やまぶきシニアトラベラー

気まぐれシニア・トラベラーの旅。あの日から、いつか来る日まで、かつ、めぐりて、かつ、とどまる旅をします。

ビルバオのインテルモーダルを出入り

ビルバオのインテルモーダルを出入り   2022年11月記

ビルバオへクルマ以外で出入りをする場合は飛行機かバス利用です。鉄道の長距離列車が事実上、絶滅状態だからです。
私も、久しぶりにビルバオの長距離バス・ターミナルを利用しました。コロナ禍前は現在地の地上にあったバスターミナルは、2019年秋ごろ地下2階に移設され、名前も「インテルモーダル:Intermodal」と、カッコいい名称になっていました。

「日本語で言えば『交通センター』ですね」
「なーるほど」

20220915ビルバオBTインターモダル (1)
(インテルモーダル地上出入口)

インテルモーダルのビルは、赤に壁が遠目に目立つ現代的なビルです。
日本人を含む多くのガイジン観光客は、地下のバス乗り場とメトロの連絡通路を行き来するので、地上の様子は記憶に残らないようです。

トランヴィアという市内電車利用だと、サン・マメス停留所から地上を歩いてインテルモーダルに行き来するので建物を見ることができます。建築デザインとしてのユニークさには欠けますが、旅人には縁の深い場所ですので、しっかりと記憶に残しましょう。

20220915ビルバオBTインターモダル (2)
(トランヴィアのサン・マメス停留所とインテルモダール)

インテルモダールの上の方の黒い窓の部分は新規開業のイルニオン・ホテル・サンマメス:ILUNION Hotel San Mamesです。四つ星のデラックス・ビジネスホテルのようです。ホテルの隣りでも建築工事をやっているので、次は何ができるのやら。ビルバオの尽きることがない都市再生あるいは都市再開発プロジェクトの活気を間近に感じます。

次の写真はメトロやRENFEの近郊電車でサンマメス駅下車の人たちが通る連絡通路です。

202209ビルバオインターモダルとメトロ連絡通路
(地下のインテルモダール連絡口)

通路を入って右に曲がり、突当りを左に曲がった先がバス乗り場へ降りる総合改札口です。

「えっ、バス乗り場へ入るのに改札があるの?」
「ご名答。最近の流れは治安対策も含めて、要所要所で人のチェックです」
「近郊路線バス乗り場もあるので、バリクカードを持っていても入れます」
「出来た当初とは異なり、最近は利用方法も定着してきたので、改札機横に人が待機していて迷っている乗客を支援したりはしません」
「ですから、変な声掛けをしてくるヤツには注意しましょう」

202209ビルバオインターモダル乗り場口
(写真中央が地下2階のバス乗り場へ行く改札口)

改札の背後のあたりや、右の奥にキップの自動券売機や有人のキップ売り場があります。
機械や窓口は会社単位なので、自分の乗りたい路線のバス会社を確認してからでないとキップは買えません。分からないことがあったら、写真で「i」の字が映っている案内所に入って尋ねましょう。

「あのう、スペイン語もバスク語もわからないんですけれども」
「何とかなります」

202209ビルバオインターモダルB1カフェ
(改札口の横と地上階にはバルもあります)

インテルモダールは、開業して3年しか経っていないので、どこもかしこもピッカピカ。掃除も行き届いています。

202209ビルバオIntermodal乗り場風景
(地下2階の中長距離バス乗り場)

ビルバオは、都市圏全体で人口が100万人くらいですのでバス乗り場も賑わっています。高速バスも昼間はいっぱい発着しています。バスが発着するプラットホームは空港や駅と同じようにスクリーンに表示されますので、自分で乗り場を確認しましょう。バスが来る頃になったら待合室からガラス戸を押してプラットホームに出て行きましょう。

日本ではないので、案内放送や係員の肉声による呼び込みはありません。大型荷物は、原則として乗客自らがバスのトランクを開閉して出し入れします。

このような体験をすると、案内放送が四六時中響き、専門の係員がバスのトランクを開け閉めしたり、肉声で案内しているニッポンって、なんだか途上国の混沌とした光景に近いです。何もスペインやビルバオが「上」という訳ではありませんが、ニッポンのやり方は、とっても非効率。人が付いていなくてもできることに、わざわざヒトを配置しているのは明らかに経済的非合理。これを「固有の文化」とか「おもてなし」などと言い換えているうちは、当分ニッポン経済の復活はなさそうだな、と私は感じました。












