラスの世界遺産の底力」が、無言のうちに伝わってきました。

0443ニャックポアン内部の池と祠堂 (13)
( 池の水は緑色でおぞましい感じ )

ニャック・ポアンの現役時代は、医療施設を兼ねた水生の薬草園であったとガイドブックに書いてありました。水が澄み、蓮の花や、整えられた水辺の花壇があれば、確かに心休まる空間であることは想像に難くありません。

黒ずんだ石と、暑い陽射しに疲れ気味のところに、水辺の風景は一幅の清涼感を感じます。けれども、濁った水面を見ると、池に手を入れようなどという気分に全くなれません。余計、ストレスがたまってしまいました。

「写真をとって、さっさと次の遺跡に行こうっと」

2020年2月記                             了



荒れるにまかせたプレア・カーン遺跡

荒れるにまかせたプレア・カーン遺跡    2019年10月訪問

アンコールワット遺跡群大回りコース:Grand circuit  の最初か最後の地点に位置するプリア・カーン遺跡:Prea Khan Temple も、熱帯樹木がからみつき、あちこちが崩落したタ・プローム型の遺跡です。

小回りコースを終えて、大回りコースにやってくると、このようなパターンの風景に馴染んでしまって驚くこともなくなります。せっかく3日券は買ったし、トゥクトゥクも貸切で自由に使えるので、B級C級遺跡もできるだけ見てみようという気になります。

0431プレアカーン1023 (2)
( プレア・カーン遺跡北入口 )
0431プレアカーン1023 (5)
( プレア・カーン遺跡北門前の橋と破損した神々の石造 )

スパッ、と切り取られたヒンズー教の神様の頭部は、いわゆる地蔵泥棒のしわざのようです。買った奴に祟りがあると面白いのですが、所詮は「モノ」なので、どこかのコレクターの部屋に鎮座しているのでしょう。その代わり、保存状態は良いでしょう。

0431プレアカーン1023 (9)
( ぐらぐら感いっぱいのプレア・カーン遺跡正門 )
0431プレアカーン1023 (23)
( 木々とコケと崩れた石の数々も定番になった )

プレア・カーン遺跡の中央部に来ると、十文字の回廊の交点に、緑色にコケ蒸したリンガが置いてありました。ときどきグループ観光客が、リンガの周りを取り囲んで賑わいますが、少し過ぎると、また静寂が戻ります。

0431プレアカーン1023 (17)
( 寺院中心部に残ったリンガ遠望 )
0431プレアカーン1023 (24)
( コケむし、欠けて、ひび割れたリンガの哀愁 )

天井が崩落した場所のレリーフは、ほとんどコケに覆われようとしています。少し、薄気味悪い雰囲気です。こうして観光客が来るまで、神々やデヴァターのレリーフは、500年くらい、ひたすら歪み、崩れ、雨に当たり続けてきたんだな、と恬淡として気分で眺めました。

0431プレアカーン1023 (20)
( コケに覆われたデヴァターのレリーフ )

係員が指さして「あっちの奥に、美しい女神像があるから行ってみろ」とすすめてくれたので、くずれた石をよけながら通路を歩いて行くと、確かに美女のレリーフが2体ありました。うつむきかげんの顔つきは、端正で安らぎを覚える表情でした。

「どうか、くずれゆく遺跡のなかで、皆んなに愛されながら、ずうっと居続けてください」
0431プレアカーン1023 (29)
( プレア・カーン遺跡きっての美人デヴァター像に参拝 )
0431プレアカーン1023 (30)
( もう一体、美しい女神像がある )

それにしても、崩落度合いが中途半端ではありません。現役時代には、維持管理、お坊さんの生活支援で莫大な資金が必要だったのでしょうから、その反動で、有無を言わさずに見捨てられたのも無理はないと思いました。

「もう、やってらんねんよ」、だったのでしょう。
0431プレアカーン1023 (35)
( 日に焼け、くずれ、それでもデヴァターはたたずむ )

プレア・カーン遺跡の見どころのひとつとして、この近くに、2階建ての経蔵らしき遺跡があり、ギリシャ神殿風の外観であると解説されていましたが、見物忘れです。遠目に入っていたのかも知れませんが、ぼろぼろに崩れかけていたので、特に気に留めなかったのかも知れません。アンコールワット遺跡群には、2階建ての建造物がほとんどないそうです。これから旅される皆さまは、見落としのないよう見物することをお祈り申し上げます。

