やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

2019年06月

モンサンミシェルの賑わいとお土産


モンサンミシェルの賑わいとお土産    2019年4月訪問


1 大賑わいのグランド・リュこそモンサンミシェル風景

モンサンミシェル観光は、まさに初詣気分です。

人混みでごった返すグランド・リュ: Grande Rue で飲み食いしたり、お土産の品定めで、こちらの店、あちらの店と動き回れるのは、大観光地ならではのことです。「有名観光地は、こうでなくっちゃ」という雰囲気抜群です。

モンサンミシェル島内に入った瞬間から、通りの人口密度が急に高くなります。グランド・リュは"大通り"の意味ですが、江の島の参道よろしく一本道の狭い通りなので、観光客どうしの距離が急接近します。

それでも、超有名店「ラ・メール・プーラール」本店前は、道がふくらんでいるので、まあまあ人通りが多いなと感じる程度でした。

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( ラメールプーラール本店前の人通り)

それが、「王の門」をくぐると一転。グランド・リュの道幅が3メートルくらいに狭くなります。私たち観光客も、ぐっと圧縮されて、イモを洗うがごとくになります。
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( グランド・リュの道幅が狭くなる付近 )

シーズン始まりの4月の平日の午後3時過ぎですが、押すな押すなで、かき分けかき分けグランド・リュを進みます。
まさに、人気寺社の初詣気分。どの店が、どこにあるやら。気が急いて前に進むことしか頭になくなります。
頭上にぶらさがる、色とりどりの看板が、いかにも歴史的大観光地の雰囲気に華を添えています。

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( 大混雑のグランド・リュの昼下がり )

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( ぽっかり人混みが空いたグランド・リュ )

でも、この大混雑こそ、モンサンミッシェル繁栄の真骨頂のような気がします。宗派を問わずに世界中から観光客が押し寄せたモンサンミッシェルの賑わいは、平和の象徴のひとつでしょう。

モンサンミシェルは日本人比率が多いとブログなどに書いてあります。私たちが体験した限りでは1割くらい。日本人以上に中国人が闊歩していましたし、韓国人も日本人と同じくらい歩いていました。日本人の多くは、パリ発着の日帰りツアーで来るので、日本人遭遇率は、時間帯や、お店によるのかも知れません。


2 土産物店を渡り歩く楽しさ

モンサンミシェルのような初詣型観光地に来たからには、土産物店めぐりは必須です。大方のマダムの楽しみでもあります。また、最低でも「モンサンミシェルに行ってきました」土産を買わないと、日本人観光客として合格レベルに達しません。

我が家は「泊まり」でしたので、修道院見物を終えたあとの午後5時前から6時過ぎにかけて、土産物店を行きつ戻りつしました。

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( 有名店ラメールプーラールの物販店 )

まず見たのが、ラメールプーラールのお菓子屋さん。サブレやクッキーが山積みされ、お店の前も中も、真っ赤っ赤でした。
しかし、これらはパリでも買えるので、ここではパス。実際にパリのスーパーマーケットで、どっさり買い込みました。何か違うのかも知れませんが、素人が見た限りでは、パリ価格はモンサンミッシェル価格の6掛けくらいでした。

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( ラメールプーラール社のサブレやクッキー )

たとえ話で表現すると、「京都の生八つ橋を、都内のスーパーで買うと、現地より安い」という感覚。とても不思議です。
「私は、このサブレをモンサンミシェルの本店で買った」ということに、大いに意義があるのではないかと思うしかありません。

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( ずらりと並ぶモンサンミシェル土産 )

グランド・リュ沿いにぎっしりと並ぶお土産屋さんには、いろいろな品が所狭しと置いてあります。どの店も、基本的な品揃えは同じですが、やっぱり得意不得意があります。小物系が多いとか、子供の気をひくおもちゃの騎士の衣裳が店頭に出ているとか、ゆっくり見ていると、とても面白いです。


3  日本人を狙え

別のアプローチで、日本人の注意を惹こうという店もありました。
何と、「NHKの番組で放送されました」と、誇らしげに日本語のメッセージを貼ってある土産店があるのです。それだけ、日本人が多いということなんだと感慨もひとしおでした。
我が子は、「それが、どうした。意味ねえ・・・・・」と、あきれ顔でした。
それでも、「日本人を意識した店って何が置いてあるんだろう」と、思って入店しましたが、特に変わったことはないと感じました。「コンニチワ」などと、声を掛けられることもありませんでした。

