私の旅する外国語
1) 英語とフランス語
私が海外旅行で使う言葉は、英語とフランス語です。
英語に比べてフランス語のレベルは、かなり見劣りしますが、旅行するくらいならば大丈夫です。
中国語やアラビア語は、まったくできません。日本語も、得意ではありません。空気が読めないという、日本語習得能力における致命的な欠陥を負っているからです。
バスク語と訳されているウスケラや、その他の言語も、一つか二つのあいさつ語くらいは覚えますが、外国語を話すという感じではありません。
その割には、よく海外に行くじゃない、と指摘を受けそうです。
「何だかんだで、旅行者の出没しそうなところ、だいたい英語書いてありますから」
( 海外旅行で英語が書いてあると、ほっとします )
海外旅行や外国関係の仕事において、外国語ができたほうが良いことは自明の理です。その一方、外国語が全くできないからと言って、海外旅行ができないとか、貿易などの仕事ができない、ということもありません。自信を持って、海外に出かけ、外国人と渡り合いましょう。
英語ができると、たいていの国で何とか旅行ができます。日本への旅行でも何とかなります。
フランス語で意思疎通ができると、ヨーロッパ旅行やアフリカの半分くらいの国の旅行が、さらに楽しくなります。また、フランス語が分かると、親戚関係にあるスペイン語、イタリア語、ポルトガル語、ルーマニア語などでの意思疎通が有利になります。恋愛とか男女関係のもつれに寛容になる傾向が出ます。
同じような背景で、ドイツ語ができる人、ロシア語ができる人は、それぞれ類似の言語を話している場所では、他の方々より意思疎通がしやすいと思います。ただし、中国語については、どういうコミュニケーションの広がりが展開するのか、私には想像できません。
2) たくさんの言葉
ヨーロッパに行くと、各国人が集まりそうな場所には、たくさんの言語で説明や注意が書いてあります。
( 観光地での多言語表記。イギリスのイーリー大聖堂。日本語がユニーク )
実に多種多様な言葉があるんだあ、と実感します。それと同時に、ヨーロッパ系の言語って、何だかんだ言っても、かなり似ているんだ、とも感じます。字面だけで観察すると、いわゆるアルファベット、キリル文字、日本語と中国語に出てくる漢字、アラビア文字の四つくらいが、好対照を成しています。
「この四系統の言葉ができたらすごいな」というのが、率直な感想です。
ですから、
「私は、ドイツ語、オランダ語、ノルウェー語、英語、スペイン語ができます」と、言っても、きびしい評価をすれば、せいぜい、ドイツ語・英語グループと、スペイン語グループの二言語ができます、というくらいに過ぎないのではないか、ということです。私たち日本人と、あまり変わりませんね。
念のため申し添えますが、オランダ語などを卑下する意図は皆無です。各国語の関係には、大くくりなグルーピングがあるので、日本人の考える多言語話者と、ヨーロッパ人の言う多言語話者では、少しレベル感が違うというということを理解してほしい、ということです。
3) 言葉の持つ特異な力
これからの海外旅行では、言葉の問題について、AI、つまり人工知能の成果がどんどん入り込む、と私は信じています。
英語ができないから海外旅行を思いとどまってしまう人たちは、音声認識タイプの小型翻訳機を使えば、不安なく旅行できる時代は目前だと思います。
英語とフランス語ができるなんて、普通の海外旅行者にとって、なんらメリットではなくなるでしょう。スマホ操作が苦手で、美術館やウーバーの予約ができないとか、フライト変更通知が届かないので、出発便の遅れを知らないまま空港まで行って時間の無駄になった、という方が、ロスが相対的に大きくなるでしょう。
それでも、言葉の持つ特異な力は残ります。個人と個人とが信頼し合うためには、肉声で話し合うことが必要です。
肉声には、話し手の感情が乗り移り、それを相手も察知できます。お互いの顔つきや、声の抑揚で、話し手の気持ちを補完して伝えることができます。あなたに好意を持っている、とか、単に客と担当者としてお話ししているかが分かるのです。
AI翻訳機を使って、互いに好意を抱いていることが分かったのでカップルになっても、その次には肉声で話さないと愛情ははぐくまれないと思います。話し手の情熱と思いやりを、肉声で相手に伝えることが絶対に欠かせません。
海外旅行をしていると、たまに、友達の輪が広がる幸運な場面に出会えます。これは、実際に旅行した者だけのユニークな体験であり、人生の肥やしです。
たくさんの方が、地元の人たちとの他愛ない会話を、旅の貴重な思い出として書き残しているのも、同じ理由です。個人と個人との会話は、私とあなただけの秘密体験です。他人に話しても、減ったり、価値が低くなることはありません。名所の説明書きで得たよう知識やグルメ解説は、学者さんやリピーター旅行者の解説にかかれば、ふけば飛ぶような自慢話に過ぎないことと大違いです。
4) 将来の海外旅行体験
グーグルマップや動画サイトの普及により、今以上に、遠くの風景や出来事も、自分の居場所で簡単に見ることができるようになるでしょう。
ますます現地報告型の体験談や、旅行記は意味を失います。旅行者が何を感じ、旅先の人や物とどういうふうに接し、どういう気持ちになったかが、旅行記や体験談の最大のポイントになると思います。
写真が発達したため、従前のように、肖像画や風景画を綿密に描く必要がなくなったとき、西洋で、人間の感動を、物や表情を通さず、記号や模様を使って表現する抽象芸術が発達しはじめました。私たちは、生活上では、昔ながらの絵や彫刻を見慣れているため、抽象芸術を受け入れない人が多いです。物の形や顔があると、そちらにイメージが引っ張られてしまい、感動の本質がぼけてしまう側面も理解してほしいな、と思います。
技術の変化により、海外旅行体験でも同じようなことが、進行するような気がします。グーグルサービスで見た名所旧跡を実地で確認して、大げさに語ったところで、「ああ、知ってるよ。それが、どうかしたの?」で終わりです。
それよりも、人と人との接触を通して、旅行者ひとりひとりが何を感じたか、もっともっと直接的な感想を伝えてほしいです。
「窓口の係員は親切だったけど、入場料お一人様60ドル。出口で、これでもかの笑顔でチップねだり。ぼったくり体質だなあ」
「注文の料理が売り切れたおわびに薦めてくれた料理を、片言の英語で一生懸命説明する店主の、おもてなしの気持ちに、この国の真面目さを感じました」
そして、何語で話したのかは、けっこう大きなポイントだと思います。言葉は文化なので、各言語特有の言い回しを通して、旅行者ひとりひとりは、旅先の人と文物を感じるでしょう。
例えば、英語で旅するフランスと、フランス語で旅するフランスは、微妙に違った国になります。最近では、「フランスってのは、フランス語オンリーだ」と、戦々恐々としながら渡航したフランスで、観光業関係者の大半が、きれいな英語で応対くれた体験を、驚きと歓びいっぱいで語る人の多さが印象的です。
( フランスでも多言語表記は当たり前になった。ルーブルにて )
「でもねえ。世界中どこへ行っても、英語、エイゴ、っていうのも恐ろしい」
「その気持ち、よく分かります。だから、反、英語帝国主義みたいな流れがありますね」
「そういうとき、フランス語を出すと、一気に雰囲気なごむんだよね」
フランス語というのは、いまだに、隠然たる力を持っているようです。
2018年2月