今日もさりげなく走るFEVEバルマセダ線

今日もさりげなく走るFEVEバルマセダ線  2022年11月記

2022年9月、実に30余年ぶりにFEVE:フェーベ・バルマセダ線に乗りました。この路線は、ビルバオのコンコルディア駅とバルマセダ町のラ・カルサーダ駅の間、約25Kmを結ぶ近郊路線です。

1世代分、時が経ったはずなのに、この狭軌鉄道は、電化された以外にあまり変わることなく公共交通機関としての使命を果たし続けていると感じました。同じ期間に日本の中都市近郊鉄道が、いつの間にか衰退していたのとは対照的です。スペインの交通政策がまともなのか、それとも日本の交通政策が失敗の積み重ねだったのか、考えてしまいます。

202209朝のコンコルディア駅
(C4系統、バルマセダ線の始発駅コンコルディア駅)

FEVEは、スペイン語の”Ferrocarriles de Vía Estrecha”= 狭い軌間の鉄道路線、つまり「狭軌鉄道」の意味です。現在では、スペイン国鉄のレンフェ:RENFEの狭軌鉄道部門のブランド名になっています。鉄道マニア以外には線路の幅など関係ないのですが、昔から「フェーベ」の名前で親しまれています。バルマセダ線はビルバオ近郊路線のC4系統に指定されています。当然、バリクカード利用で乗れます。

202209FEVEC4コンコルディア駅PF
(コンコルディア駅に停車中のバルマセダ行普通電車)

202209FEVEC4電車内部
(バルマセダ線電車の車内風景)

202209FEVEC4コンコルディア駅終端部
(サンタンデル行ディーゼルカーと保存展示の蒸気機関車)

電車の運行間隔は、通勤時間帯は30-40分ごと、その他の時間帯は、おおむね1時間ごと。電車は5時半すぎから23時すぎまで走っています。時刻表は以下のサイトなどで見られます。日本式に、見開きに全駅全列車が書いてあるような時刻表は、なかなか見つかりません。生活習慣が違うので仕方ないのです。

FEVE Ferrocarriles de vía estrecha / Horarios y precios / Consulta de horarios (renfe.com)

列車の本数も所要時間も30年前とほとんど変わっていないことも驚きです。時流の変化に対応して投資を行って利用客をつなぎとめている感じです。30年の間に高速道路ができたり、一般道の整備が進んだことを勘案すれば、この路線は大健闘していると言えましょう。

202209FEVEC4バスルト病院前駅全景
(ルート変更で新設のバスルト・大学病院前駅)

ビルバオの再開発計画に伴うルート変更により新設した駅のひとつ、バスルト・大学病院前駅:Basurto-Ospitalea は写真のようにガラス張り半地下構造です。道路の反対側が大学病院の正門で、周囲は中層マンション街ですがヒトの動きはほとんどありません。

202209FEVEC4バスルト病院前駅と電車 (2)
(バスルト・大学病院前駅構内と上りコンコルディア行電車)

バスルト・オスピタレア(大学病院前)駅は市内バス停も駅出入口の眼前にあるので、電車が着くと10人、20人単位で下車客があります。しかし、その他の時間帯は、がらーんとした状態です。自動改札口が設置してあるので、利用客以外の怪しい人物がホームをうろちょろすることはありません。

上り下り合わせて1時間に2-4本の電車が着く駅でも応分の設備投資を行い、公共交通のサービスレベルを維持する行政の姿勢は積極的に評価したい点です。

ビルバオ中心街を抜けた電車は2駅ばかりネルビオン川を見下ろす斜面の中腹を走ります。車窓からは整ったビルバオ市街が遠望できるので、是非、眺めてください。数年後には線路際にも、かの故ザハ・ハディード氏が基本コンセプトを作った中洲の高層ビル街ができてくるはずです。

202209ビルバオ西ネ川夕方車窓 (1)
(ネルビオン川沿いの車窓)