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( 日本語のPRを出している土産店 )

日本人客とは無関係ですが、店内の左にならんでいるレプリカの武器もお土産としては手頃なような気がします。

私たちはグランド・リュを2往復くらいして、お土産を物色しました。
我が子と私は、スノードームやミニ・グラス目当てです。その一方、マダムは、ゲランド塩の瓶詰やエコ・バック、Tシャツなんかを見ていたようです。

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( モンサンミシェルの典型的な土産店風景 )

お土産の値段は、ほぼ、横一線ですが、坂道の上の方の店の値付けが、わずかに安い感じです。マグカップ1個あたり0.1ユーロ安いとか、そんなレベルです。同じ品物をまとめ買いすると値引きするかどうかは不明です。中国人の方が、こういうことは得意ですので、体験談を読める方がいたら教えてほしいです。

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( グランド・リュの坂の上部の土産店。わずかに安い )

4  モンサンミシェル土産いろいろ

典型的なモンサンミシェル土産を紹介します。

まず、私の狙ったスノードーム。立体的な建物や光景だと、スノードームは映えます。メイド・イン・チャイナは仕方ないですね。
お値段は、特大25ユーロ、大15ユーロ、中10ユーロ、小7ユーロくらいです。
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( スノードーム。Made in PRC )

続いて、マグカップと、ミニ・グラス。原産地表示がないのですが、おそらくMade in PRCでしょう。
いまや、世界中の大観光地の定番のお土産は、こういう状況なのでしょう。あきらめムードが先行します。

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( マグ。多分、Made in PRC )

せっかくなので、と思って買ってしまった定番のお土産。学生旅行のときは、よほどのことがない限り、お土産を買ったことがありません。寄る年波にも勝てず、です。

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( モンサンミシェル・マークのゲランドの塩 )

マダムが気に入った、ご当地産のゲランドの塩の瓶。モンサンミッシェルのイラストが入っているのがポイントだそうです。誰にあげたのかな?

みんな思い思いにお土産を買い終えてホテルに戻ってきました。
修道院の閉館時間の午後6時を過ぎると、グランド・リュから、たちまち人の気配がなくなりました。土産物店も、間髪を置かずに閉店し始めます。

午後6時半になるころには、グランド・リュにも閑古鳥が鳴いていました。
この時間に、通りをうろついているのは、宿泊客か、モンサンミシェル命(いのち)の観光客くらいです。

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( 午後6時半ごろのグランド・リュ )

5 朝ぼらけのグランド・リュ

朝7時過ぎのラメールプーラール本店前は人っ子一人見当たらず、今日の分の食材などが入ったカートが置かれていました。聖なるテーマパーク「モンサンミシェル」の人気店の舞台準備を、ちらりとのぞいたような気分でした。

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( 朝のラメールプーラール本店とホテル前 )

あと1時間もすれば、本土から続々と観光客がやってくるに違いありません。島内に宿泊した観光客のちょっとしたプレミア風景でした。


2019年6月記               了

モンサンミシェルの大企業ラ・メール・プーラール社の観察

モンサンミシェルの大企業ラ・メール・プーラール社のようす    2019年4月訪問


1. モンサンミシェル名物

モンサンミシェルの隠れた名物は、ラ・メール・プーラール:La Mere* Poulard、の巨大オムレツです。
(* アクセント記号は省略 )
値段が高い、味がうすい、などの酷評も多いですが、知名度が高いことは、まぎれもない事実です。

有名観光地には、たいてい、名物料理や定番のお土産があります。ラ・メール・プーラールのオムレツも同類です。また、ラ・メール・プーラールのビスケットやクッキーは、定番のお土産と言ってよいでしょう。

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( ラ・メール・プーラールのビスケットやクッキー )

「フランス版『モンサンミシェルに行ってきました』みやげですね」
「でも、パリなんかのスーパーにも売っているし」
「えっ?」

ラ・メール・プーラール、あなどるべからずです。


2. ラ・メール・プーラール本店の価値

ラ・メール・プーラール本店は、島に入った途端に目に飛び込んでくるお店です。素晴らしい立地で、ほとんどすべての観光客が、店の前を通ります。

ちょっと予習済みの方は「ああ、これが、うわさのオムレツ屋、ラ・メール・プーラールね」と、すぐに気づきます。私も同じでした。

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( 島に入って最初の店がラ・メール・プーラール)