繊細で美しいデヴァター像も、ずれ、歪み、日焼けしています。往時の華やかさを忍びながら、ゆっくり一周して外に出ました。
0431プレアカーン1023 (12)
( 次第に浸食され、影がうすくなった神様 )
0431プレアカーン1023 (36)
( 時の流れに埋もれゆくデヴァターたち )

時の流れを、実際の時間の経過以上に感じたプレア・カーン遺跡でした。

2020年2月記                                   了




癩王のテラスの隙間でヒンズーの神々に囲まれる

癩王のテラスの隙間でヒンズーの神々に囲まれる     2019年10月訪問

快晴で陽射しのまぶしい10月下旬の朝、私は、アンコール・トムの「癩王のテラス」に上がりました。
有名で人気のある「象のテラス」と一対になった、長くて広い、ひな壇状の遺跡です。足早や日本人および中国人観光客のメインルートから、ほんのわずかだけ北にはずれているせいか、見物人の数はあまり多くありません。

のんびり、じっくり、芝生とひな壇歩きをしました。「ちょっと、暑っ!」

0325Aトム象のテラス昼下り風景 (7)
( 象のテラスから見た癩王のテラス )
0328Aトム癩王テラス付近風景 (5)
( 癩王のテラス側面のレリーフ )

癩王のテラスの中央部にくると、壁が二重になっていて、隙間にも入れます。ガイドブックによりますと、隙間は昔に埋められてしまっていたので、しばらくは気がつかれず、後世の調査で見つかった場所のようです。

テラス上の、イメージだけ清々しい暑い空気を吸ったあと、下に降りてみました。
せっかく来たのですから、なるべくたくさんの場所に入り込みたいです。
0328Aトム癩王テラス付近風景 (8)
( 癩王のテラス上から象のテラス方向を見る )



0328Aトム癩王テラス付近風景 (14)
( 癩王のテラスの内壁 )

赤い石を積み上げた二重壁の間を、そろりそろりと歩いて行くと、ヒンドゥーの神々のレリーフが所狭しと彫られた壁面にでました。
「ほおっ・・・・・・・・」

ヘビがモチーフのナーガ神のレリーフのある場所は、少しびくつきながら通りました。私は、ヘビがきらいなので、彫刻と分かっていても気になってしまうのです。

「いきなり、ぴょん、と頭を出したらどうしよう・・・・・・」
「くわばら、くわばら」
0328Aトム癩王テラス付近風景 (12)
( 内壁のヘビ神ナーガは、私には気味悪い存在 )
0328Aトム癩王テラス付近風景 (13)
0328Aトム癩王テラス付近風景 (11)
( 内壁の数えきれないほどのヒンズーの神々たち )

これでもか、というプレッシャーを3回も4回も感じるくらい、切り立った内壁の両側にはヒンズーの神々の像が彫られ、重なり、ずれ、そして欠けていました。インド哲学のエンドレスのような神話の世界を肌で感じました。

たまたま、せまい通路内ですれ違ったアメリカ人のお姉さまと一期一会の縁で立ち話をしました。お姉さまは、こういう光景に天にも舞い上がらんばかりの感動を覚えたそうです。同じ表情が二つとない神々に囲まれていると、無限の祝福を授けられている気分になるということでした。そして、お互いのカメラで写真を撮り合いました。私は2-3枚お願いしましたが、興奮気味のお姉さんは遠慮がちな表情をしながらも、壁の向きを変えて6-7枚撮ってくれとのこと。もちろん快諾して、いろいろなポーズと背景の写真を撮ってさしあげました。

「よい1日を!」
「あなたも!」

いやあ、ほんとに神々のお姿に間近かで囲まれると、仏教徒の私も、少し、こそばゆい気分になりました。

2020年2月記                       了



センスがいいね、アンコール・トムの象のテラス

センスがいいね、アンコール・トムの象のテラス   2019年10月訪問

象のテラス:Elephant terrace は、アンコール・トムの中で、バイヨン寺院遺跡に次ぐ人気スポットのようです。場所もバイヨンから徒歩数分の距離なので移動も手間いらずです。

ここは、象の鼻をモチーフにした、お立ち台正面のデザインが、現代人にも通じる斬新なセンスを誇っています。石組みの歪みや日焼けのただれがなければ、もっと強烈な印象を与えるに違いありません。

0324Aトム象のテラス前再び1025 (7)
( 象のテラスにある象の鼻のレリーフ )