電車は、15分くらいすると谷間に分け入り、川沿いにくねくねと曲がる線路に車輪の音を軋ませながらバルマセダを目指します。小さな集落に止まるたびに、2人、3人と乗客が降ります。途中のアラングレン:Aranguren という駅でサンタンデルへ向かう線路と分かれると、あと2駅でバルマセダ。次第に高さを増した丘陵の緑の間を縫うように10分ばかり走ったところが、舟状の小盆地に開けたバルマセダ:Balmaseda です。電車は街中で、昔からあるバルマセダ駅と、電化に際して延長した1kmほど先の終点ラ・カルサーダ駅に停車します。両駅の中間に車両基地があり、待機中の電車や豪華観光列車牽引用のディーゼル機関車が止まっています。


202209FEVEC4バルマセダ駅午後風景
202209FEVEC4バルマセダ駅午後のどか
(バルマセダ駅構内と駅に着いた電車)

202209FEVEC4終点Calzada駅と電車
(終点のラ・カルサーダ駅)

202209FEVEディーゼル機関車側面
(観光列車用のディーゼル機関車)

コロナ禍で利用者も貨物輸送も減り、FEVEの収支も悪化したようです。細かいことは分かりませんが、最近、貨物列車を廃止したようです。バルマセダ駅西方の車両基地や、途中のアラングレン駅には錆の浮き始めたディーゼル機関車数両や貨車がいっぱい止まっていました。

これからバルマセダ線やビルバオ地区のFEVEはどうなるのでしょう。当たり前のようなクルマ社会のなかで、コロナという予期せぬ負の要因に見舞われたローカル線の未来が気になります。





ビルバオのメトロとノーマン・フォスター

ビルバオのメトロとノーマン・フォスター   2022年11月記

日本人のビルバオ観光と言えば、1にグッグアイム(グッゲンハイム)美術館、2にビスカヤ橋、3は有名バルめぐりが定番でしょう。

もう少しチェックポイントを広げてみませんか。ビスカヤ橋の往復で利用したメトロも実は観光の要のひとつです。グッゲンハイム美術館開館に先立つ1995年に第一期分が完成しました。全体のコンセプトは、イギリス人のノーマン・フォスターさんが手がけました。フォスター氏は1936年生まれで2022年現在存命中。男爵称号を授けられた現代を代表する有名な建築家だそうです。氏の委細はwikipediaや物知り博士様のブログに情報満載です。

実は、私もメトロ・ビルバオに乗るまで、氏のことは全く知りませんでした。

202209メトロM駅ノーマンフォスターサイン正面
(モユア駅の改札外地下通路にあるフォスター氏のサイン入りモニュメント)
202209ビルバオメトロモユア駅出入口
(観光客利用も多いモユア駅出入口のひとつ)

ノーマン・フォスターさんのサインのコピー入り記念パネルがモユア駅の通路にはめ込んであります。お気づきの方も少なからずいますが、通り過ぎた方はモユア駅の様子を思い出していただき、これからビルバオ観光予定の方も、ほんの10秒くらい足を止めてほしいです。

メトロ・ビルバオ全体は、駅や電車などを含めてトータルデザインされています。ゼロからメトロを作り上げたため、既存システムを改廃するための制約がなかった点は有利な条件だったでしょう。その代わり、人口100万人程度の都市圏で巨額のメトロ建設費を投じた割には利用客がさっぴり伸びず、失敗プロジェクトの典型例となり兼ねないリスクを背負っていたことを忘れてはいけません。

202209ビルバオメトロ駅典型デザイン
(地下区間の駅は、ほぼ同一デザイン)

鉄道サービスに注目するとき、日本のように、「かの有名な『水戸岡鋭治さん』デザインの車両」という風にピンポイントで話題を絞ってしまうとメトロ・ビルバオのユニークさに気づきにくくなります。撮り鉄、乗り鉄のような縦割りの視点で観察すると、どのジャンルにも当てはまりません。知名度の低い中規模都市にもメトロが走っている程度の感覚になりがちで、鉄道ファンの記憶にも残らないようです。一般の観光客になると尚更で、他人様のレポートを読んで「ふむふむ、ガラスドーム状の出入口がメトロの名物なんだ」と早合点してしまうのは寂しい限りです。