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( ラ・メール・プーラール前から島の入口を振り返る )

重厚な石造建築の1階がレストラン。少し離れた右のドアがホテルの入口です。
通りからのぞくと、銅なべをはじめとする調理道具がいっぱいにならび、歴史ある宿屋の食堂をアピールしています。

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( 「宿屋の食堂」の雰囲気のラ・メール・プーラール本店 )

店の左には、法令にのっとりメニューが出してあります。ブログや口コミなどで、「オムレツの値段が、ばか高い」、「値決め方法が分かりにくい」、と酷評されていますが、2019年4月時点では、少なくとも、お品書きは騙し討ちのような書き方ではありませんでした。

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( ラ・メール・プーラールのオムレツ単品メニュー )

ただし、オムレツ単品の値段がとても高いことは否めません。トッピングによりけりですが、1皿38ユーロから44ユーロです。ワインや水を注文し、デザートを加えたりすると、1人前55ユーロ前後になりそうです。
「なにぃ?1人前7000円のオムレツかよ!」、という怨嗟(えんさ)の声が聞こえてきそうな値段です。

ここは、店内でオムレツ料理の実演が目玉です。その見物料が、お一人さま25ユーロくらいだと思えば、オムレツの値段は近隣の他店並みの20ユーロ内外に落ち着きます。
「オムレツ調理ショー付き、オムレツ・ランチ、金50ユーロ也」、と考えれば、少し前向きな気持ちでラ・メール・プーラール本店の敷居を跨げるのではないでしょうか。

それでも私たちは高いと思ったので、結局、入店しませんでした。
「さんざん書き散らかしておいて、結局、素通りかよー」
「はい、そうです」

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( ラ・メール・プーラールの定食(ムニュ) のメニュー )

オムレツ以外の普通の定食も、松竹梅の3種類があり、お値段は、55ユーロから90ユーロくらいでした。定食の1品にオムレツが組み込まれたコースもあります。

オムレツ以外の価格は、人気観光地の高めのレストランという感じでした。次回、モンサンミシェルに来たときは、思い切って挑戦してみようと思っています。


3  大企業ラ・メール・プーラール

現在の「ラ・メール・プーラール」は、地元の大企業です。モンサンミシェル島内にホテル3軒、島外にホテル3軒を経営するほか、手広くクッキーの製造販売を手掛け、レストランやお土産屋を開き、あるいは不動産をたくさん所有してテナントに貸し出すなど、総合観光産業を営んで大いに栄えているようです。

モンサンミシェル経済の立役者、あるいは、地元のドンかのどちらかです。うがった見方をすれば、私たち観光客は、モンサンミシェル観光に来て、ラ・メール・プーラール社に貢いでいるようなものです。

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( ラ・メール・プーラールのお菓子販売店舗 )

ラ・メール・プーラールの開店は1888年です。そして、現在のオーナー様は、1986年に、ラ・メール・プーラールの商権を買い取って、現在のラ・メール・プーラール株式会社を創立しました。本店所在地はパリです。そして、1998年には、ラ・メール・プーラール名のサブレの製造販売をスタートして大成功。絵に書いたような、やり手の実業家様。プーラール家との血縁は不明です。

ブログや旅行記で、「ラ・メール・プーラールは、創業者夫妻の奥方であるアネット・プーラールさん(1851年~1931年:本名はアンヌさん )が、『遠路はるばるやってきた巡礼者』に、『安くて栄養価の高いオムレツを振舞った』のが事始めの老舗」、という趣旨の解説をされている方々がいます。私の感想では、現実のイメージとは異なります。「歴史と伝統ある美しい聖地に、こんな由緒あるお店があったらいいなあ」という、メルヘンチックな幻想をツアー・ガイドさんに語られたみたいです。

実際は、1873年、プーラール夫妻は、旦那さまの親族から現在の郵便局付近の建物を借りて食堂を開業しました。1879年に、本土と島を結ぶ道路が完成して観光客が増加。観光ブームに乗って儲かったことをねたまれて建物を借りられなくなりました。そこで1888年、それまでの貯金をはたいて現在地を購入してラ・メール・プーラールを開店しました。道路ができたとはいえ、遠路はるばるやってきた参詣客という名の観光客の気を惹こうと、ファストフード感覚で出し始めたのが、今をときめくスフレのようなオムレツ。さっぱりした食感と見た目のユニークさが評判を呼んで、いつの間にか名物料理になりました。ご夫妻も誠実な人柄で、堅実に商売に励んだので、ホテル兼レストランの名声は世界中に広まりました。