象のテラスとバイヨン寺院の間は、徒歩で10分くらいです。

両者の間には、それなりに注目度の高いバプーオン:Baphuon  というピラミッド型の寺院遺跡があります。私は、暑さと疲れで観光意欲が薄れていたタイミングであったので立寄りませんでした。バプーオンに通じる参道は、地面から浮いた感じの石造の通路です。私が通ったときは、結婚記念写真の撮影が行なわれていましたが、なかなか見映えがよい空間です。どの王様もというか、王に抜擢された寺院の設計者は、それなりに独創的な姿形の寺院を作ろうとしたようです。いわゆる「地図に残る仕事」、「教科書に紹介される作品」を目指したのだと思いました。

0304Aトム バプーオン跡への高床通路
( 奥のバプーオン遺跡に通じる空中回廊的な参道 )

0303Aトム象のテラス上歩道
( バプーオン入口の先からみた象のテラス(左)と、テラス前の広場(右))

象のテラスの上を中央部に向かって歩いて行きました。下の道路や草地がある場所に軍隊が整列したようです。象のレリーフは、下にいないと目に入りませんが、王侯貴族や高官の目線を体験したいならば、一度はテラス上を歩かないといけません。

象のテラスの中央部のお立ち台に立つと、線対称に美しく広がった緑のじゅうたんと、奥の塔の遺跡、その背後の大きな木々が視界に入ります。往時は、木造建築物や人の群れがいっぱいだったと思いますが、なかなか想像できません。

博物館に入って、往時の想像図でも目にした方ならば、閲兵式や国家の儀式の様子を頭に思い浮かべることができるのでしょうか。
0321Aトム象のテラス1022 (8)
( 象のテラスのお立ち台 )
0322Aトム象のテラス2回目1023 (3)
( 象のテラスの張り出したお立ち台のひとつ )

0324Aトム象のテラス全景1025
( 横からみた象の鼻と全身像のレリーフ )
0328Aトム癩王テラス付近風景 (15)
0328Aトム癩王テラス付近風景 (17)
( 癩王(らいおう)のテラス下の象のレリーフ2葉 )

象のテラスの北側には、続きとして、癩王のテラスと呼ばれるお立ち台があります。こちらにも象のレリーフが張り出しの前面に彫られた場所があり、とても印象に残ります。

寺院遺跡は塔のイメージで縦型で権威的な印象ですが、こちらは横に大きく広がっているので、広々とした公園のような柔和な印象を受けます。木造の建築物が跡形もなく消え失せて熱帯性の樹木が伸び放題になったからこその公園的風景の気がしました。

暑く、強い日差しの下ながら、すがすがしい場所でした。

2020年2月記                                          了

アンコールトム北大門は、顔がぴくりかも

アンコールトム北大門は、顔がぴくりかも           2019年10月訪問

アンコールトムは、正方形の形をした首都で、東西南北に門があります。

そのなかで、一番有名で人気があるのが南大門。その次に馴染みがあるのは、小回りコースでくぐる東側の勝利の門でしょう。

そして、北大門あたりになると、大回りコース:Grand circuit を選んで、初めて通ることになるので、人出もぐっと減ります。、そのため、門も苔むし、熱帯樹木がからみつきそうになっています。
1271Aトム北大門遠目1023
( アンコールトムの北大門を内側から見た全景 )

観光客がいっぱいの南大門と同じデザインのはずなのに、こちらは陰気で苔むしています。

「ようこそ、き・た・だ・い・も・ん、へ・・・・・。ひゅう、どろどろ」、という感じで、神様たちが鎮座しています。

1271Aトム北大門通行中1023
( 苔むして薄気味悪い北大門を内側から見る )
1271Aトム北大門塔アップ1023
( 門の真上の神の像3面 )

よく見ると、普通の神様なのですが、夜な夜な動きそうな気配を感じてしまいました。
「観光客も少ないし、ちょっとくらい、あたりを見回したって気づかれないもん!」と、神様がコケの下でほくそ笑んんでいました。

1272北大門外でプレアカーンへ1023
( アンコールトム北大門の外側と、ほとんど崩落した神々の像 )

こちらの欄干の乳海攪拌物語相当の神々の像は、ほとんど崩れています。
「ちょっとした距離の違いで、ミナミとキタでは、同んなじ門でも、こんなに雰囲気が違うんだ」と、考えてしまいました。観光客の気分なんて、移ろいやすいものです。余計に、夜な夜な動いても問題はないでしょう。

1270Aトム癩王テラス北大門への道
( アンコール北大門付近の大回りコースの道路風景 )

そんな雰囲気を感じながら森の中の道を、トゥクトゥクで走っていきます。写真では、森林浴っぽいイメージですが、とにかく暑いです。トゥクトゥクの上で風に吹かれるくらいがちょうどよい気分でした。