202209ビルバオメトロクルーセ駅大学病院前
(記憶に残るガラス張ドーム状のメトロ出入口)

「もう少し、自分自身の目でメトロ観察をしてみましょう」

ビルバオ市自身が、鉄と造船の街から、アートと食などの街に生まれ変わろうとしたとき、ジャンルを問わずに新進気鋭でユニークなデザインを徹底的に採用したことを感じるはずです。評価は分かれていたかも知れませんが、それなりの有名建築家を起用しましたから、デザイン料だって少額ではなかったはずです。

202209ビルバオメトロサンマメス駅PF俯瞰
(メトロの地下区間の駅構造も同一パターンですっきり)
202209ビルバオメトロアルゴルタ駅電車
(地上区間の駅と電車。アルゴルタ駅にて)
202209バリクカードと路線図他
(バリクカードとメトロ利用案内)

ICカードのバリクカード利用の場合、運賃はキップの3割から5割引きくらいです。メトロは、たとえキップで全線乗り通しても片道4ユーロくらいの安くて便利な公共交通機関です。昼間の都心部では4、5分間隔で電車が走っていますから、時刻表いらずでメトロ体験ができます。21世紀のビルバオの第4のポイント体験を忘れずに実行してましょう。






ビルバオの地味なRENFE近郊電車

ビルバオの地味なRENFE近郊電車   2022年11月記

ビルバオにも国鉄であるレンフェ(RENFE、正確には列車の運行を行っているレンフェ・オペラドーラ)の近郊路線があります。セルカニアス:Cercanias、の名称で3系統走っていて、いずれも、アバンド駅、正確にはアバンド・インダレシオ・プリエト駅が起点です。

202209RENFE近郊電車と車内 (1)
(アバンド駅で発車待ちの近郊電車(セルカニアス)。左が新型、右が旧型)

セルカニアスは目立たない存在です。アバンド駅周辺を除くとあんまり人口密集地帯を走っていないこと、運転間隔が15分から30分おきでメトロに比べて本数が少ないことなどが理由でしょう。それでも、地域密着型の近郊電車として、それなりの利用者に支えられて淡々と走っています。共通ICカードのバリク・カードで利用できるのは当然として、電車も新型車が投入され、バリアフリーやワンマン化も進み、21世紀のビルバオの雰囲気に合ったサービスを提供しています。

電車の内部だって、次の写真のように、とってもきれいです。3両固定編成の新型車両は床面を低くして、プラットホームからバリアフリーに近い段差で乗り降りできるようになっていました。車内外に落書きもなく、ゴミも落ちていませんし、蛍光灯が壊れていたり、当たり前のように5分くらい遅れて走ることもありません。RENFE当局の気概を感じました。

写真ベースで見ても、にニッポンの通勤電車と、二つほど大きな違いがあるのですが、すぐ気づきますでしょうか?

ひとつは、向かい合わせの座席が原則であること、二つ目は、車内広告がないことです。

202209RENFE近郊電車と車内 (2)
(広軌鉄道の車内はさすがにゆったり。新型は左の旧型車両より床面が低い)

実際に乗車すると3つ目の違いに気づきます。車内放送がほとんどありません。駅名を1回、控えめな自動音声で案内するだけです。カラオケでマイクを握ったら話さないオヤジやオネエサンのように、のべつくまなく、あれこれ解説風の肉声放送をすることは皆無です。
口から生まれてきたんじゃないかと思うくらいおしゃべりで、他人が聞いてようが聞いていまいが、お構いなく早口で話をするスペイン人、イタリアン人からほど遠い静けさなのです。

202209RENFE近郊線時刻表
(近郊電車時刻表と案内板。おおむね15分から30分ごとに運転)

アバンド駅を発車した電車は、何と複々線区間を走って、すぐ次の駅に入ります。
駅の南側の道路橋からアバンド方向を眺めると、かつて長距離特急や夜行急行が発着していた堂々たる駅舎に似合わない3両編成の電車が、こじんまりと出入りする光景が見えます。

202209アバンド駅を南寄り俯瞰拡大版
(アバンド駅を発車する近郊電車)