ですから、
① 1888年開店なので、モンサンミシェルの1000年以上におよぶ歴史の中では新規の店です。中世の巡礼時代やフランス革命前からのお店や料理ではありません。

②ラ・メール・プーラール開店当時は、すでに島への連絡道路は完成していました。したがって、干潟を猛スピードで押し寄せてくる大潮にさらわれて命を落としたのは、安全無視で干潟へ入っていった人だけ。押し寄せる大潮をやっとのことで振り切り、ほうほうのていで島へ上陸したような巡礼者は、基本的にいません。

②ラ・メール・プーラールのお客さまは、秘境観光好きな観光客です。ボロをまとい、ぐったりして当地へたどりついたような苦労人風の巡礼者ではありません。競合他店より「安く」する必要はあったと思いますが、貧乏旅行者をターゲットにしたので「安く」する必要はなかったと思います。

③お料理も、メインの肉料理は時間がかかるので、その代わりに手っ取り早く出せるオムレツを考案しました。競争に勝つため、他店のメニューとの差別化も必要だったでしょう。プーラール夫人は700種類ものお料理ができたと言われています。ご自身の才能をビジネスに生かすことができた幸運に恵まれたのです。

④オムレツは、秘伝のように代々、子孫に受け継がれたわけではありません。ですから、現在の経営者が、アカの他人でもレシピを守れればよいのです。

なんだか夢のないお話しですが、よく考えれば、地に足が着いた物語だと思います。


4 ラ・メール・プーラールの仲間たち

モンサンミシェルの不動産の多くを手中にしていると言われているラ・メール・プーラール社のビジネス最前線を少しばかり見ました。別館や離れを別にすれば、どの店もグランド・リュ沿いに玄関があります。

まずは、島内のホテル兼レストラン、ル・ムートン・ブラン:Le Mouton Blanc です。意味は「白羊亭(はくようてい)」といったところ。1階がレストラン、2階から上がホテルという、典型的なモンサンミシェルの旅籠(はたご)風景です。

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( ラ・メール・プーラール系列レストラン、ラ・テラス・ドゥ・ムートン・ブラン )

つづいて、レ・テラス・ドゥ・ラ・ベ:Les Terrases de la Baie。 意味は「展望レストラン湾岸亭」。

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( ラ・メール・プーラール系列のレストラン、ラ・テラス・ドゥ・ラ・ベ )

今度はホテルの観察です。
島内にあるグループホテルは、ラ・メール・プーラール、レ・テラス・プーラール、ル・ムートン・ブランの3軒です。日本人をはじめとする世界中の観光客を迎えています。どこも、清潔な室内や水回りのようで、安心ですね。歴史的建造物であるためエレベーターがないことや、部屋が手狭なこと、それなりに料金が高いため、口コミでも絶賛とはいかないようです。世界遺産の内部へ泊まれるというメリットを積極的に評価する気持ちでチャレンジしてみましょう。
ちなみに私たちは、旅費節約のため、他の島内ホテル利用でした。

まずは、旗艦店「オテル・ラ・テラス・プーラール:Ho*tel La Me*re Poulard」 (*にアクセント記号あり)
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( ラ・メール・プーラール本店とホテルを城壁から俯瞰 )

どっしりとした石造建築が創業130余年の誇りを漂わせています。
本館の裏手には、別館もあります。ホテルのサイトなどで部屋やロビーの写真が見られます。
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( ホテル、ラ・メール・プーラールの別館 )

すご腕のオーナー様が、ラ・メール・プーラールの商権入手をバネに事業をどんどん大きくしていった経過が分かるようです。大観光地といえども、リーダー不在では客足は伸びないし、その一方で、少数の大金持ちに資産が集中すると貧富の差が大きくなるし、と、メリット、デメリット半ばです。

島内の様子が分かったので、今日は、この辺でおしまいです。

2019年6月記                          了



朝昼晩のモンサンミシェルを拝む

朝昼晩のモンサンミシェルを拝む    2019年4月訪問


私は、泊まり、でモンサンミシェル旅行をしたので、朝、昼、晩の雄姿を拝むことができました。幸い、霧も雨もなく、始めは曇り空だった天気は、夕方から翌朝にかけて快晴に変わりました。モンサンミシェル初心者にとって、これだけ晴れてくれれば「御」の字でした。