2020年2月記


南大門の神々たちのインスピレーション

南大門の神々たちのインスピレーション     2019年10月訪問

「事実は小説より奇なり」という諺(ことわざ)があります。アンコール・トム:Angkor Thom の南大門入口の橋の欄干に鎮座するヒンズー教の神々たちも、思いっきり奇妙な姿でした。

体験者はご存知のとおり、ヘビに見立てた橋の欄干を、上半身だけの百面相の神々たちが綱引きのように引っ張っているデザインが、なまじのクリエーターの発想力の比ではないのです。聞けば、ヒンズー教の天地創造の物語である乳海攪拌の一場面なのだとか。

「ぶっとんだ」
「マンガにそのまま使える発想だ」
「ジャヤバルマン7世陛下、是非、ウチの事務所でチーフ・クリエーターやって」です。

0371Aトム南大門夕方 (2)
( 観光ポスターなどでも馴染みの南大門を通り抜けるクルマやバイク )

古い門を、現代のクルマやバイクが当たり前のようにくぐりぬける写真も有名です。ヨーロッパや中国、トルコ、アラブの古い城門でも同様の光景が見られますから、世界的にはデフォなパターンです。木造建築が主流の日本では、ほとんどない場面ですね。

0372Aトム南大門の朝風景1023 (3)
( ズンズン、ズンドコッという感じでヘビを引っ張る神様の石造 )
0101Aトム南大門の朝風景1023VG
( 南大門の上で、にやけ顔で睨みを利かす神の顔 )

こうのような場面は、絶対にマンガやアニメにもってこいの素材です。芸術家の皆さまは、自由にインスピレーションを働かせて、是非、シュールな作品を作っていただきたいなあ。
0102Aトム南大門の表情多種1023
( 神様も一応、伏し目でヘビ綱引き )

どこでも、たくさんの神様を並べるときは一体ごとに表情を変えるのですね。五百羅漢、三十三間堂などの仏様などの顔つきが脳裏に浮かびました。

0372Aトム南大門濠快晴1025 (4)
( 欠けて行方不明の神あり )

でも、どうして修復してある神と、欠けたまま放置してある神がいるのでしょう。完全に欠落していると、オリジナルの表情が分からないので修復できないからのような気がします。

0372Aトム南大門濠と彫刻
( 修復したのはいいが白すぎて浮いている神あり )

おおらかで明るくユニークな南大門の綱引き神様に喝采です。このような発想をしたアンコール・トムの完成者であり、巨大ブッダ顔のバイヨン寺院の建立者であるジャヤバルマン7世陛下の、シュールすぎる発想に言葉もないくらいの賛辞を送ります。

2020年2月記                  了

うふふと見つめ合いたいバイヨン寺院

うふふと見つめ合いたいバイヨン寺院    2019年10月訪問

アンコール・トム: Angkor Thom の中心部にあるバイヨン寺院:Bayon Temple は、「ばかでかい顔面ブッダ像」が印象に残る仏教寺院遺跡です。

ブログや旅行記の大半は、ブッダ像のことは書きますが、「巨大な顔だけの像だ」ということに、ほとんど触れていません。私は、この「顔だけ」感こそバイヨンのバイヨンたる理由だと思いますが、あまり賛同は得られないようです。近くにある南大門前のお濠の橋の欄干にもデザインされた「上半身ヒンドゥー教神様像」と合わせて、アンコール・トム観光の最大の見せ所だと感じました。

そして、このブッダの表情、とても柔和です。思わず見とれてしまいました。見つめられ、あるいは、じいっと見合ってしまいたい雰囲気を持っています。

「うふふ、ようこそ、いらっしゃいました」。

何度見ても、気が休まる表情です。彫刻家の腕がとても優れていたようです。
1318Aトムバイヨンブッダ顔間近に1022
( ブッダのでかい顔こそバイヨンの特色 )

バイヨン寺院は、ガイドブック等の解説のとおり、ジャヤバルマン7世 :Jayabalman Ⅶ (在位1181--1218年) という有名な王様によって建立されました。

ジャヤバルマン7世は、現代ガンボジア人のなかでも1番人気の王様との話。アンコール王朝史上、最強かそれに近い名声と権力を得た方のようです。対外戦争と権力闘争に打ち勝って55歳のときに即位、首都のアンコール・トムを整備したり、首都の中心にバイヨン寺院を建立するなどして君臨、93歳の長寿を得て、みまかったという生涯だそうです。これだけでも、かなりインパクトのある国王です。