C1とC2系統の電車は、ビルバオの都市再開発計画に従ってルート変更となった地下新線をゆっくりと進み、7分ほどで、バス・ターミナル近接のサン・マメス駅に入ります。

202209RENFE近郊電車と車内 (4)
202209RENFE近郊線サンマメス電車
(ピッカピカのサン・マメス駅に発着する近郊電車2葉)

駅は平日の通勤時でも、電車が着くたびに人がざわつく程度。通勤ラッシュと言うにはほど遠い混雑です。ニッポン人から見ると、うらやましい通勤電車事情です。赤字経営であるのは仕方ないとして、当初の経営予測と比べて利用者数や収入は多いのでしょうか、少ないのでしょうか。

セルカニアスも、どの駅も清潔に維持されています。自動券売機と自動改札機だけがある無人駅が大半で、トイレその他の駅設備もなく、建造物に係るコストは日本よりずっと低額のようです。ちなみに、清掃や点検のオジサン、オバサンを見掛けますので、駅その他のメンテナンス体制はしっかりしているようです。

202209バラカルド市内RENFE近距離電車 (2)
(ネルビオン川に沿って走るセルカニアスの電車)

ビルバオでは国鉄であるレンフェ(RENFE)の存在感は大きくありません。近郊電車を除くと特急電車が1日5往復のみ走っています。中距離の普通列車や夜行列車は全滅していて皆無です。いわゆるスペイン版新幹線のAVEが開通するまでは、ビルバオに鉄道で旅行するなんて日は来ないようです。

今回も考えさせられることの多いセルカニアスの電車体験でした。








ビルバオのトランヴィア2022年

ビルバオのトランヴィア2022年   2022年11月記

ビルバオの市内電車であるトランヴィア:Tranvia  に5年ぶりに乗りました。きれいに整備された連接車が時刻表どおりに街中を行き来している姿に安心感を覚えました。「市電のある都市っていうのは、どこか風格が漂いますね」と思うのは私だけではないようです。

20220915ビルバオBTインターモダル (2)
(新装のインテルモダール(バス・ターミナル)前を走るトランヴィア)


ここ5年の間にトランヴィアの路線は南の方へ2駅ほど延長され、終点がアチューリからブルエタに変わっていました。郊外線との乗換駅をブルエタに移し、従前はアチューリ駅に発着していた郊外線の電車全部をメトロ3号線に直通運転することにして利便性を高めたのです。

コロナ禍でスケジュールに多少の遅れは出ているでしょうが、電車やバスの競争力維持のために、弛まぬ投資を継続している姿勢は、日本も見習うべきでしょう。事業会社任せにすると、「クルマに押されて鉄道の利用者減、減便、さらに乗客減」という負のスパイラルから抜け出すことはできません。

202209トランヴィア市立病院前 (2)
(インテル・モダール西のバスクTV脇の坂を登るトランヴィア)

2022年9月現在、ビルバオのバス・ターミナルは「インテルモダール:Intermodal」の名称で地上から地下に移設され、跡地にはバルやイルニオン・ホテルが入った15階建てくらいのビルが建ちました。トランヴィアの停留所は以前と同じく「サン・マ「メ」ス:San Mame*s 」の名前で、インテルモダールに隣接しています。

202209トランヴィア市立病院前 (3)
(オスピタル/大学病院前、停留所に着くトランヴィア)

前の記事では紹介できなかった地区を少しアップしました。インテルモダールの背後には大学病院があり、周辺はマンションの立ち並ぶ中級住宅街です。

202209サビノアラナを行くトランヴィア
(サビノ・アラーナ大路を走るラ・カシーヤ行きトランヴィア)
202209G付近芝生軌道のトランヴィア
(グッグアイム/グッゲンハイム美術館付近の芝生軌道を走るトランヴィア)

緑色が目に優しい芝生軌道は、草が剥げた個所もないし、ゴミが散乱することもなく、見た目にもきれいです。清潔で安全、安心なトランヴィアがいつまでも走り続けますように。