皆さんと同じように、モンサンミシェルの、ずっしりと美しい全景を記憶に残したいです。見た順序は、昼下がり、夕暮れ、夜景、朝の風景、です。

多くを語らず、美しい姿を拝みましょう。

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( 昼下がりのモンサンミシェル全景。実物は圧倒的な存在感 )

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( 見上げればサンミシェルの尖塔 )

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( フニクレールと垂直に近い絶壁をため息まじりに見つめる )

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( 夕暮れの影は、かげろうのように )

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( 茜色の空は、次第にうすくなりつつ )

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( いまはここ、次はあそこと、明かりが灯る夕暮れのモンサンミシェル )


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( 藍色の空を背に夕闇せまるモンサンミシェル )


MSM夜景0429
( 夜空に輝くモンサンミシェルを、ひたすら見つめる )

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( ライトアップが幻想的な金色のサンミシェルは輝く )

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( 干潟の彼方に若い太陽が顔を出した )

MSM162朝日に輝く0430
( 朝焼けの美しいモンサンミシェルは静かにたたずむ )

MSM163朝焼けの天使0430
( 家並みの向こうに朝焼けのモンサンミシェル修道院 )


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( 快晴のモンサンミシェルの姿こそ絶景なり )

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( 朝もやに霞むモンサンミシェル遠景 )


MSM朝のクエノン川の向こうに0430
( 遠くにそびえるモンサンミシェルのピラミッドが別れの姿 )


我が家も、有名な風景を、自分の五感で体験できて、全員満足。
月並みですが、さようなら、美しきモンサンミシェル!

2019年6月記                                             了

パリに呑まれるニッポン人観光客 パリにいるのは私たちだけ 

パリに呑まれるニッポン人観光客

パリにいるのは私たちだけ   2019年春



「ニッポン人の嫌いな日本人」が、まだまだ残っていたことに改めて気づきました。とても、寂しいことです。

【1 確認が苦手 】

エッフェル塔見学のときでした。

最近の様子をご体験された皆様は分かると思いますが、エッフェル塔は、とても混雑しているうえ、セキュリティチェックあり、事前予約制度あり、入場ゲートの位置がよく変わる人気観光スポットです。

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( パリ観光の華のひとつ、エッフェル塔の美 )

そして、この手順や案内表示が、観光する側から見ると、あまり明確ではないのです。

私たちは、公式サイトから時間指定キップを事前購入した予約客でした。今のエッフェル塔は、土台を囲むように透明のフェンスが延々と張られています。フェンスの切れ目を探して、まずセキュリティ・チェックを受け、その後に入場ゲートへ行きつかなければなりません。

大勢の人が並んでいるセキュリティ・チェックの行列に近づくと、2、3列に一本の割合で立て札があり、「レストラン予約者レーン」、「時間指定予約レーン」、「キップ購入レーン」と3種類の表示があるものの、どの列がどれに相当するやら、あいまいです。
そこで、真ん中あたりの列の後ろに入り、前に並んでいた方に、

「すみません、ここは、時間指定予約キップの列ですか?」
とフランス語、英語の順で尋ねると、何と素敵なニッポン人カップルでした。

「私たちは、時間指定キップを持っていますが、前の方のキップは3時間先のようです」
と、日本人の方は、ご自身のキップの指定時刻を私たちにヒラヒラさせながら答えてくれましたが、顔には「実は、不安です」と書いてありました。3時間先のキップを持った方は、中南米からの旅人のようです。

これでは確認できません。

時間指定のキップは、予約時刻から30分限りで効力発揮。その30分間に限って、他の一般客を飛び越えて優先的に取り扱ってくれる制度ですが、遅刻したら一般客扱いになります。また、3時間先のキップは、現在時刻では、一般客の取扱いと変わりありませんし、厳しい場所では、「まだ早すぎます。入れません」と言われて、待機場所にさえ入れてくれないケースもあります。予約は、遅刻してもだめ、早く行き過ぎてもだめなのです。

結論として、前の方の2組の例だけでは、私たちの列が時間指定入場用の優先レーンであることは確認できません。

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( ルイヴィトン本店。ここも入場制限がかかるときがあります)