ちなみにアンコール・ワットの建立者は、スールヤバルマン2世:Suryabalman Ⅱ (在位1118-1150年)という王で、アンコール王朝最盛期の国王と解説してありました。それなりに名君だったのだと思いますが、ジャヤバルマン7世のユニークさにはかないません。

バイヨン寺院の、どでかいブッダ顔を思い出すにつれ、「どうして、この王様は「顔だけ」彫ろうとしたんだろう。頭の中、どうなっていたの?」と、考えてしまいます。キリスト教も含めて、「顔だけ神様」は、ほとんど例がありません。しつこいくらい、このジャヤバルマン7世の思考経路に関心が向いてしまいます。一般にアクセスできるサイトやブログ程度では、この問いに答えてくれるコラムは今のところありません。

1303Aトムバイヨン快晴朝東面1025
( 快晴のバイヨン寺院全景 )

ぶつぶつ言っていないで、バイヨン寺院を見物した話にもどりましょう。

バイヨン寺院の近くに来ると、主塔の側面に高々と彫ってあるブッダの顔が目につきます。塔の姿も凛々しく、人出も多いので、雰囲気だけで人気スポットだということが分かりました。遺跡は3層構造なので、急な階段を昇って、少しずつ上のテラスに上がります。

1311Aトムバイヨン入口16時影1022
( 上部回廊に登っていくとブッダのお顔も間近になってくる )

耳よりの最新情報では、バイヨン寺院の最上部のテラスは、2020年1月初めより修復工事のため登楼禁止になったとのことです。数年後に見学が再開されたら、どんな感じになっているのでしょう。

1312Aトムバイヨン昔の顔と今の仏像1022
( 通路には、現役の「全身」仏像もある )

とにかく、バイヨン寺院に入ると、そこいらじゅうに、石造りの仏様のどでかい顔、顔、顔の彫刻が、いっぱい。そして、何ともいえない柔和で穏やかな微笑みをたたえているのです。一説では、建立者のジャヤバルマン7世の顔がモデルとのことです。ガイドブックに紹介されているジャヤバルマン7世の顔は柔和ですが、こちらの方がブッダ顔に合わせて彫ったこともあり得ると私は感じました。皆さまの意見はどうなのでしょうか。

「どっちでもいい」

1316Aトムバイヨンブッダ顔1022
( 有名な巨大ブッタの笑顔も午後は逆光 )

それにしても巨大な顔だけが所狭しと彫られている空間に、気持ちがぶっ飛びます。

創立者の超ユニークな感性のおかげで、現代の私たちは、バイヨンの得も言われぬ温かみある雰囲気に浸ることができるのです。あらためて、「すばらしいセンスです、ジャヤバルマン7世陛下!」

これら多数のブッダ顔、石組みがずれてきているので、ちょっと異様です。ジャヤバルマン7世時代は絶対にずれていないで、もっとすっきりした継ぎ目だったと思います。800年の歳月が経つうちに、少しずつ地盤の不等沈下が起こり、石組みが歪んだようです。また、強い日射と、多湿によるコケの繁茂などで、遺跡全体がただれた感じになっています。とても残念です。少し寂しく、無常を感じるひとときでした。

1318Aトムバイヨンブッダ顔間近に1022
1318Aトムバイヨンブッダ顔三体もっとアップ1022
( バイヨン寺院内のブッダ顔面像の数々 )

これでも、十分に微笑ましいお顔を想像できます。石組みが、ぴたっと合わさり、石の黒ずみもぬぐって、これ以上ないくらい麗しいお顔を見てみたいものです。

いきなりですが、見方を変えると、人気マンガ、「Drスランプ・アラレちゃん」に出てくる、ニコちゃん大王がごろごろいるような気もしませんでしょうか。

1315Aトムバイヨン主塔を仰ぐ1022
( バイヨンの主塔を見上げる )
1314Aトムバイヨン夕陽に主塔の顔1022
( ちょっと脇道にそれると荒廃が目に付くバイヨン )
1322Aトムバイヨン西日の主塔3塔1022 (1)
( ブッダ顔面像がいっぱい )
1313Aトムバイヨンヒンズー彫刻1022
( ほんの少し残るデヴァターは、ヒンズー教信仰の名残り )

カンボジアの宗教は、二転三転しながらヒンズー教から仏教に徐々に変わり、しかもヒンズー教の影響が残っているので、バイヨン内にも、アプサラダンスをするデヴァターが彫ってありました。ここのデヴァターも、ちょっと、おっかない顔つきです。ジャヤバルマン7世陛下のお好み顔なのか、こうあるべきだという当時の一般的なデヴァター顔なのか、私には分かりませんでした。


2020年2月記                        了

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