パリのエッフェル塔をじっくり8 シャンドマルスの芝生で寝転ぶ

パリのエッフェル塔をじっくり8 シャンドマルスの芝生で寝転ぶ  2022年10月記

エッフェル塔の周囲は公園なので、晴れた日には芝生に座って、ゆったりとした時間を体験してはいかがでしょう。
「観光が目白押しだし、ショッピングもあるので・・・・・」
「まあ、しょうがいないですね」

エッフェル塔1階からモンパルナス補正後1986年8月
(エッフェル塔の下層展望台からシャンドマルス公園を鳥瞰)

エッフェル塔の真下から南の国立士官学校(エコール・ミリテール:Ecole Militaire )にかけて広がるシャン・ド・マルス公園の芝生に腰を下ろすか、寝っ転がることにしましょう。

TourEiffel0501 (13)
(エッフェル塔の上層展望台からシャンドマルス公園を鳥瞰)

30年前と比べても、芝生はいつまで経っても芝生のままのようです。

エッフェル塔と前のシャンドマルス1990年7月
(トロカデロ側からシャンドマルス公園を遠望)

セーヌ川を渡った北側からシャンドマルス公園の芝生を見てみましょう。あんまり感動ものではありませんね。

TourEiffel0501 (8)
(春うらら、シャンドマルスで寝転ぶ人々)

あわただしい観光客を後目に、パリ市民たちは休日に芝生にやってきては、のんびりとおしゃべり。春の暖かい日差しをたっぷりあびて気分よく家路についたり、カフェに場所を移して夕暮れを楽しむようです。

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(シャンドマルス公園の塔近く)

パリ都心部には、こうやって思いっきり足を伸ばせる芝生が少ないので、とっても、長閑な光景が展開します。


パリのエッフェル塔をじっくり7 夜景と著作権

パリのエッフェル塔をじっくり7 夜景と著作権  2022年10月記

エッフェル塔の夜景は有名です。最近は、シャンパン・フラッシュですね。

私も夜景の写真を探してみたのですが、20年前、30年前のものはほとんどありません。最近の夜景は、皆さんがいっぱい掲載しています。

エッフェル塔の夕暮れとセーヌ観光船1988年8月
(夏の夕暮れのエッフェル塔。1989年)

パリの夜景はきれなのですが、ここでは、夕暮れ風景と夜のライトアップでご容赦を。

エッフェル塔の夜のライト1988年8月
(ライトアップされたエッフェル塔。1990年)

現在の”シャンパンフラッシュ”は、毎時00分の1時間ごとのキラキラと輝く光の点滅であることは有名すぎるくらい。私もシャンパン・フラッシュを見たことはありますが、写真はありません。いまのスマホは、当時のカメラ以上に高性能ですから、気軽に夜景も撮影できるのですね。

また、シャンパンフラッシュには著作権があるようで、商業利用は許可制、有料制だそうです。知っていましたか?個人の旅行記程度のブログならば全く問題ないのですが、それ以上になると、大変そうですね。
「シャンパン・フラッシュだって、アイデア考える大変だったし、電気代だってかかるんだぞ」。





パリのエッフェル塔をじっくり6  鉄塔下の公園覚えていますか

パリのエッフェル塔をじっくり6  鉄塔下の公園覚えていますか

「歴史ある」パリの街を代表する19世紀の新しい建造物「エッフェル塔」。初めてのパリ観光ですと、気持ちが昂り、上へ上へと昇ることばかりに気を取られます。鉄塔下の足元の様子には注意が向きません。ですから、リピーターになって、もう1回、エッフェル塔をじっくりと観察しながら楽しみたいです。

私も、過去を振り返り、ここ30-40年で緑化されたエッフェル塔の真下あたりの様子を思い出してみました。1980年代は土台のすぐそばまでクルマが入れたと記憶しています。観光バスやタクシーが、つつーと寄ってきて停車しては、エッフェル塔詣での観光客を降ろしたり乗せていったりしたイメージが残っています。もしも記憶違いでしたらすみません。

エッフェル塔基礎部4隅に表裏なし1989年8月
(クルマ社会全盛の頃はエッフェル塔の基底ぎりぎりまでクルマ進入可)
エッフェル塔100年記念198908
(塔の直下ぎりぎりまでクルマが入れた頃のエッフェル塔)