【2 何とかしなければと思うタイミング 】

そのため、仕方なく、面倒くさいのですが、列の人混みを「すんません」とかき分けて、10人くらい前の人のところへ、にじり寄って、同じ質問をすると、「私は時間指定キップを持っていて並んでいます。そして、優先レーンだと思っています」との答え。

この状況ですと、8割方、予約者の列のような感じ。列も少しづつ進んでいるので、いまさら、似たような長さの「本当の」優先レーンを見つけて移動しても、スピードアップにはならない状況です。7対3くらいの信頼性で、このまま列に並んでセキュリティチェックを受け、そこで、何かあったら係の方と再交渉の方が、トータルで何とかなりそうです。

それで、戻ってくると、
「たぶん、おそらく、ここで大丈夫でしょう。前の方の人も『多分ここ』と言っていたから」
と状況報告。「日本人は、こういうとき、確かめる作業をしないんだよね」と、ぶつぶつひとりごとを言ったのが、先方様にはお気に召さなかったようです。その後は、口も開いてくれません。

①「日本人は」論で、他のニッポン人を誹謗中傷する昔風の口調に聞こえた。

②「私は正しい」と思って並んだカップルの男性の判断が確実ではないことを、私があばいてしまい、同行者に恥をかかせた。特にマダムの方が、パリ慣れしている感があり、男性が、もともと気おくれしていたところへ、男性の判断に不安材料があることが発覚したので、余計、頭に血がのぼった。

どうして、分からないなら分からないと素直に答えて、確認作業をしないのでしょう。

また、間違った列に並んだため、列の並び直しを指示されたり、入場時刻に遅れた場合、まとまって多くの人数で交渉に臨んだ方が得策です。入場ゲートを突破するまで、一時的な連帯を結成しようと思わないのでしょう。「多勢に無勢」作戦は、土産の値引き交渉などで、よく中国人がやります。マナーが悪いと成功率は低いのですが、おっとり型でルール重視のニッポン人がやると、意外に効果を発揮します。


【3 パリでメンツをつぶされる屈辱 】

「『男のメンツ』をつぶした、あなたは、すごく恨まれていると思う」とは、我がマダムの弁です。カップルの女性の方が、どう思ったかのコメントはありませんでしたが、「あの人たちは無礼な観光客だし、彼は意外と気弱だし、ああ、頼れるのは、やっぱり私自身しかないのね」と、思ったのではないでしょうか。

パリの誘惑は妖艶です。日本人に対して、とても強い作用を引き起こす場合があります。誘惑されてしまうと、ご本人たちのカップルやグループの周りに、一人として個人行動のニッポン人は存在しません。私たちは、彼らからすると、あってはならない存在なので、見て見ぬふりをするしかないのです。頭の中では、彼らはフランス人に取り囲まれて、ほとんど優雅に、でも、ときどきフランス語にうんざりしながらパリ観光を、不安感50%くらいで満喫しているのです。アメリカ人やアフリカ系の皆さまは、パリの国際性を演ずるエキストラみたいになるようです。

ParisSGデプレカフェに入る私0501
( パリ独特の街角カフェの優雅な雰囲気 )

「別に、パリは、あのカップルなんかに特に目をかけていないと思うけど」、と言うとケンカになるので黙っているに越したことはありません。

Parisラジョコンダは私だけのもの052019
(La Joconde/モナ・リザ。別にあなただけに微笑んでいるわけではありませんことよ)

それとも、用意周到に事前予約をしていたにもかかわらず、トラブル発生でエッフェル塔に上れず、とブログに書く方が格好よいのでしょうか。ちょっと声かけするだけで、エッフェル塔観光なんか、何ら問題なくできます。「尋ねるは、いっときの恥、知らぬは、一生の恥」です。声をかけあってパリ観光、フランス旅行を楽しめばよいのではないでしょうか。


【4 優先レーンの取扱はどうなのよ 】

言い忘れましたが、本題の、一般レーンと優先レーンの区別はどうであったかと言うと、
「あまり列が長くない場合は、適当にセキュリティ・チェックの列に並ばせる」
だったと感じました。

おそらく、全体が長蛇の列になって、場の雰囲気がざわざわし始めると、間違えて並んだ人を、係員が声掛けして、本来の優先レーンに誘導したりするのではないでしょうか。フランス人は、こういうとき、意外とカンがよいので、長蛇の列の整理に取り掛かる確率が高いです。


2019年6月記      了

















パリに呑まれるニッポン人観光客 TGVに乗れるのは俺たちだけだ

パリに呑まれるニッポン人観光客 
 
TGVに乗れるのは俺たちだけだ    2019年春



「ニッポン人の嫌いな日本人」が、まだまだ残っていたことに改めて気づきました。とても、寂しいことです。


【1 TGV車内でシカトするニッポン人 】

パリからモンサンミシェルへ向かうために乗ったTGV車内での出来事です。

TGV2階建てと右の改札機MPNS201904
( TGVアトランティックの2階建て車両。右のホーム上の改札機 )

私たちの予約していた座席に行くと、そこには見知らぬ4名の旅行者が座っていました。

私は、そこそこのフランス語で、
「すみません、私たちは、ここの座席のキップを持っています。皆様のキップを見せてくださいな」
と丁重に依頼し、自分のE-ticket をひらひらさせました。それなりの確率で、二重発券もありうるからです。
「・・・・・・・・」
次に、「英語話せますか?」と、言葉をかけました。

すると、何か変だぞ気づいたような、一人の初老の男性が席を立ちあがり、電光表示の座席番号を見ると、お連れに「あっちの席みたいだ」と、日本語で言って、自分はさっと席を離れました。そして、4-5列の奥の方の席番を見たあと、仲間に手招きで「こっちだ・・・・・・・」というような合図を送っています。

TGVアトランティック2等車内旧モデル199007
( TGV2等車の車内の様子。1999年ごろ。今は、もう少しカラフル )

それを見ていた残りの3人は無言で立ち上がり、私たちに一切言葉をかけず、そして、目も合わせず、膝上の小カバンを持って移動しました。その後、カバンを置いて戻ってくると、頭上の棚に置いてあった旅行カバンやコートを降ろすと、無言で立ち去りました。

その中の一人は、多少、足が悪い様子。おばさま風の同行女性が「・・・・、大丈夫?」と、小声の日本語で声をかけるのが聞こえました。

3人は、私たちなど存在しないような振りをし、反対側の窓の外などに視線を向けながら、ぞろぞろと席を移ったのです。


【2 無言で睨まれる 】

我がマダムにも「あの人たち、こっちの方を、こわそうな眼付きで睨んでいたわよ」と、あとで言われました。

マダムは、私が、最初にフランス語で、次に、英語で質問したのを聞いています。そして、「私たちが日本語でしゃべっているのを、先方の4人には聞こえていたと思う」と、言っています。マダムも、彼らが席を移動するとき、私たちに何も言わず、目線も合わさなかったことも知っていました。常々、マダムには、「あなたも決して感じは良くないと」、言われて続けていますが、そんなレベルの比ではないくらい、彼らの感じは悪かったそうです。

「私たちが、いわゆるフランス人顔だったら、小さくなって『すみません』と、言って席を移動したんだろうね」と、マダムは言っています。彼らは、そういうオーラを持っていたと感じたようです。

「ほんと、いいものを見せていただきました」

こうして、ブログ一作分のネタを提供していただいたのですから、感謝しなければいけません。


【3 つぶれたメンツ 】

我がマダムの想像した、先方ご一行様の心理です。

①リーダーの初老らしき男性は、TGV車内に入るやいなや、入口に近い場所に、予約した内容と同じ4人向かい合わせの席を見つけました。そこで、座席番号を確認せずに、”知ったかぶり”で、「ここだ、ここだあ」と、仲間に向かって自信たっぷりに、本来の私たちの座席を案内して、自分もすわりました。

( 4人向かい合わせの座席は1車両に4カ所くらいあります。ですから、車内の座席番号と自分のキップの番号を照合することが必要です。また、ファミリー向けの人気席なので、二人席と替わるのをいやがる人も多いです。 )

tgv 4人席の例 SNCF
(  TGV2等車の座席配置例。ところどころに4人向かい合わせ席がある )


②どんどん乗客が増えてきましたが、しばらく、4人席に来る人がいなかったので、リーダー格は、「どうだ、おれの予約ノウハウはうまいだろう」と、同僚に笑顔を振りまいていました。

③そこへ私たちが登場し、フランス語で座席確認を求められたので、超びっくり。そして、3秒後には、自信たっぷりに陣取った場所が、予約席ではないことに気付きました。そのうえ、相手は、どうやら日本人です。