しかし、いつの間にやら車道は狭められ、エッフェル塔の土台周辺の緑地も拡がったようです。そして最近では、たくさんのガラス仕切り版が建てられ、セキュリティチェックのための検査や順番待ちの行列をする空間へ変貌しているようです。緑化促進だったはずですが、何事も、思うようにはいかないようで・・・・・・。
TourEiffel0501 (45)
(21世紀のエッフェル塔直下は水辺の公園)

TourEiffel0501 (47)
(エッフェル塔真下の、いやしの空間)

それでも当局の努力により、住み心地の良いパリ、環境に優しいパリを目指した結果、緑が増えてきたようです。その一方、テロの標的にされるリスクも高まり、エッフェル塔観光も検問やら警察官の鋭い視線を気にせずにいられない時代となりました。個人主義のフランス人気質をもってしても、エッフェル塔を真上に見て、のんびりと寝転がるという気分にはなりません。

写真だけでは分からない現実を体験すると、現実とどのように折り合いながらパリを楽しむのがいいのやら、考え込んでしまいます。






番外  スペインではフンタール

番外  スペインではフンタール  2022年10月追記

イタリア語で言うスカルペッタやプッチャーレ。スペイン語では「フンタール」と言うんだそうです。多分、つづりは” juntar ”。スペイン物知り博士の皆様、あってますでしょうか。何せ、耳で聞くので書き方まで分からないのが本音です。

「何のこと?」
「次の写真を見ろや」です。
202209フンタールその2
(フンタール=ちぎったパンで、美味しいソースをぬぐって食べる)

「そんなこと質問するヤツがそもそもいないよ」
「普通にスペイン語習っていたら、絶対に出てこない表現だし」
「だいたい、全国どこでも『フンタール』って言うの?」(自信なし)
「少なくとも、北部のビスカヤ県では『フンタール』でした」(これは、きっぱり)

ちなみに、私が質問したら、よくぞ訊いてくれたみたいに大笑いされ、一部始終を写真に撮られました。料理のソース、スープの残りなど美味しい液状の料理をパンに浸み込ませて食べるのは、少なくともイタリア、スペイン、フランスでは日常の食事風景のひとつです。

「高級店では遠慮するのがマナー」、「お行儀が悪いので我が家ではやりません」などと一言付け加えるのはフランス風。「やっぱりフランス人らしく、一応は理屈をこねるのね」という感じです。実際は、テレビに映っていたり、公式な食事会でもない限り、多くの人が我を忘れて美味しいソースをパンに浸して食べきっています。また、それと同じくらい、絶対にやらない人々もいるのでしょう。

202209フンタールその1
(美味しい豆のスープもフンタールで完食)

復習です。
スカルペッタ(イタリア全土)、プッチャーレ(北イタリア)、フンタール(スペイン北部)。

フランス語では多分”ソセ”で、味もそっけもない表現ですが、よくよく尋ねると違う言い方が出てくるかも知れません。

「ホント、食に関する用語は奥が深いし、味わいある言い方が際限なく出てくるのですね」









パリのエッフェル塔をじっくり5 見上げてみよう

パリのエッフェル塔をじっくり5 見上げてみよう

エッフェル塔を下からじっくり見上げてみませんか。美しい鋼鉄の曲線美が飽きるほどに視界に入ってきます。
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(エッフェル塔頂を真下から見上げ)

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(展望台の真下からエッフェル塔を見上げ)

19世紀後半の鉄鋼産業の自信や、科学技術への信頼と期待が、赤茶色や黒光りする鉄骨からひたひたと伝わってきます。塔の建設者であったエッフェルさんが、自分の力とフランスの未来を信じて技術の限界まで挑戦した結果、組みあがった姿の美しさを感じます。

TourEiffel0501 (46)
(少し離れて見上げたエッフェル塔)

間近で見ると、かなり太い鉄骨で組まれていることが分かるのですが、ちょっと距離を置いてみると、太い針金みたいなもので組み立てたように錯覚してしまう造りです。

何度見ても、地面からゆったりと弧を描いて立ち上がっているアーチ型の骨組みの曲線が、ほんとに美しいですね。我がニッポンの東京タワーもエッフェル塔の外観や構造を真似したくなった気持ちが分かります。脱帽。



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