「お、おれのメンツが、丸つぶれじゃないかあ・・・・・!」

リーダー格の方のプライドは、一瞬で地に堕ちてしましました。足の不自由な母も、『席移るの?』みたいな不満顔を自分に向けたと思い込みます。

④こういうときは、他人、特に、言葉も分かる同胞のニッポン人への責任転嫁が、最初で最終の手段です。座席表示が分かりにくいTGVサービスに文句を言うなんて、これっぽっちも思い浮かびません。

「憎いのは、いま、そこにいる観光客然としたニッポン人。フランス人の前で、俺に恥をかかせやがって!。でも、席は間違えているので、どかなければならない・・・・。」

「俺たちは、あのニッポン人のせいで『席をどかされた』、ちくしょう!」

赤っ恥と、怒り心頭で、私たちを睨みつけますが、すごすごと座席移動せざるを得ないのです。それを察知した他のお三方も、私に恨みをぶつけてシカトします。結局は、リーダーに従って行くしかありません。


【4 パリに呑まれて 】

西暦2000年ごろまでは、海外、特に欧米諸国でニッポン人を見かけると、わざと無視したり、気づかないふりをする日本人旅行者が多い感じでした。けれども、最近は様変わりして、お互いに、「こんにちは、どこから来たのですか。それでは、よい旅を」くらいに声を掛け合うようになったな、と感じていました。

どうやら、この変化は、フランス、特にパリについては当てはまらないのではないかと不安になりました。

それだけ、世界一妖艶(ようえん)なアイドル的観光都市 『パリ』 さまの強烈なオーラは、まだまだ、一部の日本人旅行者をイチコロにするようです。『パリ』 さまに対して、日本人の方からの一方的な疑似恋愛関係ができてしまうのです。

『パリ』を、『フランス』という言葉に置き換えても通用する心理です。ヨーロッパ主要国を観光する場合でも、フランスは独特の雰囲気が強めです。個人旅行のコツを少し覚えただけで、鬼の首を取ったような気持ちになりやすい国です。

「私だけのパリちゃん、他の日本人の方を向いちゃだめ!」

「パリは、私(たち)だけのために、微笑んでいるよの。あんた、目障りだから、どきなさい!」

Parisよあたしだけを見て
( パリよ、あたしだけを見て! )

『酒は飲んでも呑まれるな』ですから、『パリを愛でても呑まれるな』です。


【5 リラックスして楽しいTGVの旅を 】

冒頭のような場面で、メンツとかプライドに重きを置く心理は、中国人、韓国人、ニッポン人に、よくありがちな気がします。
たかがTGVの座席チェックです。ときどき指定席の二重発券があったり、車両変更で、当該座席番号がない、という事態も起こります。

お互いに声を掛けあって助け合いましょう、何とかなるさ、旅は道連れ、の気持ちを忘れずにTGVの旅を楽しみましょう。

TGVホーム混雑MPNS201904
(  TGVは数多くの乗客で大人気 )

今回、私たちの乗った車両内で、座席表示の電光表示が点灯したのは、くだんの方々に問いかける数分前です。もとはと言えば、乗客を車内に入れてから座席番号表示を点灯させるようなSNCFのサービス感覚が混乱の原因です。

それでも、去年も昨日も、何とかなっていたのです。私も、先客に尋ねながら自分たちの座席を探していました。

ですから、

「すみませんが、皆様はこちらの座席ですか?」
「あっ、いけねえ。座席表示が消えていたから、つい、ここだと勘違いして。ごめんね、いま移るから」

このくらいでいいのです。

あるいは、

「間違ったのは私たちで、本当は、3列先の4人席なんです。でも、母の足が悪くて、できるだけ動きたくないのです。ミスをしたのはこっちですが、あちらの4人席と替わっていただけないでしょうか?」

というように受け応えをしてくれたら、事はスムーズに進んだはずです。さらに、会話の途中で、お互いに日本人と分かったのですから、ダメもとで、このような複雑な提案もできたのではないでしょうか。

モンサンミシェルへ個人旅行で行けるスキルを持っていることは重要ですが、これだけでは「仏作って、魂入れず」状態。実際に、その場の状況変化に合わせたり、言うべきことはきちんと言って、満足度も高く、費用対効果も予算どおりの言動をしてこその旅行スキルだと信じて止みません。

かのリーダー格の方は、ご自身では「自信たっぷり」なのでしょうが、端から拝見すると「緊張しています」と顔に書いてありました。

「リラックスしてください。分からないことは、その場で確認してください。そして、よいご旅行を」


2019年6月 記    了
































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